頭のてっぺんに掌がある。
掌は頭のてっぺんで指を広げて、前のめりになっている頭を押し退けようとしていた。

「や、め、ろ!」

男は新八の頭を押し退けようとしながら、絞り出すような声を上げた。

「やめません!すいません!」

新八は体育会系みたいな思考が停止しているとしか思えないハキハキした返事をし、男の性器を扱く手を止めなかった。
勃ってんじゃねぇか、気持ちいいんだろ。と思って、先の方で充血している粘膜を、空いた手の中指で溝をなぞるように撫でた。
イメージではなく、実地でトレーニングした技術は確かなものだった。途端、男の体が大きく跳ね上がった。

「ウアッ!ア、ァ!…ちょ、シャレならん!これはシャレならんって!」

「シャレじゃないから大丈夫です!」

「なお悪いわ!」

好きなんだ、と新八は思った。
だからしていいんだ。していいというか、むしろして、好きだという事をわかってもらうんだ、と思った。他の事は全く考えられなかった。
もう、何なんだかよくわからないが、とにかくこいつともっと親密なコミュニケーションを取りたい。今まで誰にもできなかった話を聞いてくれそうな、そして今まで誰もしてくれなかった話をしてくれそうなこいつともっと親密にコミュニケーションを取って、相互に理解を深めたい。こいつを知りたいし自分の事を知ってほしい。
近付きたいのだ。見えない部分がなくなるくらいまで。その手始めに、こいつの体温を知りたい。この洗いざらしたみたいな、やけに触りたくなるような皮膚に直に触って。

シャレなんかであるはずがなかった。

「ほ、ほんとに、やめろ」

「ややややめませんっ。やめる理由がっ、ないっ!」

新八は上擦りまくった声で、それでも断言して、また男の胸に顔を伏せた。そして、ちっせーくせに固く尖った乳首を舐めた。
こいつは、なんでか知らんがここが気持ちいいのだ。

「ん、あ…ア!」

男は新八の頭にある手を新八の髪の毛ごと強く握り込んで声を上げた。声は震えていた。
性器を扱く掌に感じる熱が一層上がって、手の動きを押し返すくらいの固さを感じた。
新八は非常に嬉しくなった。

「きっ、…気持ちいいんですか?」

「屈辱的だよ!」

嬉しくて笑う新八に向かって男は苦いものでも噛んだような表情でそう吐き捨てた。
新八は男に、屈辱的になってほしいわけではない。それは不本意だ。屈辱じゃなくて気持ちよくなって、そういう気持ちいい事をしているのが僕だと認識してほしいわけであって、屈辱とかそういうのは違うのだった。凄く違うのだった。

「僕はっ…」

荒れた呼吸が言葉を邪魔する。新八は無理に一度大きく息を吸い、それから軽く唾を飲んで言葉を続けた。

「あんたが好きだと思って、だから、気持ちよくしたいんだ!」

「合意がなけりゃ強姦だよ!」

「えっ!あっ、じゃ、じゃあ合意して下さい!」

「ア…ホか!ふざけんな!」

怒鳴っているが、男の息も荒い。触れている皮膚は熱く汗ばんでいて時々波打った。
感じてるじゃないか。
気持ちよくしたい僕に触られて気持ちよくなってるじゃないか。

「だって…体は合意してる」

「お前はオッサンか?!」

吠えた男の胸の先を新八の前歯が噛んだ。男は顎を上げて鋭い息を吸い、体を縮み込ませた。男の両足が閉じるような動きをし、新八の胴体を強く挟み込んで新八は狭くて苦しくて熱いと思った。
強く挟まれた体から、中で煮えくり返ったなんかが勢いよく溢れ出そうだった。

「あ!うあっ、アッ!」

ばん、と男の掌が窓ガラスを叩いた。結露で曇ったガラスに掌の形がついて、滴がいくつか、まだガラスの上にある男の掌の下から流れた。
濡れた粘膜が擦れて立てる音と、動物みたいな野蛮な呼吸音、それと自分の内部を叩いている鼓動が耳鳴りみたいに響いて、うるさいくらいだった。

「ほんとに、やめろ!」

男は喘ぐ呼吸の合間にひたすら苦し気に言う。
何故なのだ。気持ちよくして好きだという事を知ってもらいたいのに、こいつは気持ちよくすると苦しそうになるばっかりだ。
男の悶える様子に新八の胸が痛んだが、手は止められなかった。
手が動く代わりに、頭が動くのを完全に止めていた。

