循環系

逃げ出したい。

どっか遠くへ、ここではないどこかへ。



「なんだと銀時。もういっぺん言ってみろ」

「っせえな。何べんでも言ってやるよ。もう、お前とは遊ばねえ」



長谷川は困惑の極みにいた。

自分ちなのに、逃げ出したいとか何でそんなこと思わなきゃならないかと思ったが、この困惑から逃れられるなら、もうどこでもいいや逃げたい。
と長谷川は思った。



「何故だ銀時、俺たちはそんな薄っぺらな関係だったか。それこそ子供の頃からの付き合いではないか。それをお前」

正面では正座したヅラっちが、微妙に抑揚のない口調で、微妙に抑揚のない表情のまま何か言っている。

「付き合った時間なんか関係ないもんね。大切なのは密度だよお前」

ツラッちの横では銀さんが、片膝を立てて偉そうに座りタバコを吸っているけれども、ねえ銀さん、何故そのタバコを当たり前のように吸うの。それは俺のなんだよ銀さん。



「バカな。密度というなら尚更だろう。俺たちがどれだけの修羅場を共にくぐり抜けてきたか、よもや忘れたわけではあるまい」

「実体験の密度の話じゃねんだよ。個別的かつ内的な感情経験の密度の話なんだよ。しかも実体験と感情経験の密度はかならずしも比例するものではない」

「個別的感情経験が起因なく生じるとも思えない。起因なくして生じる感情、それは病気だ。一時の気の迷いだ」

「起因になりえるのは外的刺激だけか?外的刺激に由来する感情だけが感情だと思ってんならお前、それは間違いだろ」



もう、何の話だかわからない。
嫌だなあ。ほんと帰ってくれないかなあ二人とも。



「とにかく俺は納得がいかない。銀時、何があった。お前を変えてしまうほどの何が」

「俺はなんも変わってねぇし」

「いーや変わった。すっごい変わった。だから俺と遊ばないとか言うんだろう。お前に何が起こったか話せ。聞かんと納得出来ない」

「わかんねぇ奴だなテメーも。話すことなんかねーって言ってんの」

「なくはない、あるだろう。一体何故、もう俺と遊ばないとか言うのか、理由があるだろう。理由が」

「理由っていうか、そういうはっきりしたもんで人間動くわけじゃないだろ。もう遊ばないから遊ばないの!」

「銀時。俺たちはもう大人だ。駄々をこねて通る年齢ではないぞ」

「ていうかよー、ヅラ。大人気ないのはお前だろ。こっちは最後通告してんだ。見苦しいぜ。黙って身ひけよ」

「どういう意味だ」

「こんなこと言いたかなかったんだけど言うわ。…つまり、もう飽きたんだよね、お前に」



「なんだとー!」



ヅラっち、やめて。ここは俺の部屋。そして俺のちゃぶ台。だから、ひっくり返さないで。



「俺に飽きただと。ふざけるな!」

「ふざけてないね、本気だし。飽きたの、お前に」

「貴様、さては他にできたな、新しい男がー!」



ああ…。



「へっ、ようやく現実を認めたかよ。そうだよヅラ、お前なんか既に俺の中では元カレよ」

「許さんぞ!お前、人のこと散々ガバガバにしといて飽きたらポイか!最低だぞ」

「何とでも言えば。俺はねー、従順な下僕がタイプなの。お前とはそりゃ長かったけど、単に長かったっつうだけでね。真に俺を満足させてくれる愛にめぐりあったなら、そりゃお前なんか霞むっつう話よ」

「真に満足だと!じゃあ俺で満足すればいいだろが!便所にすればいいだろがー!」

「やだよ。俺は優しい男だから便所にも愛を求めるんだよ。愛のない便所なんて、そんなパッサパサの関係いらないね」

「貴様、貴様の新しい男って誰だ。愛ある便所って誰だ、銀時!」



「それは、彼です」



ええー。



俺ー?



「長谷川さん…」

「そうでーす。彼でーす。」

そう言うなり銀さんは、俺の首に腕を回して抱き寄せ、俺の頭をいやらしく撫で回しながら、ベロが溶けて腐るようなものすごいキスをなさった。

銀さん…あんたのオーラルテクは凄い。凄すぎてなんかもう尊敬しそうになるくらい凄い。



「まさか長谷川さんが…」

「そうです。長谷川さんが、俺の新しい愛ある便所です」

「…そうか。わかった、俺も男だ。この状況ではもう未練がましいことも言えない。だがひとつだけ頼みがあるんだが」

「何」

「なんか興奮してきた。キスしてくれ銀時」

「フッ…、いいぜ」



俺はもう、なんだかどうでも良くなっていた。

知らない間に銀さんの便所にされていたことも、なんかもうそれでいいような気がしてきた。
それはそれで、なんかもう、正しいかもと思えた。

いいや、なんかもう。



「…ていうか、折衷案を思いついたんだが、今後は3人で仲良くするというのはどうだ。俺はお前が好きだろう、で、お前は長谷川さんが好きだろう、そして、長谷川さんが俺を好きになれば、素晴らしい循環型ができあがると思うのだが、どうだこれ」

「あ、そうか。さすがヅラだな。よし、そうしようぜ。な、長谷川さん」



…あんたら、ほんともう帰って。









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