反射

土方はこの男を好ましく思っていない。




この男の人となりなどはよく知りもしない。
が、明らかに攘夷派と繋がっていると誰もが知っているのに、戦略的に泳がせているわけでもなく、ただ放置されているという状況が気に食わない。
何度か近藤に質してみたものの、近藤の局長としての回答は歯切れの悪いものだった。

その反応から松平、あるいは更に上の思惑を薄っすら嗅ぎ取ったが、嗅ぎ取ったからといって、それらの下部組織の一員である自分に何ができるというものでもない。
上は、土方にこれを黙殺せよと暗に命じている。
従う以外にすべきことはない。




「図に乗るなよ。」

その隙だらけの背中をばっさり二分する情景を脳内に思い浮かべながら、殺気混じりの警告をした土方に、男は殺気に気付いていないわけでもないくせに、洗濯ものが翻るような間抜けな動きで振り返った。

動きはダルいが表情は剣呑だ。内心の不愉快を隠そうともしない。
それはまるで、今の自分を鏡に映して見せられているようで、土方は更に不快になった。

「図に乗る?図に乗ってんのはおたくらじゃないの。
おたくら無能な組織のせいで、うちの可愛い娘がケガしちゃったんだけど、どう落とし前つけてくれんの。」

巻き込んでくれちゃって、と男は、土方が言おうとした『図に乗る』とは違う次元の話を続ける。

意図的だ。
これがこの男の常套手段で、こうしてのらりくらりとした態度で、暴かれそうになった急所を抜け目なく、さりげなく隠す。

この男の急所、が具体的に何かは土方にはわからない。
しかし、それが土方の『上』の思惑と絡み合っているものであることは間違いない、と思う。

土方には政治的なセンスが欠落している。だから、これは単なる直感だ。しかし、土方の直感はよく当る。
というか、他のどんな感覚よりも、土方はその直感を頼りにここまで生き抜いてきた。

その直感が疼くのだ。
急所に、咬み付きたい。
咬み付いて、この男が急所の下に庇うものを引きずり出してやりたい。




「一般人巻き込まないと内部の不祥事も処理できねぇか。おまわりだけに、回るばっかりしか能がねぇのな。」

言い分はもっともだ。もっともだが言い方が悪すぎる。

「てめぇに組織の何がわかる。回るのに邪魔だから今すぐ消えろ。」

消えろ、と言い終わる前に鯉口を切って刀を一閃させた。
男はまるで、その軌道が事前にわかっていたような際どさで身をかわし、目元を歪ませた悪い表情で笑った。

笑った、と土方が認識した瞬間に、男の木刀が空を薙いでいた。
土方はそれを殆ど反射的に刀で受け止める。

「面白い?土方くん。何笑ってんの。」

木刀が傷むのを懸念してか鍔迫り合いに持ち込んだ男の体がすぐ傍にある。

生きた人間の濃厚な気配を至近に察知した自分の本能が、こいつを斬れ、或いは今すぐ離れろ、と言っている。

「てめぇも何が面白くて笑ってんだ。」

「少しも面白くねぇよ。」

そう言って男は笑いに歪ませた目を僅かに伏せた。

それは合図だ。
合図と受け取る自分こそが不快だったが、土方は構わずそれに従うことにし、足を、振り上げた。
土方が振り上げた足を男は笑った目のまま見ていた。ほんの一瞬のことだったが、男は自分の腹を蹴り上げようとする土方の足を笑ったまま見ており、男が笑っているのを見て、

土方は自分も笑ったままなのを自覚した。




胸糞悪い予定調和で、男は土方に腹を蹴られて地面に転がった。

疼いて、苛立つ。
指先に刺さった棘のように、ささやかだが意識し始めるとこれは耐えがたい苛立ちだ。
この男の置かれた状況も、上の思惑も、関係ない。

俺の直感は、何に噛みつこうとしている?

結局のところ、これは個人的感情だ。
土方は、耐えがたいと思った。耐えがたい疼きだと思った。
いっそ、切り開いてでも取り去ってしまいたい。
たとえ棘のもたらす苛立ちよりも、切り開いた傷の痛みが不快において上回ったとしても。




「俺ならそうするだろうってことを、てめぇは必ずやりやがる。嫌な事に。」

砂混じりの唾を吐き、立ち上がった男が言う。

「俺は組織のことなんかわかりゃしねぇけど、」

陽光が、抜き身のままの土方の刀に白く反射して、正面に立つ男の体を二分していた。

「てめぇの考えてることなら、わかるんだよ。」




全く同じセリフを返したいと思った。
しかしたとえそうしたところで、何かが起こるとも、鎮まるとも思えなかった。

土方は、

「図に乗んな。」

とだけ言い捨て、ぶら下げていた抜き身を斜めに一振りしてから鞘に仕舞った。









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