「もう、マジで、ハッ…ぁ、ヤバい!ヤバ、いから!」

あからさますぎる意図を持って手を動かす新八の下で間欠的に強張ったり弛緩したりを繰り返す男の体は、次第にその間隔を狭めていった。
わけがわからなくなっている新八は、前歯に男のちっせー乳首を引っかけたまま、いって、と泣きそうな声を上げた。

「…あ?!な、に」

「いって、いってよ。見せて。いくとこ見せて。見たい」

エアじゃない、リアルが見たい。
新八は懇願しながら、手を動かし続けた。中で煮えているなんかのせいで、視界が狭まるようだ。視界だけでなく聴覚も、呼吸も血流も、煮えたなんかに押されて苦しい。苦しくてどうしようもない。
新八は苦し紛れに、知りうる限りの事を男の体にしてやった。

「んっ!ふ、ぁアッ!…み、見せたくねぇよ、ァ、そんなもんっ!」

「お願いだから。見たいんです。好きなんだ、あんたが!」

「…アッ、アホッッ!!!」

アホ、と罵った男の胸から上が、新八の前でぐっと深くのけ反った。
緊張と弛緩を繰り返していた体が硬直したままになり、新八の胴体が男の両足にぎゅっと締め付けられた。
血が上って室内灯だけの明かりの下でもわかるほどに紅潮した男の顔が、苦痛に耐えるように歪んだ。

新八は自分を締め付ける強張った男の太股に頭を落として頬を擦り付けた。息が上がって目眩がして胸が痛くて、上体を起こしているのも辛かった。目の前には、厚い布地に覆われた太股が痙攣している。新八は興奮のせいでよく見えない目を細めてそれを見、そして不随意に震える歯でそこを噛んだ。
きつく。

「いっ…!」

男の体が跳ね上がって、新八の手の中にある性器も同じように跳ねた。
新八は、掌に直にそれを感じながら、男の裸の腹に濁った体液が撒かれる様子を見た。
ずっと欲しかったリアルは、想像していたみたいに平和な幸せなものではなく、焼け付くみたいに熱くて、やたら苦しかった。



「…離れろ」

お互いの整わない呼吸を聞きながら男の首にしがみついていた新八に、男が低く言った。

「信じらんねぇ事しやがるよ…」

「…す」

すいません、と言いかけたが喉が詰まって言えなかった新八は、代わりに男の頭に手をやって髪を握りしめた。猫っ毛気味なそれは汗で湿って、指にまとわりつくみたいだった。

「離れろって。…服に付く」

「なにが」

「精液がだ!アホ!」

すぐ近くに男の首があった。滑らかな、生け贄の動物みたいな首だ。
新八はそこに口を近付けたが、唇が触れる瞬間に男は身を捩って逃げた。着ているシャツに粘っこい体液が染みて、新八の下腹が温かい湿り気を感じた。
新八は体を起こし、自分のシャツの裾を引っ張って男の腹を拭った。

「やめろ馬鹿」

「だって、」

あらかたを拭っても新八は男の腹を自分のシャツで擦り続けた。

「どうしたらいいのか、わかんない」

新八の息は上がったままだ。
男をこうしたいと思った事はした。
それで焼け付くみたいなリアルを見せて貰った。だが、それで?

それで、何?

と新八は思った。
男をこうしたはいいが、それで自分はどうしたらいいのか。どうしたら男にわかってもらえるのか。それがわからない。男の苦しそうな様子に胸が痛むばかりで、中で煮えているなんかは少しも治まらなかった。
しかも男が苦しそうにしていたというのに、新八はまだ足りなかった。
もっとしたかった。そして、そうすることがこいつを苦しめるのだと思うと、胸が痛くて堪らない。

