青いシーツ

神楽は、横たわっている。
手を伸ばせば届く位置に、菓子と、飲み物のパックと、神楽と同じように横たわる銀時の頭があった。




日は既に暮れていた。
時間は夜に差しかかっていたが、銀時も神楽もどちらもが大儀がって、照明を点けるために起き上がることをしない。

神楽は薄暗い中に微かに見える、菓子と、飲み物のパックと、銀時の頭を見た。
そのうち菓子と飲み物のパックは、色調のせいで暗がりでは見えにくくなっていた。
銀時の頭が一番、よく見えた。

夜の暗がりの中で、銀時の髪は、布団の白いシーツがそう見えるように、青いような色に見えた。

神楽は、一人でいた頃に風邪をひいた時のことを思い出した。
その夜、誰もいない家の中で、熱でぼやける目に布団のシーツがそのような色に見えた事を突然に思い出した。




今よりも子供だった神楽は、具合が悪いのと心細いので辛くなって、泣き出していた。

それでも家の中に誰もいないことには変わりなく、ただ、自分の声が弱く壁に反響するだけだった。
そのか細い反響を聞いているうちに、神楽は少しずつ、具合が悪いことも心細い事も、わからなくなっていった。
正確には、具合が悪いことも心細い事もが、何か別の強い感情で覆い尽くされて、わからなくなっていった。

わからなくった神楽は大声で喚いた。

声は壁がびりびり震えるほどに反響して、神楽はその震動の中、さっきまでのか弱い自分が、何か強い化け物に変わったような気がした。
もっと化け物になってやりたくて、枕や、コップや、そのへんにあったものを壁に投げつけた。
コップは壁にぶち当たって割れ、枕は破れて中身が飛び出した。

身の回りのものをあらかた投げつけてしまった後、最後に手元に残った布団の白いシーツが、暗がりの中で青い色をしていた。

青い色は、あらぶる神楽のことなど知らぬふりで静かに青かった。
自分の中の化け物がより大きな咆哮を上げるのを聞きながら、神楽はシーツを両手で掴んだ。
暗がりの中で青いそのシーツは、手にひんやりと冷たかった。
神楽はシーツを引き裂いた。
シーツは鈍い音を立てて裂け、乱れた繊維が頬に纏わりついて、自分を意地悪く笑うようだった。

裂けたシーツから向うが見えた。
それは、割れて床に散ったコップの破片や破裂した枕の中身であり、たったひとりきりの夜だった。
その瞬間、神楽は化け物から弱々しい少女に戻っていた。

神楽はその夜、具合が悪く寝付けない体を孵らなかった鳥の雛のように丸めて、破れたシーツにくるまっていつまでも過ごした。
弱々しいひとりぼっちの少女に戻ってしまった神楽を包む破れたシーツは少しも温かくなく、そして、やはり青い色をしていた。




暗い所で見る白いものは青く見えて、神楽はそういう青い色が嫌いだ。
神楽は、風邪引いたときの気分になるから、と短絡的な説明を自分にしている。
しかし、深く考える事はしなくとも、心には染み付いている。
銀時の今の髪の色を見ていると、そういう気分になって不愉快だった。

「銀ちゃん、電気つけてヨ。」

神楽はもう、あの時のような弱々しいひとりぼっちの少女ではない。
決して弱々しくないし、ひとりぼっちではない。ひとりぼっちでないから弱々しくない。

神楽の呼びかけに、銀時は応じなかった。

寝てしまったのかと思い、もう一度呼びかけながら、銀時の方を見る。髪の色は、暗がりに青く見えた。
二度目の呼びかけにも、銀時の応答はない。
神楽は自分の底の方から、あの日の気持ちが這い上がってくるのを感じていた。
声は壁だけに反響して心細く、自分はやがて化け物になってしまう。
化け物になっても、誰もそれを知ってくれない。

たまらず神楽は手を伸ばした。
あの日、青いシーツを掴んだように、銀時の青い髪を掴んだ。ひんやりと冷たい。
まるで自分のことなど知らぬように。
あの日、化け物はシーツを引き裂いた。

神楽は、掴んだ銀時の髪を引きちぎっていた。




横たわったままの神楽を、しゃがんだ銀時が見下ろしている。

「何すんの、お前。」

「ごめんヨ。」

口だけで謝る神楽の手を銀時が開かせると、掌の中に白い髪が2、3本ではきかぬほど絡み付いていた。
それを見た銀時が神楽の頭を平手で張り、それから髪を抜かれた自分の後頭部を探った。

「剥げてねぇだろな…。ちょっと見て。」

そう言って、寝転んだ神楽に後ろを見せた。

結局、髪を引きちぎられた痛みで目をさました銀時が点けた照明が、銀時の頭を真っ白に照らし出している。
その頭の向こうには、いつもと変わらないくすんだ天井が見えていた。

神楽は、少しも青くない真っ白な銀時の髪と、何も荒らされていないいつもの日常に安心した。そして

「剥げてねぇよ。」

と銀時の口調で言いながら、寝転んだまま、銀時の着流しが纏わりつく足元に突っ込むように、両腕で抱きついた。









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