銀時は男達を、アホ共、と言った。
新八は全くその通りだと思ったが、ともすれば、そのアホ共の中に自分も加わってしまうのではないかと危惧している。

他人の唇の感触を知ったのは初めてだ。そして、その感触の奥にどういうものが潜んでいるのかも、新八は初めて知った。
銀時によって知らされた。



触れている冷たい指先が微かな動きで新八を導く。
体勢は深く抱き締める態で、新八の腕は浮かされた銀時の背中に回っている。銀時の身体の下で指先だけが触れ合っていて、そして銀時は絡んだ新八の指を導きながら浮かせていた身体を下ろした。銀時の身体と開かれた着物が、意味深な指を男達の目から隠した。

新八は息苦しい。
かつて体験した事のない感触に溺れかけながら、銀時の意図に応えるのは困難を極めた。そもそも、どうやって呼吸をすればいいかわからない。目をきつく瞑り耐えたが、そのうちに呼吸が限界を訴えた。

「そんな事も知らないのか」

見物していた男が、銀時から顔を上げて泳ぎの下手な人のように息を継いだ新八を笑った。

「かわいいねぇ。薄情な万事屋が教えてくれねぇなら、俺が教えてやろうか?」

男が言い終わる前に、銀時が頸を擡げて喘ぐ新八の口を迎えに行った。その仕方は貪るように激しく、新八は目をきつく瞑って苛烈ともいえる施しに耐えた。銀時の行動に男は、貸してはくれねぇそうだ、と余計に笑った。
銀時の爪が動きを止めた新八の掌を引っ掻く。同時に、口腔に入り込んだ舌で怯む新八の舌を強く絡め取った。
ほっとけ、と言わんばかりだ。

新八は塞がれた口の代わりに鼻から大きく空気を取り込み、上がりきった体温に浮付く意識を危うく保った。
強く引っ張られたピアノ線のように細まって今にも途切れそうになる理性にしがみつき、上手く働かない指を銀時の身体の下、男達から隠しながら動かす。



銀時の腕を括る帯、その結び目、固く締まるそこに爪を潜り込ませようとする。




*






意図を露見させないよう、銀時は殊更男達の目を引くやり方で新八を苛んだ。
口蓋を尖らせた舌の先端で強く擦られ、唇の僅かな間隙からあからさまな音が漏れた。新八は喉の奥で呻き、保持出来なくなった身体を銀時の上に落とした。 頭が銀時の頬に力なく落ち込み、唾液で濡れた唇が腫れて熱を持ったその表面に擦れた。
潤んで朧気な視界に、銀時のパーツが映る。なだらかな皮膚の起伏、髪の束のうねり、目蓋に透ける静脈。巨視的に映るそれらが、まるで大きな風景のようだと新八は思った。



荒い呼吸を繰り返す新八のすっかり痺れてしまった指の動きは覚束ない。
風景の端にある銀時の眉間が皺を刻んだ。間近に見れば渓谷のように深いそれを陶然と見詰める新八に、銀時が言った。

「…痛ぇ。早く」

身体の下にある厚い身体が如何にも苦しく身動ぐ。
銀時の声は温度と湿り気を持って新八の頬に直接触れた。それに新八は胸を締め付けられる。
わからない。わからないが、銀時を強く抱き締めたいと思った。
抱き締める代わりに新八は麻痺した指をどうにか動かし、帯の結び目に指を食い込ませる。

不器用な指が行うこの苦しい作業が、新八にとっての抱擁だ。



結び目に差し込まれた指が、やがて固いそれを広げ、輪を作った。

銀時の身体の下に隠された事実に『アホ共』は気付いていない。
銀時は顔を傾かせ、口の端に触れる新八の唇に唇を軽く触れさせ、

「上手だな」

と呟いた。
帯を緩めた事を誉めた銀時の呟きは、男達には別の意味に聞こえただろう。銀時の唇の感触を粘膜で感じた新八には、両方の意味に聞こえている。
呟きの拍子に裂けた唇がまた血を滲ませた。
新八は力の抜けた身体をゆっくりと摺り上げ、銀時の真上から鉄臭い味の滲む傷口を癒やすように舐めた。
銀時は新八を手伝い、頭を上げて唇を差し出し、同時に背中の下の隙間を少しだけ広げた。
新八の指の動きか唇の動きかを促すように銀時の唇や舌が動く。