「…あんたは僕と似たような身の上で、だから僕はあんたと話がしたかったんです。ずっと誰かにしたかったけど出来なかった話を」

「俺が知る限り、これは『お話』とは言わないけどな」

「ですよね」

気の抜けた返事をした新八の息は上がり切って、瀕死の病人みたいに切れ切れに短い。苦しくてどうにかしたいが、どうしたらいいかわからない。

「…あんたが好きだ。でも、どうしたらいいかわからない」



また話は変わるが、新八の内部、インナースペースには病院みたいなとこもある。
新八は、そこの診察室にいた。

「どうなんですか。僕は、治るんですか」

と、新八は言った。

「大変お気の毒ですが…」

と、首から聴診器をかけたお医者さんのインナー新八は言った。

「現代の医学では、決め手となる治療法はありません」

「なんてこった…」

と、新八はうつむき、膝に置いた手を握りしめた。

「今は対処療法で病状の進行を遅らせるしかありません」

と、お医者さんのインナー新八は重々しく言った。

「もう、絶望的なんですか」

と、新八は言った。

「…医学は日々進歩しています。病状の進行を出来るだけ食い止めれば、医学は必ず追い付いてきます。ですから、希望を捨てず頑張りましょう」

と、お医者さんのインナー新八は言った。

「でも、頑張っても、…間に合わないかもしれないじゃないですか!」

と、新八は叫んで椅子を蹴倒し、診察室から駆け出した。

新八は、インナースペースの病院の屋上にきた。手すりに凭れて、遠い景色をぼんやりと眺めた。
洗濯紐にかかったシーツがはためいていた。

「…風が、体に障りますよ」

佇む新八に声をかけたのは、看護婦さんのインナー新八だった。

「もう、どうでもいいんです。どうせ助からないんだ」

と、新八は言った。

「そんなこと…」

と、看護婦さんのインナー新八は言った。

「治りもしないものを抱えて生きていくくらいなら、いっそ…」

と、新八は言った。

「いくじなし!」

と看護婦さんのインナー新八は言った。

「なんですって」

と、新八は言った。

「治らなくてもいいじゃないですか!治らないからって最初から捨ててしまうなんて、おかしいです!」

と、看護婦さんのインナー新八は言った。

「看護婦さんには僕の辛さがわからないんだ」

と、新八は言った。

「わからないけど、でも、やがて治るかも知れないって先生は仰ったじゃないですか。どうしてまだ残った希望まで捨てようとするんですか。そんなの…いくじなしです」

と、看護婦さんのインナー新八は言った。

「あるかもわからない希望のために、苦しめと言うんですか…」

と、新八は言った。

「違います。苦しむんじゃなくて、一緒に生きるんです。戦うんじゃなくて、一緒に生きるんです。そうしたらきっと、いつか…」

と、看護婦さんのインナー新八は言った。

「でも、この痛みは、耐えがたいんです…。とても共存はできない…」

と、新八は言った。

「治療法はなくても、対処療法はあるって先生は仰ったでしょう?痛みがある時は我慢しなければいいんです」

と、看護婦さんのインナー新八は言った。

「じゃあ…」

と、新八は言った。

「ええ。我慢しなければいいんです」

と、看護婦さんのインナー新八は言った。

「そんなこと…」

と、新八は言った。

「我慢しなければいいんです」

と看護婦さんのインナー新八は言った。

「か、看護婦さん!」

と、新八は言った。

「我慢しなければいいんです」

と、看護婦さんのインナー新八は言った。…






新八は、男がはいている前が開いたジーンズに手をかけた。

「…おい」

男の足は脱力していて、ジーンズは腰の下まで簡単にずり下がった。

「…おい!」

男が怒鳴るみたいな声を上げた。
上げたが新八は構わなかった。ジーンズを下げる力を緩めずに、

「好きなんです。ほんとに好きなんです。すいません」

と言った。
その時、男の白い下腹部に水滴がポトッと落ちた。
新八は窓ガラスの滴だと思ったが、男が

「泣くなよ…」

と言ったので、びっくりして目元を拭うとそこは濡れていた。

「泣くなよ。…ほんと馬鹿だな、お前」

男は言いながら深いため息を吐いて、胸と腹をへこませた。
新八はへこんだ男の腹に掌をのせた。さっき、男が冷たいと言った手は火照るくらいに熱くなっていて、今度は新八が男の腹を冷たいと思った。

「いれさせて」

「………」

新八は、露出した男の下半身に浮き出た腰骨の隆起を撫でた。
冷えかけた汗で濡れて、快感の余韻を残している。
凄くリアルだ。
痛くて苦しくても、これがリアルなのだった。

「あんたが好きで、もう、どうしたらいいかわかんない。でも今は、とりあえずいれたい。それでどうなるのかはわかんないけど、とにかく苦しくてたまんない」

もっとリアルがほしい。
痛みは、我慢しなければいい。

「だから、いれさせて」

立て続けに男の腹に水滴が落ちた。

男は、

「…馬鹿だ。お前、ほんとに馬鹿だ」

と呟き、そして

「もう泣くな。うぜえ」

と低く言うと、体を起こして新八の腰から背中にかけてに腕を回し、ゆっくりと新八の上体を引き寄せた。








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