官僚

長谷川は入管法第12条11号に規定され法務省訓令に基づいて任命された主任審査官であり、中央入国管理局局長として仮放免の許可・退去強制令書の発布・出国命令等についての権限を有する立場であった。

昔は。



「やめてよー、銀さーん」

今、長谷川は、なんか背後から羽交い締めにされて首をぎゅうぎゅうにされていた。

「やめねーよ長谷川さん。あんた知ってるだろ、俺はやるといったら必ずやる男だよ」

「やだよーやだよー」



昨日、妻と電話したのだ。

そしたら妻は、長谷川が生きていることがわかると安心する、ちゃんとするとかはいいからただ生きていてほしい、と言っていた。

それで長谷川は、生きなきゃいけないなー、としみじみ思ったのだ。



しかし、長谷川は今、早くも死にたくなっている。

「長谷川さん、あんたやだやだ言ってるわりにナンだこれ。やる気マンマンか?このド淫乱。こんの好き者がぁ」

酒くっさい息を耳に吹き込まれて、もう死にたくなっている。

後ろから羽交い締めにしていた泥酔した男の腕は、いつの間にか前に回って、すんげー直接的ないたずらをいたいけな長谷川に仕掛けてくるのだった。

そして長谷川は逆らえないのであった。

銀さんは酔っぱらうとこうなっちゃうのよね。誰にも止められないのよね。
ましてや俺みたいな草食系が銀さんみたいな超肉食系に抗えるわけないのよね。

もう死にたい。



そんな超肉食系の銀さんはやはりというか、騎乗位がお好みだった。

「オラ局長さんよ、そんなんじゃいけねぇよもっと固くしろ、もっと激しく動けよ、てめーの下半身はてめーの人生と同じか?不能なんか?入国と出国命令交互に出してみろ入管局長コラァ」



長谷川は別に、昔どうだったとか、昔ああだったのに今はこうだとか、そういう考え方はしない。

俺は俺だから俺がなるべくして今こうなったとか思っている。
ていうか、基本あんま考えないようにしている。
だって辛すぎるから。

ハツとのお約束、守れなくなっちゃいそうだから。



「銀さんやめて、そういうプレイはやめて、そういうメンタルな部分を責めるプレイは特にやめてよー」

「あっあっあっ、局長、気持ちいいです。今年度の考査の件は、よろしくお願いしますぅっ」

「ややややや、やめてくれー」

「やめてくれじゃねえよ局長。あんた、奥さんにこのことバラされてもいいんかよ」

なにそれえ?!
どこからどこまでがプレイなのか。もう、際どすぎてわからない。

「やべ。気持ちいい。いきそう」

頼む。もういってくれ。自分のセリフで興奮していってしまってくれ。
これ以上身も心もすり減ったら俺がいなくなるような気が。

ていうか、こんなことされて何で俺は萎えないの。



「それは、あんたがマゾだからだ」



あ…そうか。



その時、携帯が鳴った。



「あ、ウチからだ。はいもしもーし」



銀さんは出た。普通に出た。

まあ、出るとは思ったけど。でも、やっぱり出るんだね。
ああ、ひくなぁ、こういうとこ、マジでひくなぁ。

「ひいてもいいけど、萎えたらぶっ殺すからなテメー。あ、ハイハイ銀さんですよー。…ナニ?何買ってこいって?トイレットペーパーとラップと?待て、なんかに書くから。…あ?今?別になんもしてねぇよ。うっせえな、ちょっと原チャ乗ってんだよ!ホレもっかい言え、書くから。オイ長谷川さん、紙とペン」



ペンは、側にボールペンが転がっていた。
しかし手頃な紙がない。
新聞とかティッシュの箱とかかわりになりそうなもんは、どれもこの体勢では届かない位置にあるのだった。

「ないよ銀さん…」

しかし銀時は別に焦らなかった。



ボールペンのキャップを口で外すと、普通に買い物メモを書き付けたのだった。



長谷川の腹部に。



トイレットペーパー(シングル)
とか。



かつて長谷川は入管法第12条11号に規定され法務省訓令に基づいて任命された主任審査官であり、中央入国管理局局長として仮放免の許可・退去強制令書の発布・出国命令等についての権限を有する立場であった。

長谷川は思った。

昔は俺が何か書くだけで誰かが国から追い出されたりしてたんだよなー。
でも今は俺自身にボールペンで何かが書かれたりして、そして俺は俺から銀さんひとり追い出すこともできないんだよなー。

やっぱ、もう死んじゃいたいなー。

と思った。



そして、そう思うと、なぜかちょっとゾクゾクするのだった。



「それは、あんたがマゾだからだ」



そだね、銀さん。

でも、二回も言わなくていいです。









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