俺は沖田に欲情していた。
肉欲ではない。俺は、逞しい男の性器に犯されて勃起するのだから。
しかし俺は確かに沖田に欲情していて、その延長線上で奴を欲しいと思っていた。
理由を考えるまでもない。ひとえに俺は、沖田の才能に欲情していた。

裸同然から悪知恵だけで伸し上がった祖父さんの財産にくるまれて育った俺は、愚鈍であることを軽蔑する。帝大出のインテリである父に守られて育った俺は、無知無教養であることを軽蔑する。そして、沖田は愚鈍で無知無教養な人間だった。
しかし、俺は沖田を軽蔑しない。
沖田には才能があるからだ。

このひと月の間で、俺は沖田の中に光るまごう事なきそれを見付けた。
人の苦痛を餌にして肥え太る生き物を体内に飼っている奴は大勢いる。だが、生き物に食わせる餌を捕らえ、弄び、その甘みが増すように熟成させる才能があるかどうかは別の話だ。
祖父さんは抜きん出てその才能があった。そして俺は、その才能をそっくり受け継いだ。沖田は、その俺に勝るとも劣らない才能を持っていた。
あの涎が出るほどの男前の土方に、死ぬような努力をさせて出世させ、己の浪費のための金を出させ、そこらじゅうでまとわりついてくるに違いない女に見向きもさせず、まるで忠犬のように献身させている。それも、自分がそうさせている事に全く気付かずにそうさせている。
天才なのだ、沖田は。

まあ、忠犬にちょっと噛まれたくらいで泣いてしまうのはご愛嬌だ。沖田はまだ若いし、何しろ馬鹿だ。痛みや恐怖や快楽にはてんで弱いだろう。
だが、そんなものは訓練で簡単に克服できる。俺が言うのだから間違いはない。

奴を仕込みたい、と思った。
仕込めば、奴は大層なものになる。祖父さんや俺が行う非情な処世、その一翼を担えるほどのものになるだろう。
何よりも、山崎に嫌がらせをしたあの時のように、ああやってニヤニヤ笑って暮らせたらこんなに楽しいことはない。

望むものを全て手に入れてきた祖父さんがただ一つ持っていないものがある。或いは、俺がそれに該当するはずだったのかもしれないが、哀れなことにそうはならなかった。
祖父さんが望みながらも得られなかったただ一つ。
それは、自分と似通った性質と能力を持った、気の合う共犯者だ。

沖田には、俺にとってのそれになりうる才能が、間違いなくある。




また、沖田が泣いている。

俺はベランダでゆったりと喫煙しながらそれを鑑賞していた。
あのかわいらしい土方は、今日は一段と沖田を手酷く扱ったらしい。沖田のシャツの前は、ボタンが全て弾け飛んで薄い胸が肌蹴ていた。
暗がりの中で勝手口の門灯が、淡く煙る光を丸く落としている。沖田は、その淡い円の中で、立ったまま俯いて嗚咽に鼻を鳴らしていた。中々どうして絵になる光景だ。俺は戯れに人差し指と親指でフレームを作り、良い構図を探す真似をした。

確かに、望まぬ行為は痛いし恐ろしい。だがそんなもの、慣れてしまえば何でもない、内心で笑いながら飲み込めるようになるものだ。
微笑ましく見下ろす俺がいる事を知らない沖田は、最後に大きくひとつ鼻を鳴らすと、両手をぐっと拳の形に握った。そして、それを発作のように激しく振り上げ、何かを喚く、かと思った俺の予想を裏切った。
沖田は振り上げた拳を震えさせながら、ゆっくりと下ろしてしまった。

下ろした拳で顔の涙を強く拭く。一度だけ拭くと、首をしっかりと上げて勝手口の扉から中に入って行った。

その様子を見ていた俺は思った。
噛み付くのはいいが、過剰に葛藤させるのは困る。つまらない葛藤などのせいで、せっかくの才能が萎れてしまったらどうするのだ。

「やりすぎたな、土方」

玩弄物の分際で、俺の見出した才能にあまり勝手な事をしてくれるなよ。




俺は女を犯さない。
だから糸巻き娘達の怨霊は俺を憎まず愛してくれる。娘達はその怨念を力に変えて俺に与えてくれるのだ。
俺は、俺と俺の家にとり憑いている痩せこけた優しい娘達に少しのお願いをした。

