特別急行 1

その雪深い町までは3時間の短い旅になる。
近藤は使い込んでくたびれた鞄を脇に引き寄せ、車窓越しに白く濁った空を見上げた。
厳冬に沈んだ空では、雨が雪に変わろうとしていた。




*






長年連れ添った部下が失踪した。

部下とはいえ付き合いは子供の時分からになるから、単に部下というよりも幼馴染という方が相応しい。彼の身を案ずる心情も、部下に対するそれよりは幼馴染に対するそれだ。滅多にとらない有給を使う事に躊躇いが全くなかったのも、彼が部下ではなく近しい友人であるからだ。
そういった関係であるから、近藤は彼が溜まった仕事を投げ出して放逐するような男ではないと知っていたし、そうするからには余程の何かがあったのだと推測できた。
普段からあまり感情を表わす男ではなかったが、それでもそうとわかるほどに表情が荒み、目に見えて体が痩せてきていた。
それに気を揉んでいた矢先の事態だ。ひどく心配である。




*






凍った窓を重たい粒が叩き始めた。冷たい雨はやはり雪に変わった。
近藤は両掌を組んで広げた膝の間に入れ、背中を深く曲げ、懺悔するような姿勢で目を閉じる。水分の多い雪が吹き付ける寒々しい音を聞きながら、あの真面目な幼馴染の事を思った。

トシ、馬鹿野郎が。



「あの。すみません」

発車前の車内で多少の人が立ち歩く気配に紛れ、近藤に呼びかける声があった。
近藤が重たい瞼を上げると、男が一人立っていた。
片手に旅行鞄を提げ、もう片手に1つ2つの幼児を抱えている。地味ではあるが仕立てのよいコートを着て、そのコートの裾を幼稚園児ほどの男の子が掴んでいた。

「ああ、失礼」

近藤は短く返答し、広げた膝を閉じて、向かいの座席に着座しやすいようスペースを作った。男は礼儀正しく会釈をしてから、まず立っていた子供を近藤の向かいに座らせ、それからその横に抱えていた子供を下ろそうとした。

「ヤ」

抱えられていた幼児がぐずって男にしがみつく。眠たいのだろうか。
男は困って、ひっ付く子供を宥めようとするが、子供はうんうんと首を左右に振り聞き入れない。

「鞄を上にあげる間だけだから」

「イヤ」

「よければ、私がしましょうか」

近藤が腰を浮かせて、男が片手に提げた鞄を受け取ろうと手を伸ばした。
男は申し訳なさそうにしたが、近藤が気にしないように言うと、控えめに鞄を差し出す。
子供に必要な諸々が詰まっているのだろう。鞄は膨らんでいた。

「重たいですから気をつけて」

「平気ですよ」

受け取った鞄は確かに重かったが、近藤のような体格の男には左程にも感じられない。軽く受け取って網棚に載せた。
男が静かな声で礼を言うのに近藤は軽く返礼する。しがみついている子供はまだぐずっていて、男の髪を掴んで身動ぎしていた。先に近藤の向かいに着席した子供は、男に早く座るよう座席を叩いてせがんでいる。子連れの旅は大変だろうと近藤は思った。

「すみません、騒がしくして」

「いいえ、何ともありませんよ」

言葉に嘘はなく、ささくれて暗い気持ちが持続している近藤には、いたいけな小さなものの声や姿は気分をほんの少し和ませるように感じられた。知らない間に深く刻まれたままの眉間の皺が、僅か浅くなっている。




*






発車を知らせるベルが鳴った。
ベルが鳴り終わるなり古い特急は一度大きく揺れ、それから軋むように動き始めた。
これから列車は北に向かう。大陸からの湿気を含んだ寒風が吹き付ける、雪深い北の町に向かうのだ。

そんな町に幼馴染がいる事を近藤に知らせたのは、以前からその地での仕事を任せている別の部下だ。山崎、という名のその男は、私用の番号から近藤の携帯に連絡を取ってきた。
近藤の幼馴染は、山崎の直属の上司にあたる。
その山崎が電話の向こうで言った。

