殴る男と殴られる男

今日も殴られた。

山崎は腫れた頬の内側を舌で探る。
血こそ出なかったが、奥歯が微かにぐらつくような気がする。腫れて一時的に弛んだ歯茎のせいだ、と思い込み、夕食に出た漬物を思い切り噛んだら、ぐらつきが余計酷くなって閉口した。
なんだってこう殴られなきゃならないのかは知らないが、山崎がどう考えようと土方はまた殴るのだろうし、山崎はいくら殴られようとまた粛々と隊務に勤しむだけなのだから、いつまでも奥歯を気にするのは馬鹿らしいだけだった。



ところで山崎は昨日、女を斬った。
命じた土方は当たり前のような顔をしており、さらに土方に命じたはずの近藤は渋い顔をしていた。
山崎は、女は嫌だな、と思ったが隊務であるなら仕様が無いとすぐに割り切った。
面倒な事を割り切るのは気持ちがいい。だから自分に面倒を割り切らせるこの場所は山崎にとって大層居心地が良かった。いつまでかは知らないが、自分がいれるだけはいてやろう、と山崎は思う。

俺は、難しい事はわからんからね。

隊務で斬った女の体を藪の中に捨てた時も、山崎はその台詞を頭の中で繰り返した。



山崎を殴った土方の考えは知らないが、殴られたのは山崎が報告の最後に

「副長、顔色が悪いですよ」

と付け加えた時だ。
別に女の件とは関係なく、本当に土方の顔色が悪かったから言っただけなのだが、土方は揶揄しているとでも受け取ったのだろうか。
体が畳を滑って頭が柱にぶつかるほどの殴られ方をした。

「もういい、行け」

と言って顎で退室を促す土方に、はい、と痺れる口で答えながら、山崎は、俺は不器用だなァ、と思った。



「副長」

土方の口から煙草を抜き取る。
また殴られる前に、山崎は後ろから覗き込む形で土方の唇を吸った。

あの日に女を斬ったのは尚早だったらしい。その事で山崎の知り得ないなんやかやを負担している土方は、益々酷い顔色になり体が痩せている。
山崎が丁寧に灰皿に置いた吸いさしがまだ燃えていて、苦い煙を立ち上らせていた。
そんなものを吸っている土方の口内は苦い。口内だけでなく、この男は存在自体がどこか苦く、その中には安らげる味が少しも混ざっていないようだ。それを山崎は、痛ましいようにも、頼もしいようにも思う。
どちらともつかない思いは複雑で、面倒だ。

「副長、俺はね。元来、考えるのが苦手な性分で」

だから、と山崎は土方の脱力した体にのし掛かった。土方は着替えさせられる子供のように両手を中途半端に持ち上げて動かなかった。促すでも拒むでもない。

ああ、酷く面倒だ、と山崎は思った。

副長、俺には難しいことはわからんのです。

だから、この面倒事を早く割り切らせてくれませんか、と山崎はぐらつく奥歯を庇いながら、再び土方の唇を吸った。









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