リフレクト

お前ぇ、は、よ

と土方はまだ喋っている。声が途切れるのが気にならないのだろうか。
山崎は土方の体の上で緩やかに律動しながら

「はいはい、何ですか」

と答えた。

夜の屯所は昼間とうって変ってやけに静かだ。この土方の私室も同じに。
静かな中で明りも消してしまうと、その他の感覚が鋭敏になった。
気持ちいいなぁ、山崎は思い、同時に、いつにも増して煙草くせぇや、と不満を感じている。

「お前ぇは、どこの、生まれだ」

土方の目線は山崎の右肩を抜けて上を見ている。
天井に埃でもついていたか、いや、ついていたとして、暗いからわからないはずだ。
じゃあなんだ、そこにオバケでも見えますか。

「はぁ、関ジャニって呼んで下さい」

山崎が冗談を言うが土方は放置した。
山崎は土方が体を許している間だけ、図に乗る癖がある。
後で殴ってやる、と土方は山崎を受け入れている部分に力を入れて締めた。

「あ。…あはは」

喘ぎを笑いで誤魔化した山崎は西の出身であるらしい。

「訛ってねぇな」

「そうですか」

「訛ってねぇよ」

「そうかなぁ」

「…何でだ」

「副長はちょっと訛ってますね」

「訛ってねぇ」

両者の呼吸の音が緩やかにせわしい。

土方は山崎に体を許す事を、犬への褒美だ、と思っている。
躾けるには鞭をもってする事を主義としている土方にとっては異例の事だったが、土方はその異例に目をつぶっていた。
別に、その異例に深い意味はない。犬の事にかかずらわるほど土方の日常は暇でない。
暇ではないが、思わぬ時に、望みもしないのにできるのが余暇だ。

「なんで、訛ってねぇんだ」

はぐらかされた質問を土方は蒸し返す。

「なんですか、もう」

山崎は不満そうだ。もうちょっとなんで黙ってて下さいよ、と挿入したもので土方の内部の腹側を擦った。山崎は図に乗っている。
土方は掌で声を上げかけた口を塞いだ。
指の隙間から濡れた呼吸が洩れた。

その洩れた息を惜しむように山崎が土方の指の間に舌を這わせた。

ああ、こいつ。絶対ぇ後で殴ってやる。

「答えろ。何で、訛ってねぇ」

口を塞いだままで土方が強く問う。口調ばかりは、平然の鬼の副長のものだ。山崎がその声に呆気なく怯んだ目をする、或いは、してみせる。

この、犬め。

「嫌いなんですよ」

怯んだ犬の目で山崎は言う。

「あぁ?」

「俺は、自分の生まれが嫌いなんです」

だから、とりあえず口の生まれを捨てたんです。

土方は自分を見下ろす山崎を見上げた。

山崎の怯える犬の目は、ただ、恭順だけを表わしていた。単に土方の蔑みや威圧の反射だ。
まるでその奥には何も無いようだ。
そこに目玉だけが転がっているようだ。

「お前ぇは、」

土方は、武州を思った。

近藤、沖田、果てしなく続く稲穂の海、歩いた砂利道、初恋の女。
捨てるようなものではない。捨てられるようなものではない。
土方は混乱した。
酷い感傷だった。

土方は後悔した。
こんな奴に体を任せた報いだ。
褒美などと浅はかな納得をした報いだ。

「山崎、お前ぇは」

言いかけた土方の口を、山崎は体を突き上げる事で塞ぐ。

「副長、」

山崎は相変わらず恭順する目で土方を見下ろしている。
淀んだような澄んだような角膜、その奥にあるものはしかし何一つ見えない。

土方に接しているのは、山崎、というか、目玉と体だけだった。
土方は呆然とした。

山崎が言った。

「副長、できれば、…セックスだけで繋がりませんか」

畜生。
こんな奴に構うんじゃなかった。

土方はまた、深く後悔した。






土方の目線は山崎の右肩を抜けて上を見ている。

山崎は思った。思うと笑えた。




なんですか、まるでオバケでも見えてるみたいに。









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