結び目の広がった輪が手探りの感触でややもつれたような気がした。迷った新八は銀時の口を食む動作をぎこちなくし、銀時はそれにより深く舌を絡める事で答えに替えた。

その端を、引っ張れ。

銀時の意図を正確に察した新八の指が、輪になっていた結び目を完全に解いた。




*






ばっ、と音を立てる程の勢いで、新八は銀時の下から腕を抜き、彼の頭の両脇に肘を立てて身体を離した。これ以上くっ付いていたら、本当にアホ共の仲間入りをしてしまう。
しかし新八は、図らずも当のアホ共によって既に自分がそうであるという事を認識させられている。
真上から覆い被さる体勢で見下ろした銀時は頬を腫れのせいだけでなく赤くさせ、髪を寝起きのように乱れさせていた。唇はその周囲までが濡れている。

無理に殺し続けてきた衝動と、事後の銀時を抱く時に湧き上る深い慈しみが、心の中で結び付いてしまっていた。多分もう、切り離す事は出来ない。
だから言い逃れはしない。
自分はそうなのだ。

そうだが、今はそうする時ではない。



銀時は卑猥に濡れた唇を軽く開けて、開けた面積の割には大きな溜め息を長く吐いた。

「…全くよー」

溜め息に混ぜて、そう言った。

何が全くなのか続く言葉はなかったが、新八は銀時が何を言わんとしたかがよくわかった。 興奮状態の精神と、最早隠す気もなく昂った身体をさて置いて、堪えきれず笑った。
肩を震わせ、銀時の仰向いた額に額を載せて小刻みな笑いの発作に身を任せた。身体の下では銀時も笑い始めており、互いの震えでくっ付いている額が何度かぶつかって鈍い音を立てる程だった。

ようやく不審を抱いた男達が

「なに笑ってやがる」

と剣呑な声を出す。

「…おいアホ共。最初に言ったよな。金以上の事したらこいつが噛み付くってよ」

銀時は新八を載せた胸を上下させながら言った。

「今から噛み付くから」

「何?」

ベッドのスプリングが大きく撥ねた。

突然に跳ね起きた新八に不意を突かれた男は、真正面から顔面を殴打されて鈍い呻き声を上げた。あまりにも強い衝撃の反動で、後ろ向きに二三歩たたらを踏んだ体は、そのまま壁際のソファに座り込む形で崩れた。
男が弄ぶように握っていた木刀が、緩んだ男の手から離れてカーペットの上に落ちた。
新八は素早くそれを拾った。

「このガキ」

嗜虐の性質の男が間抜けな全裸で怒号を吐く。
生意気な小さいガキが刃物の付いていない凶器を持ったところで、どれ程のものか。
痣の男も同じ事を思っている。
より新八に近いこの男が先に掴みかかった。

しかし生意気なガキは、拾い上げた木刀を拾い上げるなり放り投げていた。

掴みかかろうとした痣の男はその行動に一瞬気を取られ、つんのめる様に踏みとどまる。
嗜虐の男が、なんだ、と咄嗟の疑問を口にしかけた時、

「…あっ!」

殴られ、ソファに沈んでいた男が前歯を折られた口を大きく開けて鋭い声を上げた。



投げられた木刀を起き上がった銀時が掴んでいる。
拘束されていたはずの腕が、自由だ。
シーツの上に落ちて所在無くなっている帯が、蛇の抜け殻のように蟠っていた。

銀時がベッドの上にゆっくりと立ち上がる。

「お前らは、アホだ」

肩に羽織っただけの着物がぞろりと長い。
見るからに情事の気配を残した身体がそんなものを纏って立っている。手にした木刀の切っ先は、まるでやる気がないように斜め下を向いていた。
そのような姿で立つ銀時の、彼の血の色を映す瞳が薄暗がりの中で異様に光っていた。



この愚か者共は銀時を怒らせた。

思い知るがいい、と笑った新八の頬が獰猛に引き攣れた。









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