10


「あ、…ん」

男の濡れた唇の間から、そんな音が漏れている。
ケツにちんこ突っ込まれて喜ぶ方の人は、突っ込まれているのがちんこじゃなくても、自分の指でも喜んでいた。
新八は、瞬きが出来なかった。なんかがどっかを出たり入ったりする様に視線が釘付けになり、その隙がなかったからだ。目の表面が乾き、多分充血していると思われたが、それでも瞬きみたいな悠長な事はしていられなかった。

「なあ、一応きくけど…、」

男は笑顔を引っ込めて、苦しいように眉を潜めている。
しかし、それをそのまま苦しいのだと受け取ってはいけない。この男は京都なのだ。例えば、言った言葉がそのままの意味を表していると考えてはいけないのだ。
『いや。触らんといて…』
とか言っといて触ってほしいのが京都なのだ。田舎者の新八にだってそれくらいはわかる。

「お前、コンドームとか持って…、…ねぇわな」

新八は乾きまくって眼圧が異常に高まった目で出たり入ったりを凝視しながら、殆ど反射的に首を何べんも縦振りした。やたら高速で振ったために眼鏡がずれたが、直す事に気が回らない。

「…あぁ、彼女いたことねぇもんな」

喘ぎに混ぜて、はは、と笑った男の言い方は軽くバカにしていたが、新八はそれに気付く余裕もなかったので、また素直に首を縦に高速で何べんも振った。

「さっき落ちた財布ん中に入ってっから」

と男は言った。
新八は切れ目なく首振り運動を続けながらも、女じゃないもんに突っ込むのになんでそんなもんをつけなくてはならないかわからなかったが、如何せん知性が焼ききれているので、馬鹿のように従順に言われるままさっき落ちた財布を探した。

財布はサイドブレーキの上に被さって落ちていた。
二つ折りのそれを拾い、開く。すると、定期入れんとこになんか小学生くらいの女の子の写真が入っていた。
くりんくりんの大きな目。頭の両脇で髪の毛をあどけないお団子にしている。
あらカワイイと思った新八に、男が自分の中に指を出し入れしながら言った。

「俺の娘」

娘。

…娘?
ケツにちんこ突っ込まれて喜ぶ方の人に娘が?
ていうか、こいつは人の親なのか。パパなのか。
人のパパがケツにちんこ突っ込まれて喜ぶのか。
謎だ…。謎の生物すぎる。
そして僕はそんな謎の生物に突っ込もうとしてんのか。

「何ガン見してんだ。てめー、あれか。今はやりの幼女とかにハァハァするタイプか。言っとくけど俺の神楽で変なこと考えたらぶち殺すかんな」

ぶち殺す、と凄みながら男は中指を、くっと深く押し込んだ。その縁では人差し指がそこを押し広げていた。
上半身と下半身が別人だった。
上半身はどっかの女の子のパパだが、下半身は淫乱。
境目はどこにあんのか、と男の腹あたりを探すと、そこでは絵に描いたように整った性器が絵に描いたように整った形で完全に勃起していた。

じ、自分でケツを弄くって、完全に。

「いや、僕は幼女は別に。むしろ歳上がタイプです。…エ、エッチな歳上がタイプですっ!」

「ならいい」

男は深く押し込んだ中指の脇から、濡れたもう一本を潜り込ませ、揃えた指を抜き刺しする。
何度かそうしたあたりで震える溜め息を吐いて、尖った乳首が付いた胸板をへこませた。へこみきった所で、震える声を出した。

「…ああ、もうそろそろいいわ」

「えっ。そ、それは準備がですか」

「 準備が。お前の方は?」

「えっ」

可愛い幼女とエッチな歳上をガン見していた新八は当初の目的を忘れていた。慌てて目的物を探す。
札入れとか小銭入れとかを見るが、ない。
まさかと思って女の子の写真の裏を拡げてみると、それはそこにあった。

「こんなとこに…」

「あん?うっせーな。そこに俺の下半身から発生するエトセトラが入れてあんだよ」

「………」

「なんか文句あんのか」

「ないです…」

さて、ここで問題が発生する。
新八はこの道具を使いなれていない。
実地で使用した事はもちろんないが、事前に学習と練習はしている。
しかし、学科を受け、実車教習を受けたからといって路上で上手に走れるかといったら決してそうではない。学科で習った内輪差とか外輪差とかが気になって、右折も左折も出来なくなるのが普通だ。
そして新八は普通の人間だった。

