減価償却

若干萎れた巻き毛が耳の後ろにかかっている。
僕は、それを見ながら相変わらず頼りない視力に目を細めた。

「お前、葱が」

銀さんが言う。

「葱が落ちそうだ」

振り返らない銀さんにそう指摘されて手にぶら下げた袋を見ると、葱はそのとおりになっていた。
そういった人並み以上をこんなくだらない事に発揮する銀さんは正しく僕の知る銀さんで、それが今の僕にはどこか物悲しい。

僕の背は伸びなかった。昔よりは伸びたけれども、その程度だ。銀さんの耳の後ろを正面から確認できる位の、その程度だ。
時間は、僕にとって、大した効力をもたらさなかったということだろう。

「何、なんかご不満かよ」

「いいえ、少しも」

不満などない。今までそんなものを感じたことは一度だってないのだ。
ただ、事実が、僕の足を絡めて僕の邪魔をする。それに対して舌打ちをすることなら数限り無くあった。
僕のすぐ傍にいた銀さんはその数限り無い舌打ちを聞いているはずだ。

萎れた髪の毛の手触りは、僕の記憶が留めているそれより大分乾いてしまっている。このところ短めに刈り込むようになったせいで、記憶との違和感はいや増している。
僕の背を伸ばさなかった時間というやつは、こんなふうにばかり効力を現していた。

10年というのが長いか短いかはわからない。
ただ、それは着実に積み重なり、僕の背後にあった。銀さんの背後にも同じように。
僕と銀さんの間の距離は永久に縮まらない。縮まらないのに、確実に時間は積み重なっている。

こんなこと普段は気付きやしないのだ。

気付かないが、ふとした時、急にその事実に気付かされて、僕はまた舌打ちをする。
例えば今のように、往来のど真ん中で銀さんの、その体に後ろから被さった時等にだ。
買い物袋を持たない方の腕を銀さんの胸に回し、水分のない髪に鼻先を埋めて僕は言う。

「僕とあんたは、同じ時間を共にしてるといえるんでしょうか」

羽交い締める銀さんの胸回りは、細くなった。
或いは、締める僕の腕が長くなった。いっそのこと、締め殺すほどに僕の腕が長くなればよかったのに、それも叶わなかった。

「並んで歩く奴が欲しいなら、他あたれ」

振り返らない銀さんが冷淡に言った。

「他なんか、あたれるわけないじゃないですか」

そう言った僕の声はしかし、昔とは違って怯えない。ただ、わかりきった事だと笑っていた。内心で舌打ちをしながら、笑っていた。

僕の笑いを萎れた髪に吸い込ませた銀さんは、葱が落ちた、と、やはり振り返らないまま呟き、何億回目かの舌打ちを内包する僕の胸に痩せた背中を一瞬預けて、そしてすぐに離れた。









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