「い」

新八は男の体の上に体重を預けて、

「いれていいんですか」

と、男の首と肩の間に顔を埋めて、吐息するように言った。

「いい」

と男は答えた。

男の言葉を聞いて新八の体の中の何かが一層膨張し、それに圧迫された胸がもっと苦しくなった。鼻の奥がつんと詰まって、また泣きそうになった。男のシャツの肩口にぐっと瞑った目元を擦り寄せて堪えた。

「でも」

「俺がいいってんだからいい。もたもたしてんと気が変わるぞ」

そんなことを言いながらも男は重たい足を新八の太股の裏に回して乗せてくる。
下半身を絞められる感覚に新八は感じた。
物凄い感じた。

感じたがしかし。

「…あの、でも。…………どこに?」

どこにっつうか、どうやって?



「…あ?」

「それは、あの、こう、突っ込めそうなとこに突っ込んでいいんですか。…あのー、…えいっ、て」

新八は先週末に免許を取ったばっかの若葉マークだった。
しかし、こういう事に関しては若葉マークですらなかった。
エンジンのかけ方も、どれがアクセルでどれがブレーキで、クラッチがどれなのかもわからなかった。ましてや半クラとかわかるわけなかった。なんもわからなかった。なんとなく知ってるけど、具体的にはなんも知らなかった。
しかも男は、男だった。車種が特殊だった。

「えいっ、て。えいっ、てお前…」

俺を何だと思ってんの。

男はそう呟いて深い溜め息を吐いた。そして、新八の太股に回していた足を下ろし、新八の腰に乗せていた手を座席の横に落とした。

「あっ!ちょっ!ま!…だだだだ、だめですっ!」

焦った新八は座席の横に落ちた男の手を捕まえ、アワワな声を上げた。
男は捕まえられた手をやんわり払って言った。

「もういいから退けよ高屋くん。わかったから」

いや、何がもういいというのだ。何がわかったというのだ。
ここまで来て拒否されてなるものか。
冗談じゃない。勘弁してほしい。

「今更?!今更拒否?!それはないでしょうが!」

新八は男の腹の上で激しく異議を唱えた。

京都か。
この男は京都なのか。
おこしやすとか言っといて、こっちが田舎者だと見るや、次の瞬間にはぶぶづけ食って行けとか言うのか。
いいのかと思って、もうこっちは靴を脱ごうとしているというのに、帰れとか言うのか。
畜生。田舎者なめんなよ。

新八は男のジーンズの腰回りに指をかけ、下着ごと力任せに引きずり下ろそうとした。
その手首を男が押し止めようとする。
両者の力が拮抗し、男のジーンズは男の太股の付け根あたりで上がりも下がりも出来なくなった。

「うるせぇな!違ぇよ!」

「じゃあいいじゃないすか!」

京都の脚の付け根は湯豆腐のように真っ白だった。そのくせ、力が入ったり抜けたりする度に、いかにも強靭そうな筋がその内側で浮いたり沈んだりした。しかも男の身動ぎのせいで下腹に落ちた精液が流れて、筋の起伏を緩くカーブしながら伝った。古都の風情にも程があった。
田舎者の新八は、死ぬと思った。

死ぬ。もうだめだ。もういれる。どこでもいい。いれる。えいって。

「いいから落ち着け!」

「落ち着けるわけねぇだろ!もういれるからな!いいだろ!」

「ちょっ…。わかったから!準備するから!」

…準備?

新八は押し広げていた男の太股から思わず手を離した。
すかさず男が裸足の裏で新八の肩を押し退ける。瞬間的に力の抜けた新八の体は男の上からずり落ち、助手席とダッシュボードの間に膝をついた。

「準備って…」

「お前なあ!『えいっ』とかなあ!入れられる方の身になってみろよ!」

男はそう怒鳴り、怒鳴りながら上体を起こし、いきなり指を、人指し指と中指を、半開きになっている新八の口に突っ込んだのだった。
それこそ、えいっみたいな感じで。



「もが」

「オラ。ちゃんとしゃぶれ」

「もがが」

口の中に押し込まれた男の指が舌の裏に溜まった唾液をかき混ぜるように動き、えずきの新八は吐きそうになっている。
吐きそうになりながらも新八は、男の指が自分の口の中にある事に、ますます死にそうになった。
温かくて、人間の皮膚の味がする。
AVとかで女が『おいひい』とか言ってうっとりしている、よくわからないがああいう感じになった。

「しっかり濡らせよ」

至って真面目に命令する男に、新八は指をしゃぶりながら首を小さく縦に振った。
その拍子に舌の先が男の指についた深爪ぎみの爪の先に引っ掛かる。新八はそこの構造を知りたいと思い、舌先を強くそこに押し込めた。

「……っ」

その瞬間、男は目を細めて眉を寄せ、口を軽く開けて鋭い息を吸った。新八の口の中の指がぴくりと震えた。

新八はびっくりした。
気持ちいいのか。乳首だけじゃなくて、こんなとこも気持ちいいのか。
なんという事だ。
こいつは一体、どーゆー仕組みになってんだ。

新八は謎の生物を発見した科学者みたいな気分になった。

この生物は一体なんなのか。
謎の生物を発見した科学者は、まずは驚くだろう。そしてそれから、この生物がなんなのか、どういうものなのか、科学的に確かめようとするだろう。
いろんな、こう、…実験とかをして。