なんだっけ…。確か、袋を破るときは中身を隅の方に寄せるんだったような、別にそんなことはせんでもいいんだったような、なんだったような…。
なんかまたお腹痛くなってきたような…。

アルミ包装された四角を摘まんで呆然としている新八を男はちょっとの間見ていたが、

「まあ、そんなもんだわな」

と優しい声で呟いた。実に微笑ましそうな声音だった。
そして、いきなり固まっている新八の手首を掴み、

「あっあの…」

「まあまあ、」

強く引き寄せた。
新八の体は反転し、男の体の前面に背中をくっつける形ですっぽり納まっていた。背中の下の方に、硬いなんかの感触があった。
これはあれだ。あの、絵に描いたように整った形の、あれだ。

「…あああ!あのっ、あれが、あの」

「いいからいいから、」

耳の裏に男の声がかかる。体の背面が全部、男の温かくて硬い体に包まれている。
包容力、という単語で頭の中がいっぱいになった。
新八は目の前が霞むような気がし、どうにでもして、と思った。メチャクチャにして、と思った。いっそ、パパ、と呼びたくなった。

「これは、こうやってだな」

男は新八の前に回した両手で、手際よくそれを開封し中身を取り出し指先で摘まんだ。
中身を隅に寄せる動作はなかったので、ああ別にそんなことはせんでもいいのだな、と新八は学習した。男は単に雑なだけだったが、新八には知るよしもなかった。
知るよしもない新八に対するレクチャーは続いた。

「そんで、ここをこうして、こう」

「…ア」

「これをこう」

「あ、アッア」

「こういうふうに」

「ア、ヤ、だ、ダメ…!」

「…ふっ、ふはは。そんで、こんな感じで、しっかりと最後まで」

遊ばれている。遊ばれているのだ。
新八は物凄くムカついた。ムカついたが、生まれて初めて自分のじゃない手に触られる事に体が勝手に興奮した。
変な声が出た。思わず、パパ、って言いそうになった。



『貴様ぁ!それでも男か!サムライか!』

ハチマキを締め、さらしを巻いた上にハッピを着た、隊長のインナー新八が竹刀で地面を叩きつけた。

『きゃあ、こわいですぅ。大きな声出さないでくださぃい。パッチーナは怖がりだから泣いちゃいますぅ』

マジカルバトンを持った魔法少女パッチーナのインナー新八が、目の下に両方のグーを当てて、シクシク、と口で言った。
隊長のインナー新八が

『黙れ!これは男の沽券に関わる闘いだ!女子供は引っ込んでろ!』

と怒鳴った。すると

『ハーイ☆先生ぇ』

パッチーナが挙手し、

『そうゆうのわぁ、今時はやらないと思いますぅ。男も女も関係ないですぅ。皆が幸せになればいいんだと思いますぅ。あれぇ?パッチーナ間違ってますかぁ?』

と、指名もされていないのに発言した。

『ふざけるな!そんな脆弱な精神で弱肉強食の現代を生き抜けるものか!』

『じゃあパッチーナが、魔法で現代をお花いっぱいの平和の世界に変えてあげますぅ。よかったですねぇ☆ニコッ』

『なにぃい?!…この、軟弱者が!』

隊長がマジカルバトンを振ろうとしたパッチーナのほっぺをべちーんと張り倒した。

『きゃあん!』

へなっ、と倒れて頬を押さえるパッチーナ。マジカルバトンがカランカランと転がった。

『女のくせに男の闘いに口を出すからだ』

隊長が胸をそらして堂々とそう言った、その瞬間。パッチーナのしましまタイツの足が素早く伸びて、隊長に足払いをかけた。

へなっ、と倒れ伏す隊長。
おもむろに、その上に馬乗りになるパッチーナ。

『テメエ…女の顔を殴りやがったな』

そう言うパッチーナの形相は豹変していた。地に伏したまま驚愕する隊長。
パッチーナは、ビビる隊長のほっぺをいきなりビンタした。

『オラァ!!』

物凄く重たい平手で、繰り返し、往復ビンタした。

『オラァ!オラァ!!』

『ちょっ…やめ…』

繰り返すうち、ビンタの平手はいつしか拳に変わっていた。

『オラァ!オラァ!オラァ!オラァアア!!!!!』

『ひいっ…』

隊長は動かなくなった。

『………』

静かになった隊長の上で獣のようにあらぶる呼吸に肩を上下させるパッチーナ。
やがて彼女は深呼吸をひとつしてから、ぴょん、と立ち上がり、ふかふかシフォンのミニスカートの埃をぽんぽんと払った。
そして、くるりん、と振り返って言った。

