みかん

みかん。

みかんみかんみかん。みかんの皮。
菓子袋菓子の屑。みかんの皮みかんの皮。
湯呑み。欠けた湯呑み。みかん。みかんの皮。

こたつテーブルの上が、みかんばっかなのは、それは僕が持って来たからだ万事屋に。でかい箱ごと貰い物のやつを寒い中。

今夜はすごく冷えますねえ、だからさっきも寒かった、箱を持って万事屋に向かってる時。両手でみかんの箱を持っているため剥き出しの、手の甲と指の先が、なんか殆ど、熱いみたいに冷たかった。

それなら手を左右それぞれ脇の下に挟めたりしたらあったかかったんだろうけど、そうやって万事屋まで来れば手は冷たくなかったんだろうけど、しかしながらそうすると、みかん箱は下に落ちてしまうんです、凍てつくアスファルトの上に落下して、みかんの箱はそのまま道端にずっと在る事になる、僕はみかんを万事屋に届けに行こうとしているというのに。
万事屋までの道程のあまりの空気の冷たさで、冷たさを感じている神経の芯までビリビリする手をあったかくしようと試みる、真冬の日暮れに万事屋へみかん一箱を届けるという仕事の難易度を下げようとする、そうすることで、僕はそもそも万事屋に行く理由を失ってしまうんです。

これは一体、誰かが僕を試しているのだろうか。
僕は僕の、あれ的なもの、愛、的なものを誰かに試されているのだろうか。
ろうか、っていうか正しくは、そういうなんつうか、あれを試されていると思いたいのだ僕は。自分でも引くけど。

銀さん、だから僕が届けたみかんはただの果物であるそれ以上に、かなり引くけど、けど、けだし、そういうあれであるのです。

みかんみかんみかんの皮。

みかんって食べたら皮が出る、みかん、すなわちそういうあれを、消費した痕跡が明確に残る、こたつテーブル上に目で見て数で数えられる形で陳列されてしまう、それってなんかすごく恥ずかしい、だってそういうあれっていうのは本当はひた隠すもので、暗くした部屋の隅でひっそりと確かめるもので、暗がりで密やかに愛でるもので、と僕は思ってい、て、いうか、あんたそれみかんの剥き方おかしくないですか。




*






ところで僕は頭が変なのかも知れないのだった。
そしてそれは銀さんのせいでそうなったのだった。

と、思っていた。
あの日あのファミレスであんたに出会ってから今この瞬間まで。

しかし今この瞬間までの時間を費やしてじっくり考えてみた結果、それはどうも違うんじゃねえの、と、思い始めています。凍てついた屋外から、あたたかい室内、万事屋の和室のこたつ布団に胸まで入って、目の前にある銀さんの使い込んだ毛布の毛足みたいなもさもさの頭を見ながら、そう思い始めています。

僕の頭が変なのかも知れないのは銀さんのせいではない、僕の頭は元々変であったのだ。

あの日あのファミレスにあんたが居合わせていようが居合わせていまいが、そんな事には関係なく僕の頭は、ずっと以前から変であった。生来、変であった。

そして僕の変な頭が作り出す波長と、あんたの、容貌性格言動いや違う、どことも知れない漠然とした、こう全体が作り出す波長が、なんか、何とも言えない感じに、合致した。

どちらかの意図的な働きかけによってそうなった、とかそういうのじゃなくて、自然に、時間が流れるものであるみたいに当然に、そうなったんです。
2本の直線が平行であるとき錯角は等しい、錯角が等しいとき2本の直線は平行、それと同じです。どっちがこうした、とかじゃなくて、それらは同時なんです、同等に真理で、かつ完全に同時に存在するんです。

もしも僕の頭が変なのならばそれは銀さんのせいじゃない、僕の頭は元々変だったんです、そうだ僕の頭は変だったのだ、だって、そうでなかったら僕はあの時、よく知ってもいなかったあんたの背中を追いかけるなんて、しなかった、しなかったろうと思います。

僕があんたを追いかけたあの瞬間、あの時僕は初めて、ある音を聞いた、それは正確には音じゃないけど、あれに一番近いのは音だから仮に音という、その、音。

あんな音を聞いたのは初めてだった、操られても仕方のない強い音だった、だから僕はずっと、自分の事を笛吹に操られて海に落ちたねずみなのだと思っていたんだ。
けど違う、その音は笛吹の笛の音だけでなく、ねずみ自身の鳴き声が笛の音と合致して初めて完成する音だったんです。

だから、これはあれ、巡り合わせというやつなんじゃねえのだろうか。

僕は、そんな事を、こたつテーブル上の僕が持って来たみかん、その皮、銀さんの使い込んだ毛布の毛足みたいなもさもさの頭、それらを眠い目で見ながら、でも天啓を授かったみたいな衝撃と共に、思い始めています。




*






それでね、このみかん、みかんの事ばっか言いますけど、これを姉上は銀さんにバイクで取りに来させればいいのだと言った、けれども僕はそれを拒否した。なんでって、それでは意味がないと思ったからです。
僕はこのみかんを自分で持って行きたいと思った。なぜならそれは単純に僕の喜びになるからで、罪のない自慰みたいなものでした。

そう思っていた僕に、みかんを受け取りながら、お前バカだな俺がバイクで取りに行ったのに、って僕の顔も見ないで言ったんだ銀さんは。

銀さんのその言葉で単なる自慰であった僕の行為は別のものに昇華し、それで僕は、なんだかわかんないけど、ぷち、みたいな、細かい粒みたいものが弾けるっぽい感じを、胸の奥ないし背骨の手前あたり、体の深い所に感じたのでした。

この出来事はまさに、僕の頭が変かもしれないという疑いが顕著になった一例であった。
その、ぷち、は非常に小さくささやかなもので、一般的な人ならば見逃すか見過ごすかしてしまうようなものなのですが、どうやら頭が変な僕は、頭が変な証拠に、胸の奥で弾けた下らない程小さい粒である、ぷち、を大切に大切に拾ってしまうのでした。

この、ぷち、はこれまでにもたくさん生じており、それらを僕はもれなく集め、現在、山ほど集まっています。

しかもただ集まってるだけでなく、ある一つの形を作っているのですが、それはある構造物の姿と似ていて、ていうか同じで、どんな構造物かと言うと、この図を見て下さい、まさにこの図のとおりであるのです。







だから銀さん、あんたが今そこで変な剥き方しているそれは、ただの果物であるそれ以上に、そういうあれであるのです。
僕のあれ的なあれであるのです。

あんたが変な剥き方している皮(フラベド・アルベド)の下、薄皮(じょうのう膜)に覆われた房(じょうのう)の中の、小さい一粒一粒(砂じょう及び、さのう)が、僕が胸の奥ないし背骨の手前あたり、体の深い所に感じた、あの、ぷち、ていう感じであり、僕とあんたの波長が合致した時の音であり、その瞬間瞬間なわけなのです。




*






銀さん聞いてますか、ねえ聞いてんですか。

ていうかさっきから何やってるんですか。
何なんすか、その剥き方は。








ああ…。
なんかすげえ腹立つ。









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