『ねえ、愛しい君達。あそこに男前がいるだろう。あの男前に、一泡吹かせてやってくれないかい』

祖父さんはお得意の暴力で娘達を押さえつけて言うことをきかせるが、俺は違う。そんな事をしなくとも、娘達は俺のお願いは何でも喜んできいてくれるのだ。

世の中の富を操る才能は祖父さんより俺の方がずっと優れている。何しろ、富が俺を愛しているのだから。

これは一つの予感だが、娘達の怨霊はこれからもっと強力になっていくだろう。雪の上を転がる雪玉のように、周りのものを見境なく貪欲に吸収して無限に膨れ上がっていくだろう。その先に何があるのかは知ったことではない。俺は禍々しい怨霊に愛される幸福に、首まで浸かって酔うだけだ。
怨霊に愛された者の末路は、大昔から星の数ほどの話の中でさんざん言い伝えられているが、俺はそれで構わない。それが、祖父さんの悪行の報いであるのだろうから、祖父さんの生き写しである俺はそれを甘んじて受けるべきなのだ。
白く輝く絹の糸は俺を縊り殺そうと、ゆっくりと、しかし着実に首に巻き付いてくる。俺は巻き付く糸の美しさと滑らかさに恍惚としたまま、ゆっくりと、しかし着実に縊り殺されている。

俺は電話を使って、優しい娘達が動き出せるように手配した。俺を愛する娘達は、すぐに俺のわがままを叶えてくれるだろう。

「結局、俺は君に踊らされたというわけだ」

背後には、祖父さんと繋がって俺をこの家に呼び寄せた若い執事が立っている。

「わたくしは、何も。わたくしはただ、あなた様がこの家にいらっしゃると聞いて、失礼のないようお迎えしただけでございます」

執事の山崎は、顔色一つ変えずにそう言った。
この俺を、土方をこの家から追い立てるための猟犬扱いしておいて、いけしゃあしゃあとそう言ってのけたのだ。

「…聞くが。君は、この家のために働くのか。それとも、何か別のもののために働くのか」

「わたくしには、父祖の代から使って頂いているという大恩がございます」

「なるほど、さすが何百年も続く名家には、君のような狸が棲み付いているのだな。たかだか三代の家とは訳が違う」

「滅相もございません」

山崎は恐縮しているのか何なのかわからぬ返答を寄越した。

以前使っていた下足番よりは、成り上がりの三代目に身売りする方がまだまし。
全くもってその通りだ。俺はそれを了解の上でここに来たのだから、山崎の思惑通りになったからといって今さら腹を立てる道理はない。
しかし、どうにも悔しかったので、

「『学天則』は返してあげないよ」

と、意趣返しをしてやった。

「………」

山崎は、一瞬黙った。
黙ったが、次の瞬間にはこう言った。

「…申し訳ございません。『がくてんそく』とは、何のことでございますか」




蓼科に避暑用の別荘があった。
夏になると子供の俺は、身の回りの世話をする気心の知れた使用人数人だけを連れて、涼しい高地で過ごした。夏の間は俺を殴る恐ろしくて憎い祖父さんからも、優しいだけに時にお節介で口うるさくなる父からも解放され、俺は自由だった。俺は、誰とも何とも関係のないただの乱暴な子供になって、泥の中を転げ回って遊んだ。
俺と同じ金持ち身分の子供は全く遊び相手にならなかった。奴らは、少し叩いたり蹴ったりしたくらいで泣くからだ。俺は専ら近くの村の百姓家の子供とつるんで、別荘地の子供を泣かせたり、畑の西瓜を盗んだり、川で泳いだりして暗くなるまでを遊んだ。

今までの俺の人生の中で、あれが最も健全な時間だった。
例えば酒を飲み、男に滅茶苦茶に抱かれて気を失うように眠る、その底無し沼のような眠りに落ちる瞬間に、突然、何の脈略もなくあの蓼科の夏が蘇る事がある。子供の野蛮な笑い声、透明で鋭い高地の陽光、蒸れた草の匂い、川の流れが足を掬う感じ、そういったものが明瞭に、まるで自分がその時に戻ったかのように、あらゆる感覚を伴って蘇るのだ。

