ものいう傷跡

痛い、と銀時が言ったので新八は慌てて手を退かした。

「痛いですか」

「痛い」

古傷という程に古くはないが新しくもない傷口は、皮膚が盛り上がり不自然に突っ張って滑らかだ。その滑らかさがどこか人体の感触からかけ離れていて面白く、つい深追いした新八の指先が銀時の痛感を刺激したらしい。
新八は申し訳ないと思うより、はしたなかった自分が恥ずかしく思え、上唇を口の中に吸い込んで軽く噛んだ。

側に丸まっていたシーツの端で銀時がみぞおちに伝った汚れを拭っている。この世慣れた男(と新八は思っている)がよりにもよって自分のような子供(と新八は思っている)に体を使われることにどういう納得をしているものか、新八にはてんでわからない。考えると頭が痛くなるので努めて考えないようにしているが、やはりこういう無様な姿を見ていると考えてしまうのだ。

銀時の体は気持ちがいい。
その中に挿入して呼吸で上下する厚い胸の上に突っ伏すと、くっついている体温と直接的な快感とで新八は泣きそうになる。平素は違和感のある大人の体臭も包まれてしまうと体の芯から安心させられて自分の全部を預けたくなる。その懐で、小さい子のように手足を縮めて泣いて甘えたくなる。
そういう自分の目の前で、銀時は唇を突き出して淡々と無様な後始末をしているのである。

何を考えているんだろうなあ、この人は。

新八は一度引っ込めた指をまた伸ばして、さっきの傷跡に触れた。左の肋骨の下に親指から小指までくらいの長さで縦に走る滑らかなひきつれをそうっと撫でる。臍の窪みに落ちた体液を気にしてそれに拘っている銀時は新八をほったらかしている。
新八は銀時の他を知らない。だから比べようもないし想像も届かないが、果たしてこういうものなのかと首を傾げる。なんなのか一体この距離感は。

銀時の腹に刻まれたこの傷跡は新八のものだ。およそ一人で生きて一人で戦ってきたような銀時に初めて新八が介入した際の記念すべき傷跡で、誰が何を言おうがこの傷跡ばかりは自分の所有だと新八は勝手に思い入れている。

そういう傷跡を新八は撫でる。銀時は撫でる新八をほったらかしている。
例えば、抱き締めて優しい言葉をかけるだとか、そういうものが欲しいのかというと、何だかそれも違う気がする。もっと熱い調子で(新八が銀時にするみたいに)求めて欲しいのかというと、またそれも違う気がするのだ。なんのことはない、新八は銀時が考えていることがわからないのと同じくらい、自分の考えていることもわからないのだった。

傷跡を撫でる力を少しずつ強くした。何、という目で銀時が新八を見上げるが新八は無視した。
遂にぐい、と傷跡に指先をめり込ませた。意図的にやったことだから、今度はさっきみたいに恥ずかしくない。
畜生、畜生、この野郎。

「痛ってぇ!何すんだ」

銀時が喚いて新八を蹴り上げ、新八は畳に転がった。顔面を蹴られたから鼻血が出た。
どこにいるのかわからない銀時とどこにいるのかわからない自分は、距離感以前の問題なのだった。
新八は血が流れる鼻を摘まみながら、でも、と思う。銀時は腹に新八のものを刻んでいて、深く突けば痛いと言う。お互いどこにいるのかわからなくても、新八は銀時の内部に触れて、銀時は触れてくる新八に声を出す。


だからいいんだ。
よくわからないけど、きっと、こういう恋もある。


「銀はん、ふぉく、銀はんがふきれす」

転がって言う新八の言葉は鼻を摘まんでいるせいでそんなふうになったが、銀時にはちゃんと聞こえていて、そらどうも、と応えた。応えてから銀時は、新八の鼻血をティッシュで乱暴に拭った。

新八はまた泣きそうになり、慌てて鼻をすすり上げた。
喉の奥に血の味がして、噎せ返った。









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