『…すぐに消えるくらいなら、最初から輝かなければいい(by 蝶野正洋 →参考 )』

それから転がったマジカルバトンを拾い、血しぶきを点々と付けた顔でポーズを取ると、

『マジカルマジカル〜、ダメガネパワーで、世界が平和になぁ〜れ☆』

シャランラとバトンを振った。…



「…アッ、アッ、ああん!」

魔法少女パッチーナの魔法は、現代をお花でいっぱいの平和の世界にした。

新八は真っ赤に上気した顔を両手で覆い、死のう、と思った。
今すぐ死のう。

「ふっ。ふふ、ふふふふふ!」

死のう、と思っている新八を背後からさもいとおしげに抱き締め、男は嫌らしく笑っていた。
新八は、こいつを殺して僕も死のう、と思った。

「ふふっ、ふっ、…気持ちよかったか?」

「ウルセェェェよ!このホモ野郎、」

新八は、涙と鼻水だらけの顔を上げて男を振り返り、喚いた。
その頬が、大きな手にがっしと掴まれた。なんだ、と思う間もなく、喚いた口になんか温かくて濡れたものが被さってきて、新八は息が出来なくなった。

「んう」

焦点が合わない程の至近距離に、男の閉じた瞼がある。その縁取りをしている睫毛が、銀色だった。
新八は、…スッゲー、銀髪だ、スッゲー…、と思った。

ぬるぬるするものが、新八の口腔底に収まっている舌の表面をしきりに撫でる。感じたことのない感触に逃げようとする新八の舌をそれが掬うように捕まえて、絡み付いてくる。
考えられないくらいの唾液が溢れてきて口の中が水浸しになり、新八は、溺れる、と思った。
もがいた新八の肩を男が強く掴み、抑え付ける。どうすることも出来なくなった新八の手は、力なく男の腕につかまった。

新八は、びっくりしていた。
キスというのは、もっと、ロマンティックな、言うなれば女子供が好むチャラチャラしたものだと思っていた。
だがしかし現実はどうだ。
まさか、今まで何となく見下していた女子供向けの行為に、こんな殺傷能力があったとは。

『そうですよぉ?もぉ〜、知らなかったんですかぁ?』

パッチーナが小首を傾げて言った。

『知りませんでした!!自分は、自分は何も知りませんでしたぁ!!!』

その足元で、隊長が泣きながら土下座した。

『ああん、泣かないでくださぁい。ほら、立って。頑張って立ってくださぁい』

『ああ。わかった。立つ。俺は立つよパッチーナ。ここで立たなきゃ男じゃないからな!』

パッチーナに支えられ、満身創痍の隊長は立った。
挫折を乗り越えた隊長は、真の男の風格を帯びて、立派に立ち上がった。

新八の指に力が入り、男の腕にぐっと埋まった。

それを合図に男の舌は新八の舌を撫でながら解放し、男の唇は新八の唇から音を立てて離れた。溢れ返っていた唾液が口の端からこぼれかけた。
慌てた新八は、うたた寝して垂れたヨダレを誤魔化すみたいにすすり上げて、手の甲で拭った。
その様子を、男は細めた目で、しかし多少すまなさそうに見て、

「いやあ悪ぃ。あれだ。反応がさ、…可愛かったから。つい」

と言った。
その目元は擦ったみたいに赤くなっていて、頬はよく熟れた水蜜桃のように真っ赤だった。
男は照れていた。そして、それ以上に興奮していた。相変わらず背中に当たる硬い感触が、如実に表していた。

「………」

新八は、死ぬのもこいつを殺すのもやめよう、と即、思った。
思うのと同時に、体を反転させて、起き上がっている男の体を助手席に押し付けた。

「ごめんて。怒ったか?」

新八の下になった男が、明らかに新八が怒っていないとわかっている顔で訊いた。

「………」

男の言葉に新八は答えなかった。

答えるかわりに男の脚を抱え上げて、男が自ら弛めた部分に、完全に復権したそれを一息に押し入れた。

えいっ、て。








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