そしておそらく、眠りの淵で見る一瞬のそれが、荒淫に耽る俺の正気を辛うじて保っている。




土方が破産したと知った沖田が、俺の頬を平手で打った。

「死んじまえ」

と罵った。
俺は沖田を殴り返し、そのまま犯した。

「選べ」

と、俺は愚鈍の中に眠る天才の覚醒を促す。
土方か、俺か。選ぶという知的操作によって、あいつがどういったものであるのか、俺がどういったものであるのかを認識しろ。そしてお前にとって有利だと思える方を、俺を、お前から手を伸ばして取れ。
自分の才能を自覚しろ。その才能を生かす道を取れ。

「卑怯者。卑怯者」

沖田はひたすら抵抗し、野で捕らえた獣のように暴れた。

「この家に入り込みたいなら、てめえの身一つでやってみせればいいじゃねぇか。それを」

「それは土方の事か。誤解があるようだから言うが、俺も奴と同じ身一つだ」

「どこが!てめえは、金や、てめえの祖父さんの権力や、」

「そういうものはみな、俺から離したくとも離せない、俺と完全に同化してしまっているものでね。つまり、金や権力、その他諸々を全てひっくるめて俺の『身』なんだ」

「卑怯者」

罵られた俺は、仰向ける沖田の上で唇を歪めて笑った。
卑怯者で結構。金でお前を買おうとする卑怯者が気に食わないなら、罵って拒んでくれて結構。そうやって金のないお前が拒んだところで金はお前を問答無用で買うのだし、お前の中にある金では買えない部分、特に俺が欲しくて仕方がないあの才能についても、『金で買えないものは盗む』、のが卑しい成り上がりのやり方だ。

総じて頂く。

勿論、サロメが男達の首を切るようにはいかない。
この才能はたかが犬に噛まれただけでも損なわれそうになるのだ。まるで固まりきらないゼリーのようにデリケートなそれを崩してしまわないよう慎重に、しかし確実に、眠る天才を揺り動かさなければならなかった。
その作業に、俺は酷く感じた。男の首を切るのとは比べられぬ程に強い快感だった。

暴れる脚を掴んで左右に折り畳んだ上から抽送したが、沖田は少しも観念しなかった。選択するなどという知性を働かせる様子もなく、相変わらず肉体の反射だけを返しては、痛い痛いと喚いていた。拒否する体に快感は染み込まない。
仕方がない、仕込むには時間がかかるものだ。野で育った野生児を知的な都会人にまで矯正するには、膨大な手間と辛抱が必要だ。
他でもない俺の共犯者を育てようというのだから、決して焦ってはいけない。今後、時間はたっぷりあるのだ。少しずつ、冬が春になるように、この野卑な人間の深層に眠る優雅な天才を目覚めさせていけばいい。

俺は異様な快感に途切れる呼吸の隙間から、沖田の耳に囁いた。

「助けを呼んでみるか」

「…誰が!」

沖田は痛みに顔を引き攣らせながら喉を反らして喚いた。
悪い反応ではない。たかが痛みごときで易々と助けを請うて無様を晒すようでは困る。

「あれは、お前が呼べば来るだろう」

「来、ない」

「来るだろう」

来ない、と沖田は再度言った。
俺は沖田の発言が理解できなかった。あれが、こいつの求めに応じないはずがない。それを、こいつがわかっていないはずがない。

「…なぜ」

そう問うと、沖田は両掌で涙で濡れた顔を覆った。その掌に付いている十本の指が、綺麗で繊細で優しい形をしていた。
俺は沖田に被さってその中に挿入しながら、その指の形に、連想すべきではないものを連想した。
瞬間的に、嘔吐しそうになった。

「あいつは、恨んでいる」

沖田はそう言った。そして俺に挿入されたままの体を捩じり、痛みに泣くのとは異なった様子で細く嗚咽した。

「あいつは、俺を、恨んでいる」

それは、この上なく悲しい事なのだ。
沖田の嗚咽は俺にそう教えるように、細く弱々しかった。








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