メール
坂田先生はメール魔だった。
服部は、このところ、よく坂田先生と遊んでいる。
以前、坂田先生のことは『なんかキライ』だと思っていたので、別に挨拶するくらいでそれ以上の接触はなかったのだが、最近なんとなく話をするようになってからは、『特にスキでもキライでもない』と思うようになっていた。
年も近いし。
だから結構、空き時間に普通に雑談したり、お互いに仕事を手伝ったりするような、いい関係になっていたのだった。
メアドとかも交換した。友達だから。
服部的には、こういうのいいなー、と思っている。
友達っていいよねー、っていう感じだ。
あんま仲良くなかった時、坂田先生が
「4,000円でテメーに挿入する。」
とか言っていたのも、多分、坂田先生的な黒い冗談の一種なんだろうと思っている。
だってそれは、その前に自分が坂田先生の口に挿入したことが前提になっているセリフなのだが、断じて自分はそんなことしてねーし、坂田先生の口の中の感触なんか知らねーし、だからそれは黒いフィクションなんじゃねーの、と服部は結論付けていた。
服部は、現実主義だった。現実にしか興味がない方だった。
だって俺、知らねーし。
ところで、坂田先生はメール魔だった。
全然どうでもいいことをやたらメールしてくるのだった。
仕事中とかにもしてくるのだった。
昨日なんか、
「ハエが」
だけの文面のメールをテスト中に送ってきた。
ハエが何!
と思っていたら
「桂(生徒)にとまって土方(生徒)にとまって志村(生徒)にとまって近藤(生徒)柳生(」
「俺にとまった」
「払っても払っても俺にとまる」
「 orz 」
というメールを送ってきた。
orzじゃねえ仕事をしろ。
基本、坂田先生のメールはレス不要である。ていうかレス不能。
そして坂田先生もレスなど求めていない。
その証拠に、
「ハエはどっか行きましたか」
と服部が仕方なく送った返信は、完全に無視された。
何なんかなー、この人は。
心に女子中学生でも飼っているのだろうか。
さすがにウザくなってきたので
「何なんすか、あんたのメール癖は。」
と聞いてみたら
「あ?メール?ウザいっすか?じゃ、やめます。」
と坂田先生は答え、そしてその瞬間から坂田先生は本当にメールを送ってこなくなった。
「…あの、怒ったんすか?」
さすがにあまりにもぴったりメールがなくなったので不安になり、一応そう聞いた服部に、坂田先生は
「あ?何が?あ、メールですか?そんならまた送りますか。」
と言った。
そしてまた
「さかむけにチョークの粉が」
みたいなメールが服部の携帯に着信するようになったのだった。
服部はあきらめた。
坂田先生からのメールは『坂田のついったー』と呼んで、流すことにした。
職員室に戻った服部は、あ、と思った。
座った坂田先生の前に生徒(土方くん)が立たされている。
土方くんは半泣きで俯いていた。手はグーになっていた。
服部は、あーあ、と思った。
坂田先生のお説教は超怖いのだ。された生徒は、ほぼ泣く。
坂田先生はずーっと黙っていたが、やがて黙ったまま煙草に火を付けて、
「もういい、いけ。」
とだけ低い声で言った。
土方くんは、すみませんでした、と鼻声で言って足早に出て行った。
「きついっすねー。」
服部は、マジきついと思ったので、何であれそこまできつくするのは如何なものか、という教育的観点からの疑問を坂田先生に投げかけたつもりでそう言った。
服部は、基本、仕事にまじめで熱心な方だった。
だから、『いや、しかしですね』みたいな返答を坂田先生には期待していた。
しかし坂田先生は
「そぉお?」
と言うと、突然携帯を取り出して、何かを打ち始めたのだった。
「何してるんですか。」
「フォローです。」
フォロー。
服部は、坂田先生の後ろから携帯を覗き込んだ。
ゴメンネ(≧≦)
って書いてあった。
服部は、変わった教育方針だなーと思った。
思ったが、流した。
その日、服部は坂田先生と飲みに行った。
坂田先生はそんなに強くなかった。
しかし、自分も強くないのかもしれなかった。
道っ端で自分が
「赤いタンバリン!赤いタンバリン!」
とか歌っていて、坂田先生が
「欠落した俺の感性に響くぜ!」
とか言っているのを最後に記憶がなくなった。
よくわからないが、坂田先生と仲良くなれてよかったなー、と服部は思った。
朝、目覚めた服部は自分の部屋にいた。
なんか体中が痛かった。体中っていうか。
そして、ふと横を見たら坂田先生が寝ていた。
坂田先生は裸だった。
気付いてみると、自分も裸だった。
枕元の携帯がメール着信を知らせてピカピカしていた。
差出人は坂田先生だった。
見たら
ゴメンネ(≧≦)
って書いてあった。
服部は、変わった謝り方だなー、と思った。
思ったが、でもこれ坂田のついったーだしなーと思った。
黒い冗談も坂田のついったーも、服部にはいまいち現実ではないのだった。
だって俺、知らねーし。
坂田先生の口の中の感触も、坂田先生が挿入したものの感触も知らねーし。
服部は、現実にしか興味がない方だった。
だから服部は、体が痛いなーという現実以外の事は、俺は知らねーから、と思ってすぐに流した。
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