副長なら心配はいりません。

驚いた近藤が質そうとすると、山崎は仕事上の停滞、その処理についていくつか頼み事をし、近藤の質問には明確に答えないまま、言った。

「こうせざるを得ない事情があったんです。でも心配はいりませんから」

「そんな事言われて納得できるわけないだろう。トシはどうしてるんだ。どこにいる」

「…すみません局長」

「山崎、頼む。仕事の事はいい、どうにでもなる。だがトシの事は放っておけない。わかるだろう」

「副長の指示なんです。俺は、大丈夫とだけ伝えろと言われているんです」

埒のあかないその日の電話はそれで切れた。



しかし近藤は唯一繋がった手掛かりを手放すつもりはなく、毎日、しつこいほどに山崎に連絡を取り続けた。幼馴染本人の携帯は失踪した頃からずっと繋がらない。

かつてなかったミスを繰り返し、表情は重く、口数も減っていた。日増しに痩せていた。そして突然、姿を消した。ただの部下ではない。友人で、幼馴染なのだ。
近藤は一週間程も電話をかけ続け、やがてようやく山崎は言った。

「会う、と言っています。電話じゃ話せないから」

「わかった。すまない、すまなかった山崎」

「…でも、ひとつだけ」

ここに副長がいることは、絶対に誰にも知られないようにして下さい。絶対に。

山崎の言葉は重かった。幼馴染の身に起きている事の重さを表していた。
金か、女か、その他か。
どのような事かはわからないが、どのような事でもいい。彼が少なくとも山崎の言葉を信じるなら『大丈夫』で、そして近藤に会って話すと言っている。どのような重大な事であれ事情を分かち合う気になってくれたなら、事は解決した、といえば大袈裟だが、それに近い。少なくとも近藤はどのような協力であれ惜しむつもりはない。
誰にも居所を伝えるな、というなら勿論そうする。



そうする、と近藤は思っていたが、それに関して近藤は約束を違った。たった一人であるが、幼馴染の居所を伝えた人間がいた。

沖田という。
近藤と姿を消した幼馴染と、この沖田は同郷だ。つまり、三人が幼馴染なのだ。沖田は三人の長い付き合いの中で、姿を消した男とは殊更不仲であるかのような態度を取っていた。が、それは愛情ゆえのものだと近藤は思っている。その証拠に、彼が放逐して以来の沖田の取り乱し方(この男は普段飄々とした人間で、そのような様子を見せる事は滅多にない)、それは見ている近藤が痛々しくなる程のものだった。

「土方さんはどこで何をしてるんでしょうね」

女にしてもみたいような童顔を暗く歪ませて、ぽつりと呟く言葉の弱々しさに近藤は胸がつぶれるような思いだった。そうして沖田は毎日、土方からの連絡はないか、ないかと近藤に尋ねるのだ。
事あるごとにいがみ合うような関係であった沖田のその様子を見ていた近藤は、山崎から届いた土方の居所を大まかに知らせたメールを、山崎の『誰にも知らせるな』という言葉を破って沖田に見せた。



誰にも、というのは、他人に、という事だ。
沖田が、三人の中で他人であろうはずがない。
だから沖田に知らせる事は、山崎の言葉を違ったことにはならないと近藤は考えた。

土方さんは何故こんな遠い町に、と晴れない顔を俯かせる沖田に、近藤は言った。

「今度、会ってくる。事情も聞いてくる。だから心配するな総悟」

「…お願いします。近藤さん」

真剣に頭を下げた沖田に対する責任も、近藤は背負っているのだ。




*






列車は横揺れを強めながら進んでいた。
思いに沈む近藤の向かいで、おそらく父子であろう三人が座っている。小さな靴を座席の下に行儀よく揃えて脱いで座る男の子は、絵本を開いて、