新八のインナースペースにいる科学者のインナー新八。
ぼさぼさ頭でおちくぼんだ目をしたそれが

『私は私の探究心のためなら、魂も売るだろう』

と、やつれた頬に邪悪な笑いを浮かべた。

新八は一旦男の指を口から出した。出したそれはベタベタに濡れていた。
男はさっき、しっかり濡らせと命令した。
口から出したそれを見る限り命令どおり出来たと思われたが、よく注意すると、まだ命令通りに出来ていない部分があった。
新八はえずきだ。
だから、深くは口に入れられなかった。つまり、男の指の根本付近は、まだ男の命令通りになっていなかった。
新八は、男の命令に従うため、そしてこの生物の正体を確かめる実験の一環として、その部分に舌を伸ばした。

指の股を舐められた男は、物凄く熱いため息を吐いた。
そして言った。

「たか、高屋くん。も…もういい、いいから」

「でも、まだこのへんは濡れてないでふ」

謎の生物は、手までが性感帯だった。
謎はより深まった。
もっと確かめなければ、と新八はもっと念入りに舐めてみた。
生物は、新八の前にある半裸を、暑くて寝苦しい時のように捩らせた。

「そんなとこまでは要らねぇから」

そうなのか。
そんなとこまでは要らねぇのか。
じゃあ、どこまでなら要るのだ。
ていうか、要るって何。何がどう要るんだ。
もうわかってるけど、この指が、何にどう要るのか、どこまで、どんなふうに要る感じになるのか、それを実際に目で確認しなければ。
科学では実験は重要だ。しかし、観察もまた重要だ。
ここは観察に徹するべきだ。
貪欲でありながら同時に冷静な、科学者のインナー新八が判断した。

『しかし先生…!もう反応は始まっています!』

学生の新八が叫ぶように言うが、科学者のインナー新八は

『まだだ。まだこれでは不十分だ』

と言い、やはり邪悪な笑いを浮かべた。

そのような新八の前で男は腰を上げた。そして、先程あんなに脱がされる事に抵抗したジーンズをずりずり下ろそうとする。
濡れた二本の指を庇いながらなので不自由そうだった。

「あ、」

元来人の面倒を見るのが得意な新八は、親切心からその弛んだ布地を掴み、手伝った。
男は

「…わり」

と礼を言った。
唇を尖らして、小さく呟くような何だか拗ねたような声だった。
目は新八から逸らしている。その目元は赤らんでいた。目元だけでなく頬も赤くなっていた。
男はどうやら照れていた。

「………」

新八は、科学者のインナー新八をぶん殴りそうになったが、

『学界で生きていけなくなってもいいのかね!』

と怒鳴られ、かろうじて耐えた。

新八は男のジーンズを下げる力を強めた。今度は親切からの行動ではなかった。その下げ方は、レイプ犯の下げ方だった。脱がしてやる、ではなく、ひん剥くだった。
一気に脚から抜いたジーンズは放り投げられてフロントガラスにぶつかり、ダッシュボードの上にくちゃくちゃになって丸まった。ジーンズのケツポッケに入っていた携帯と財布がその辺に散らばって落ちた。
男は丸まったジーンズを遠い目で見詰め

「お前、」

と言った。

「ああ?!なんすかっ!」

学界で生きていけなくなったら困る新八は、外気に晒された男の臍から下の様子に揺らぎそうになる決心を物凄い努力で維持していた。そのため、口調が朝の忙しい時に話しかけられたお母さんのようになった。
つまり、普通の会話が成立しない感じになった。
男は新八の様子に小さく溜め息を吐いてから、

「…よかったな。俺が、そっちの人で」

と言った。

「そ、そっちの人?」

謎の生物が自らネタばらしをしようとしている。
新八は動悸や息切れに悩まされながらも、なんとか聞き返した。

「そう。そっちの人」

男はやたら真面目に頷き、そして剥かれた臍から下に唯一身に付けているピンク地に赤いドットが配された下着に、濡れていない左右の小指を引っ掛け、ずり下ろした。
ドットはよく見ると若干三角でどうやら錐形を表現しており、てっぺんには緑色がちょっとだけ付いていた。ドットは、イチゴだった。

かわいいイチゴのぱんつに新八が気をとられた隙に、ぱんつは太股までずり下ろされていた。

「俺がそっちの人じゃなかったら、お前、これ完全に警察だかんな…」

何がおかしいのか男はちょっと笑っていて、そして新八は、スッゲー、銀髪だ、スッゲー、と思っていた。

どっちの人だか知らないが、そっちの人であるらしい男は、スッゲー銀髪の下の、なんというか、まるで絵に描いたように整った色形の性器がまだ微妙に膨張している、の、更に下に濡れた二本の指を伸ばしていった。

「……そ、そっちの人って」

「ケツにちんこ突っ込まれて喜ぶ方の人」

と、笑う男は言い、笑いながら二本の指を、さっき新八が『えいっ』って入れようと思った所に『えいっ』ではなく、そっと浅く埋めた。
爪が見えなくなるくらいまで入れ、そして笑った口元を尖らせた舌先で舐めた。



新八の中で、首からカードを下げた役所の窓口の人みたいなインナー新八が

『私共は許可は出しますが、具体的やり取りについては関知いたしかねますので』

と、眼鏡を押し上げ、白衣を着た三つ編みおさげの看護婦さんなインナー新八が

『私たちは治すお手伝いをするだけ。治すのは患者さん本人です』

と、眼鏡の向こうの瞳を潤ませた。
科学者のインナー新八は

『………』

今度は制止しなかった。
制止せず、

『…結果を出せない者は私のゼミにはいらない。そういう事だよ』

と酷薄に笑った。

インナースペースの自分たちに突き放された新八の目の前で、男は新八が舐めて湿らせた指を体の前を通って下ろされた腕の下で丁寧に入れたり出したり拡げたり揺すったりした。









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