ごっこ

「総悟、ちゃんとしろ。」

と、近藤が言うのに、総悟はうわの空で「へえい。」と返事をした。

心の中では、

ちゃんとしてらァ

と思っている。




これは総悟の遊びだ。

最近、思いついた。
とことん近藤の後ろを付いて歩き、その真似をする。
寝起きの洗面から、食事、手洗いまで、近藤がするとおりに自分もする。
任務で別行動を取らざるを得ないときを除いて、可能な限り、総悟は近藤の後にぴったり付いて、近藤がするとおりにする。

一日目の午後から土方が怪訝な顔をし始め、二日目には、ようやく近藤本人もおかしな顔をし出した。
おかしな顔をしたが、別段何も言ってこなかったので、総悟は許可が得られたものと勝手に理解して、ますます近藤の真似をした。




「てめぇは代行か。」

と土方が渋い顔で批判したが、総悟は知らないふりをした。
知らないふりで、手洗いに立った近藤の後を追うために、そそくさと自分も立ち上がる。
背後で土方がため息をついた。
気取ってやがら、と思って、総悟は鼻先でせせら笑う。
あの男には自分のような愛嬌がない。それが哀れで仕方ない。哀れで仕方なくて、可笑しい。



小走りに近藤に追いつくと、濡れ縁を曲がったところで近藤は立ち止っていた。
外は雪だった。
屯所の荒れた庭でも、薄く雪を被った様は風流に見えた。
テレビで年増を映す時に、紗をかけるのがよくわかる、と思った。
近藤がそのまま立ち止っているので、総悟は先を歩くわけにもいかず、行儀悪く素足で庭に下りて、薄い雪の上に二つ三つ足跡を付けてみた。雪の下は玉砂利だ。
砂利は凍りついていて総悟の足は少しの間で芯まで冷え切ったが、構わずに雪ごと砂利を足でかき混ぜていると、雪は砂利に紛れて総悟の足の下ですぐに溶けて消えてしまった。

「江戸の雪は根性がねぇや。」

総悟が言う。
故郷の、寒さに鍛えられて粒が痩せ風に舞うほどになった雪は、足で踏んだくらいでは消えずに、いつまでも足の裏に残ったものだった。
同じような事を考えていたらしい近藤はしかし、

「そう?俺は、こういうのもいいと思うけどなあ。」

と言う。考えていた事は同じでも、持った感想は総悟と違うらしい。

「そうですかい。じゃあ俺もいいってことにしまさァ。」

総悟は縁の端に腰掛け、濡れた足同士を擦り合わせて水気を落とした。
こちらに来てから初めて知った、水気を多く含んだ雪に触れて足は赤く腫れたようになっていたが、近藤がいいというのだから、総悟もそれでいい。

「ところで、俺は厠なんだけど。お前はどうすんの。」

ここ数日の総悟の遊びを当たり前のように踏まえて、近藤が聞いた。当たり前のように踏まえて話す近藤、というのが総悟には嬉しい。
そして、行動を揃えていると、生理現象まで揃ってくるのだと初めて知った。
生理現象が揃うと聞いて、近藤は初めて若干嫌そうにした。というか、恥ずかしそうにした。
しかし制止はしなかったので、総悟は心おきなく手洗いに付き従った。




これは遊びだ。
総悟はそう思っている。
思っているが、総悟は、人生全部が遊びだと思ってもいる。
だから、遊びと、遊びでないことの間に、実は境目がない。

「総悟、ちゃんとしろ。」

近藤が叱咤する。
総悟は、うわの空で返事をしながら、ちゃんとしてらァ、と思っていた。
俺は、大切な遊びの最中なんだ、ととぼけた事を思っている。
近藤の背中には土方がぴったりくっついていた。
あんたが言う意味でちゃんとするのは、そこの愛想なしの仕事であって、俺の仕事は俺であることだけだ、と総悟は自慢の業物で、真っ向から向かって来た脇ががら空きの浪士を袈裟掛けにぶった切った。
この使い方は、総悟のような小柄な使い手には相応しくない。当然、総悟はわかってやっている。
これは近藤の得意なやり方だ。

あたりは大分片付いていたが、建具の物影にはまだ何名かが潜んでいるようだった。
事がこうなってくると、最早任務ではない。
任務に関して言えば、ほぼ片付いたようなものだから、あとはお互いが自分の命を惜しんだやり取りに変わってくる。

総悟はこういう血生臭い緊迫感を愛していた。
こういう刺激こそが、自分が弄んでいる人生にきらびやかな節目を作るような気がしていた。
しかも今は、ここのところ気に入っている遊びの真っ最中だ。上手くやれた時の喜びはきっと大きいだろうと思った。

近藤が座敷の隅に、一人を追い詰めていた。
自分の近くに獲物がなかった総悟は、当然のようにその後ろに寄った。
ほぼ勝敗が決したと見られた時、追い詰められた瀕死の浪士が何事かを喚いた。
内容ははっきりしなかったが、その音韻は、あきらかに総悟のよく知った、懐かしい土地の訛りを持っていた。
近藤の手から一瞬力が緩んだのを総悟は見た。

代行はてめぇだろう、と言い返してやりたいあのバカは、あろうことかこんなときに限って傍にいない。
破れかぶれの同郷の男の反撃を、総悟は近藤を付き飛ばしがてら撥ね退け、返す刀で男の腕を叩き落とし、その喉を一突きにした。

「総悟。」

と近藤が呆然とした声を絞り出した。
総悟の遊びはその声を合図にゲームオーバーになった。




「普段は忘れてるが、ふっと思い出しちまうもんだなあ。」

近藤が屈託なく、自分の失態を笑った。

「お前が何でも故郷の方がいいって言うのを諌めてたけど、結局俺もそうなんだなあ。」

走る車の窓に、例の重たい雪がぶつかっては弾けた。
総悟はしばらく黙っていたが、

「これァ遊びじゃねぇんですぜ、近藤さん。」

と、今度は土方の口真似で、言った。









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