「これがね、ぐるんぱのおくつでね、これがね、ビスケット」

と、しきりに指で本の上をなぞっていた。
男が抱く小さな女の子は眠ってしまったらしく、仰向いた首が列車の振動に合わせてぐらぐら揺れていた。

「ねえぎんさん、ここよんで」

「新八、静かにしなさい。おうちじゃないんだ」

小さく叱られて、本を開いていた男の子はむくれた。むくれて、行儀よくしていた足を座席の上でばたばたと暴れさせた。

「どうしておうちじゃないんですか。ぼく、おうちがいいです」

「じゃあお前だけ帰るか」

「いやです」

子供というのは思うにならないものだ。
大人の思うにならないのは勿論、本人にも自分が思うにならないものなのだろう。だから足でも動かしていないと耐えられないのだ。気の毒な事であるが、そう言ってしまえば大人であっても自分の事など思うにならない。あの幼馴染も、近藤も、思うにならないから今こうしてこうなっている。人間とは結句、そういうものであるのかもしれない。
小さな人間の原型を眺めながら、近藤は羽織ったままのコートのポケットを探った。

「食べるかい」

一口サイズのチョコレートを差し出され、暴れていた男の子は途端に固まる。
チョコレートを見たからではなく、知らない大人に声をかけられたからだ。近藤はそう思った。

「すみません」

固まってしまった男の子のかわりに男が礼を言い、近藤の手から小さな菓子を受け取った。

「お疲れのようなのに騒がしくして」

「そんな事はありませんよ。お気になさらず」

つい先程もしたような遣り取りを繰り返してから

「お子さんを連れての移動は大変でしょう」

と気遣った。
男は仕様がなさそうに苦笑し、頷く。

「言う事を聞かなくて困ります。さっきまでは電車に乗るからと喜んでいたんですが。やはりじっとはしていられないようです」

「まだ小さくてらっしゃるから、そうでしょうね」

向かいに座る男の子をちょっと見ると、幼い頭でも自分の事を話されていると理解したのか、はにかんでしまい、くるりと後ろを向いて窓と座席の間の角に顔を埋めてしまった。チョコレートを頬張るほっぺたが、こちらからでも膨らんで見える。
男の腕と膝の作る空間にすっぽり挟まって眠る女の子は、電車の揺れに合わせて、おもちゃのような小さな頭を相変わらずぐらぐらと揺らしていた。それでいて両手は男の体にしっかりと掴まって離さず、その手はふっくらとして健康そうだった。
手はかかるだろうが、このような愛らしいものに囲まれる男が多少羨ましい。家族とはいいものだな、と望んだわけでもなく独り身の近藤は微笑ましかった。

と、そこまで思ったところで、近藤は微かな違和感を覚える。
不躾にならないよう、そっと目の前の三人をもう一度観察し、そして違和感の元に気付いた。

この三人は、三人ともが全くといっていいほど似ていない。



「お仕事ですか」

「えっ」

突然問われた近藤は、不自然な反応をしてしまった。
男はそれに微かに首を傾げた様子だったが、左程気にもならなかったようで、相変わらず穏やかな表情で

「ご出張か何かですか」

と丁寧に言い直す。
この物腰の穏やかな男と、微笑ましい子供たちに対して無礼な想像を働かせかけていた自分を近藤は密かに恥じ、ぎこちない咳払いを一つしてから、礼儀正しい社交辞令に答えた。

「ええ。まあ、そんなところです」

「寒いのに大変ですね」

窓を叩く雪の粒は徐々に大きさを増してゆく。ガラスを通して感じられる冷気もそれに従って強まっていくようだ。車窓から望む空は灰色で、暗い。
これから向かう場所は更に厳しい寒さが待っているだろう。
近藤は男の言葉に曖昧に笑って返した。



電車が大きなカーブにさしかかり、車内が斜めに傾いで捩れる。男が抱く女の子が寝たままで少し不機嫌な声を出した。

「どちらまで?」

女の子の小さな体を抱き直し、優しくその背中を叩いて宥めながら男が訊く。

「はあ、終点まで」

近藤が答えた瞬間、車両はトンネルに吸い込まれた。

鈍い灰色であった窓の外が突然真っ暗になり、同時に気圧が変わって耳がきんとする。
視覚と聴覚が一気に狭窄したような心持がし、近藤は微かに眉を寄せた。

「…ああ、」

男が息を吐くように発声した。目を細めて笑っている。
その顔が、近藤の狭窄した知覚の中で、連続するトンネルの照明にコマ送りのように照らされた。
男の細めた白目に、車外の強い照明が明滅していた。

