きもちいい

俺は近藤さんのことを俺の大将だと思っているし、近藤さんのために働ければ自分の人生それでいいと思っている。
だから若者らしくガツガツ生きる必要はないし、毎日、目の前のことを一個ずつ潰していくようにしてればそれで結構充実する。
そういうとこが他の奴らと比べて冷めてるように見える原因になってるのかもしれないが、俺は別に、人にどう見られてようが一向に構わない。

俺は、自分が気持ちよければ、それでいい。


「…天国が見えますか、それとも案の定地獄ですかい」


暗い隘路の奥、空調の排水が淀んで泥になった中に男が血だらけで転がっていた。
男を見つけた時、俺は思った。

どうすれば俺は一番気持ちいいだろう。


「旦那、旦那」


靴底が血混じりの泥を踏んだ。
転がった男は呼びかけても応えない。ただ、細い呼吸が声帯を震わせる、ひ、ひ、という音を立てている。
血がいっぱい流れていて、男の体の下で赤い毛布のように広がっていて、それでも足らずに俺の足元まで溢れてきている。

このまま放っておけば死ぬかもしれない。

そう思うと捨てておけない。

しかし助けたいわけではない。

それではどうするのかというと、俺は俺の気持ちいいようにやる。

旦那は今にも死にそうになっている。
俺は、ここにいようと思った。立ち去るわけでも、助け起こすわけでもなく、ただここにいて、見ていようと思った。



誤解されやすいのだが、俺にとっちゃ勝ち負けなんか取るに足らない小さいことで、人より優位に立つとかそんなことには全く興味がない。
近藤さんや他のやつらが一目置いてるこの人が、こんな所でボロキレみたいに惨めな様子で弱ってるからって、そんなことで興奮できるほど俺は単純ではない。
大体、そんなことで興奮したって、ちっとも気持ちよくなんかない。


「ねえ旦那、俺はね、自分が気持ちよければそれでいいと思ってんでさ。だから、どうしたら自分が気持ちよくなれるか、いっつもそんなことばっか考えてんでさ」


旦那は、死にがけてはいるが意識はある。俺を見ないが目は開けている。
俺は、そうでなきゃいけねえと思っている。
見えて聞こえてもらわなけりゃ、意味がねぇんだ。


「でも、毎日忙しく生きてる内に、だんだん分からなくなってきた。生きてるといろんなことがありやがるでしょう、そしたら気持ちいいと思えることも変わっていくみたいで、だんだん何が気持ちいいかわかんなくなってきやがってね」


俺は近藤さんに付随していたいと思ってる。
でもそれは、俺は俺として確立したうえで付随していたいんだ。吸収されたいわけじゃねぇ。
だって吸収なんかされたって、気持ちよくねぇからな。

だから、俺は自分が揺らぐのが一番困る。俺が俺としていられなくなるのが一番困るんだ。



俺は思う。
俺は俺の手本になるものが欲しい。
俺が手本にできるような、俺に似ている何かが欲しい。
俺が手本にする価値がある何かが欲しい。

今の俺が一番気持ちよくなることは、それを手に入れる事だ。


「あんたもどうしたら気持ちよくなれるか、そればっか考えて生きてんでしょう。俺と同じだ。けどあんたは、俺と違ってすごく上手くやってるように見える」


あんたを初めて見た時からわかってやした。あんたは『気持ちいい』のスペシャリストだ。

世の中の奴らは誤解してるみてぇだが、俺にはわかりまさ。
あんたは正義や情なんかじゃあ動かねぇ。
あんたは気持ちいいかどうか、たったそれだけで動いてんだ。

ねえ旦那、どうやったらもっと気持ちよくなれるんですかい。
あんたは何でそんなに上手くやれてるんですかい。
それを俺に教えて下せぇ。
そうして貰えたら、きっと俺はすげぇ気持ちよくなれる。

俺はただ、気持ちよくなりてぇんだ。


「旦那、俺はたぶん、あんたのようになりてえよ」


転がったままの旦那は、相変わらず薄っすらと目を開けたまま動かなかった。
そのうち喉を鳴らすひいひいという音もしなくなったので、死んじまったのかなと思ったが

たっぷりの間を置いた後、潰れた声が呟いた。










「…気持ち悪いよ、沖田君」









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