たまごっち
「段ボールないですか」
と僕は言った。
「なんで」
と銀さんは顔も上げずに言った。
「詰めるんですよ。詰めて送るんです」
「詰めるって何を。送るってどこへ」
「不用品を。どこか見えない所へ」
「…あ、そう。ならコンビニ行って引っ越しするからって言えば。箱くれるから」
「いや、ていうか、ぶっちゃけあんたを詰めてどっか見えない所へ送りたいんです。送るっていうか棄てる。直接的に言うと、あんたを棄てたい。そういう意味の話なんですけど」
「ふーん」
ふーん。
ふーん、て。
「ふーん、ですか。…そんだけ?」
心底虚しくなった。
この隔たり。このディスコミュニケーション。
こっちとそっちでそれぞれ生じる何かが人に会話させるなら、これは最早会話ではないのでは。
こっちばっかで、そっちが全然ないような気がするんですけど。
完全一車線の永久一方通行。
なんかもう、たまごっちと話してるようだった。
しかもこのたまごっちは成長しない。しないっていうか、成長を拒む。たとえおなかメーターがフルでも要求だけは続けるくせに。
ついでに顔を上げる気さえない。
ていうか、こいつの方こそ僕の事たまごっちだと思ってんじゃないかもしかして。
「聞きますけど、あんた不用品とか言われて、棄てるとか言われて、思うところとかないんですか人として」
「ないでもないけど。…じゃあ、なんで棄てるとか思うわけ」
「じゃあ、ってあんたね。いいけどね別に。棄てたいのは、棄てないと邪魔だからです」
「別になんも邪魔してねぇだろ」
「いるだけで邪魔になるから」
「なんの邪魔になってるわけ」
「なんかわかんないんすけど激しく邪魔なんです」
「お前、もっと内容詰めてから話ししてくんない。物凄く面倒くさいんだけど」
詰めれるような内容なら、とっくに詰めとるわ。ひとりじゃ詰めれんからこそあんたに話してんだけど。
ていうか、どうせそういうのもわかってんだろ、わかってて面倒くさいとか言うんだろこの男は。
「もういいですわ。僕、コンビニ行ってきます。段ボールもらってきます」
「大きいのにしてね」
駄目だ、このたまごっちは。
もう消そう。消して、こういう虚しい遊びは二度としないと社会に誓い、誓いの証にドブ川へ叩き棄てよう。
「ちょっとおい」
コンビニ行くっつうか、今日はもう帰ろうと思った僕を銀さんが呼び止めた。
ようやく上げたその顔は微妙に血の気が引いていた。
「なんすか」
「今…、怖いこと思い付いたんだけど」
「なんすか」
「お前が棄てたいのってそれ、俺っていうか、もしかして、…愛、なんじゃね?」
新八は、黙って銀時に三歩歩み寄った。
そして、その手が持っているやたら温もったたまごっちを引ったくり、窓から叩き棄てた。
ついでに、この果てしなく工夫のないリアルたまごっちに、死んでしまえとか思いながら手の甲でビンタをくれてやった。
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