「私たちも同じです」

眩暈に似た重い感覚に襲われる。男の声が遠かった。
近藤は喉の奥で固い唾を飲んだ。
耳の奥で圧縮された空気が痛みを伴って弾けた。その痛みに、思わず目を瞑る。

近藤は、立ち眩みのような、ごく短い意識の喪失を感じた。



「ぎんさん」

高い声にはっとした時、列車はトンネルを抜けていた。
窓の外は、何事もなかったように重い灰色に戻っていた。

「お耳がつんってします」

座席に向かって丸まっていた男の子が振り返って訴えた。両手で耳を押さえている。

「唾をごっくんしなさい」

男が女の子を抱えていない方の手で子供の頭を撫でた。
近藤は眉間を指で圧し、小さく頭を振った。

自分は、思った以上に疲れているようだ。

男の子が神妙な面持ちで唾を飲み込む様子を見ながら、こっそり自分もそれに倣った。しかし、二度目の嚥下は唾でなく、暖房で乾いた空気を飲んだだけだった。



ふと、無機質な電子音が小さく響く。

「失礼」

控えめな断りに近藤が小さく頷くと、子供を抱える両脇に不自由そうにしながら男はポケットから携帯を探り出した。

「…ああ大丈夫。乗れた。
 …そっちの方も大丈夫。なんてえの。確保した、っつうか。
 そう。偶然にも。
 …ああ、わかった。また連絡するよ。
 …うん。ありがとね。

 沖田君」



…沖田君。

近藤は疲れを意識した頭の端でその名を聞いて、反射的に男の方を見た。小声で通話する男と目が合う。
男は話しながら、近藤の視線を受け、笑った。
笑ったように、近藤には見えた。

それは単に、通話先との会話による笑顔であったろうが、一瞬のささいな錯誤を受け流せないほど、その名前の持つ意味は近藤にとって強すぎた。

近藤は慌てて男から視線を逸らし俯く。
沖田などという名はそれほど珍しい名ではない。
俺は余程疲れている。
近藤は男から逸らした目を固く瞑り、冷気を浸み出させる窓に頭の片側を寄りかからせた。

男はまだしばらく通話していたが、沖田という名はもう出てこなかった。




*






眠っていたらしい。
電車の揺れに合わせて側頭部を規則的に叩く窓の固い感触に、低く喉を唸らせた。
車外を過ぎゆく風景はすっかり雪に包まれ、あらゆるものが白く、丸みを帯びている。雪景色が珍しい近藤はそれに目を細め、それから何気なく腕時計を覗き込むと、もう1時間もしない内に到着するという時刻だった。
軽く溜息を吐き、睡眠に硬直した足を組み換えようとした時、靴の先が何かに軽く当った。

足元で、何かが動いている。
重たい目線を持ち上げると、向かいとこちらとの座席の隙間で、男の子が体を屈めて何かをしていた。

「…?」

どうやら靴を履いている。
男の方を見ると、女の子を抱いたまま肘かけに凭れかかって眠っていた。
やがて靴が履けたらしい男の子は、大人たちの足の間を縫って、電車の揺れにふらつきながら通路の方に出て行こうとした。

「どうしたの」

学校に上がるのもまだまだのような子供だ。
放っておけるものでもなく、近藤は慣れない子供相手の口調を作って男の子に呼びかけた。

「…おしっこ」

男の子は小さく答え、そのまま歩いて行こうとする。
慌てて会話を繋いだ。

「一人で行けるの」

「ぎんさん、ねてるから」

男の子は知らない大人との会話を疎ましがって、短い説明だけをして勝手に通路に出て行ってしまった。
困った近藤は男の方を見るが、床を覗き込む程に頭を落としてよく眠っており、起こすのは忍びない。
根の優しい近藤はそっと席を立ち、行ってしまった男の子を追い掛けた。



俯かないと視界にも入らない男の子に声を掛ける。

「黙って行くと、お父さんが心配するよ」

男の子は返事をせず、車両を仕切るドアの前でもじもじしている。取っ手のないドアをどう開けるのかがわからないようだ。触れて開けるタイプのドアに彼は出会ったことがないのだろう。
近藤が頭の上からパネルに触れるとドアが開く。
男の子が近藤を見上げた。

「ぎんさんはおとうさんじゃありません」

近藤は少し息を飲んだ。そういえば、先ほどからこの子はあの男を、ぎんさん、と名前で呼んでいた。
それぞれに全く似ていない三人、という印象は間違っていなかったようで、どうやら彼らは一般的な単位でいう家族ではないらしい。



どうにか手洗いを済ませた男の子を連れて席に戻ると、男が目を覚ましていた。姿のない子供に若干慌てたようで、澄まして座席によじ登る男の子に小言を言った。男の子は不機嫌な顔をする。男を起こさずに自分だけで手洗いを済ませたことで子供なりに気を利かせたつもりなのだから、叱られる理由などない、というのだろう。

「よくお休みのようでしたので」

近藤が説明すると男は恐縮して礼を言った。

「お前もお礼しなさい」

脇の男の子に命じるが、男の子は知らないふりで、男に抱かれる妹(では、どうやらないようだが)のおむつで膨らんだ尻に抱きついて、調子外れの歌を歌っている。
男は溜息を吐いて、また近藤に礼と謝罪をする。
近藤は笑った。笑いながらも心中では、この三人が親子ではないらしいという事実を不思議に思う。この三人はおそらく血が繋がっておらず、しかしながらこれ以上ない程に家族だ。不躾だとは思いながら、その事情に興味を引かれずにいられない。

「良い子にしないと、ママに会えないぞ」

男が子供に言った。
近藤は、ああ、と思う。

そうだ、この三人に足りないものがあるとすれば、それだ。
母親。
その存在が欠けているから、この三人はアンバランスに見えるのだ。

心中にあった不躾な興味と疑問にはからずも答えた男の言葉に、近藤はつい、つられてしまった。

「…あちらへは、奥さまに?」

言ってしまってから、自分の行き過ぎた質問にしまったと思うが一度口から出てしまった言葉は戻らない。
ばつが悪くなり頭を掻く近藤を男はほんの少しの間見詰めたが、

「ええ」

と静かに答えた。

「迎えに」

言葉短く言う男の口調には含みがある。
まずい事を言ってしまったと後悔する近藤は歯切れ悪く、そうですか、などと答え、しかし後を継ぐ言葉も見つからず、口の中で不明瞭な発音を転がした。

外は吹雪き始め、より暗さを増していた。
垂れ込めた灰色の厚い雪雲が時折雷光に光った。ただでさえ気の重い仕事であるのに、現地の天候を思うとさらに気が滅入った。
大人たちの複雑な感情の遣り取りなど気にもしない男の子が、雷の音にきゃあきゃあと声を上げて怖がりながらはしゃいでいる。



その時、胸ポケットにしまっていたマナーモードの携帯が震えた。

「あ。ああ、…すみません」

近藤は殊更大きな動きで携帯を取り出しながら立ち上がり、気まずさから逃げるように通路に出た。

歩き去るその大柄な背中を、いつの間にか目覚めていた女の子が短い指で指差した事に、背を向けている近藤は気付かない。
女の子は近藤の背中に指先の照準を合わせたまま、舌っ足らずに

「ごり」

と言った。
背を向け、携帯に意識を逃がしていた近藤に聞こえるはずもなかった。



近藤が車両の外に出てしまったのを確認すると、男は女の子の頬を指で突付いた。

「神楽はかしこいなあ。そうだな、ごりらだな」

「ぎんさん。ごりら!すとーかーごりら」

男の子が、自分も、と女の子の上に被さるように乗り出して言う。

「よしよし、新八もかしこい。…でも内緒だからな。お約束したろ、内緒が守れる?」

「うん」

「内緒が守れない子は、ママに会えないからな」

男は子供たちを深く囲い込むように抱き込んだ。

俯けたその顔は、いままで近藤に接していた大人しく品のいい表情からは遠くかけ離れていた。どうかすると禍々しくさえある。
そんな表情をしながら堪え切れないといった様子で、くくく、と笑った。

抱き込まれた子供たちも、わかっているのかいないのか、男を真似て、けけけ、と笑った。

暗い空に稲妻が大きく枝を張った。









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