「す。すすす。すみませせせせ」

と謝りながら新八は、色々終わった、と思った。
まず、やっと取得した免許が取消になる。そして新八は容疑者になって、姉ちゃんはソープに売られる。容疑者だから学校も多分行けなくなって、だから受験もできなくなって、かといって容疑者になったら働くとこも限られて、なんやかやで最終的には通貨がペリカみたいな地下で肉体労働をするはめになったりするのだ。
その手始めに、まず今ここでこいつにボコられるのだ。
怖い。色々怖い。

「わざとじゃないんです。ほんとです」

「いや。ていうかお前、こんなとこ来てなにしようとしてたわけ。轢き逃げならまだしも、…山に被害者捨てようとしたろ」

「ち、ちちちちち」

ちがわない。

「お前は雀か」

男はそう言い、腰を上げると尻のポッケから携帯を取り出した。

警察。
警察なのか。お巡りさんを、巡査を呼ぶ気なのか。

頭が真っ白になった新八は助手席の男につかみかかった。その手の携帯を奪おうとした。

「す、すいまっせん!マジですいまっせん!」

「すいませんってお前、言ってる事とやってる事が全然違うじゃねーか!」

新八と男は狭い軽自動車の中で揉み合った。

「ほんと、マジで勘弁して下さい!僕んち、親いないんで!僕がアレになったら姉ちゃんがひとりになっちゃうんで!だから警察だけはー!」

「…ああ?」

ふと、男はつかみかかる新八を押し退ける力を弱めた。

「お前、親いねぇの?」

「い。いません」

男が力を弱めたために男の腹の前に突っ込むような姿勢で、新八は項垂れた。

「マジで?おとーさんもおかーさんも?」

「い、いません!何年も前に二人とも病気で死んじゃいました!だから、僕んちは僕と姉ちゃんだけなんですうっ」

「………」

男の腹の前に項垂れ半泣きで言う新八の後頭部を男は黙って見下ろしていたが、やがて溜め息を吐くと新八の肩を押した。

「わかった。わかったから離れろ」

「えっ」

と顔を上げた新八の前で、男は諦めたような、しょうもないような表情をしていた。そしてそのような表情をしながら頭をバリバリ掻いた。

「…ちなみに聞くけど、どういう状況で俺をはねたわけ」

「あ、それは、あの、えと、僕は…」

新八は、
免許を取り立てで浮かれていたという事、車がある生活は素晴らしいという事、何故素晴らしいかというと車は個室のまま移動できるとこが素晴らしいと思う事、個室だから友達とわあわあしながらいろんなとこに行けるからという事、しかも個室には友達だけでなく彼女を乗せられるという事、今はいないが今後彼女ができたら是非助手席に乗せるのだという事、助手席に乗せた彼女にドライビングテクを見せ付けるのだという事、そしてうっとりした彼女の太股に運転しながらごく自然な流れでタッチするのだという事、その予行練習というかイメトレをしていたのだという事、そうしたら、気付いた時にはあなたをはねていましたという事、
を全て有り体に話した。

「…そんな細部までは聞いてない」

「す、すいません」

「つまり、あれなんだな?単に、前方不注意だったんだな?何かの悪意があったりしたわけじゃねぇんだな?」

「は…はい、悪意なんか、そんなあるわけねっす!不注意だったんです前方の」

「よし。信じる。警察には電話しねぇ」

「えっ」

「免許取ったばっかで免許なくなるのも酷だろ。免許ねぇと今後困るだろうしな。俺も今んとこはなんともねぇし」

えっ。
えっ。なに。
なにこの人。優しい。

「代わりに、お前の姉ちゃんの番号教えろ」

「ええっ」

やっぱり優しくないのか。
ソープか。
姉ちゃんをソープに売り飛ばすのか。

「ね、姉ちゃんは!元ヤンです!高校の時は鞄に鉄板仕込んでたくらいのどヤンキーでした!痴漢をグーで殴って鼻の骨を折ったこともあります!ふふふ風俗なんか、到底無理ですっ!」

「何を言ってんだお前は。俺は、お前の保護者の連絡先を教えろって言ってるだけなんですけど」

「あ…」

「あ、じゃねぇ。さてはお前アホだろ」

全く反論できない新八は黙るしかなかった。
黙って携帯を鞄から出し、姉ちゃんの携帯番号を男に伝えた。男は新八の姉ちゃんの番号を自分の携帯に登録すると、さっさとそれを尻ポケットに戻した。

「なんかおかしくなった時の病院代はきちっと払ってもらうからな」

「勿論です。っていうか、いいんですかそんなんで」

「うっせーな。はねられた本人がいいってんだからいいんだよ」

男はぶっきらぼうに言って、視線を新八から夜の闇に沈む車外に移した。
そのぶっきらぼうさや視線の動きには微妙な陰というか哀愁があったが、しかし新八はそんな事よりも別の事が気がかりになっていてそれどころではなかった。

こいつに姉ちゃんの携帯番号を教えた。
こいつは何か体がおかしくなったら病院へ行き、姉ちゃんに電話して治療費を請求する。
それ自体はいい。仕方がない。
問題なのは、新八が自分の名前は高屋です、と言ってある事だった。
もしこいつが姉ちゃんに電話かけて
『高屋くんのお姉さんですか』
って言ったら、確実に、はあ?ってなる。姉ちゃんもこいつもはあ?ってなる。
それはまずい。

「お前、高校生かなんかだろ。親いないなら生活費とかは姉ちゃんが稼いでんのか」

どうしよう。
すいません嘘言いました、僕は高屋じゃなくて志村です、って言った方がいいような気がする。しかも早めに言った方がいいような気がする。
しかし、今なんか知らんけど優しくなってるこいつに、嘘言ったとか言ったら、せっかく優しくなってたのに怒らせる事になるんでないか。テメー何嘘ついてんだとか言って殴る蹴るされるんでないか。
どうしよう。どうしたらいいのだ。

「お前も大変だな」

「は、はい。大変です」

新八の泳ぎまくっている目を見た男はどう思ったのか少し笑うと、まだ男の腹の前に頭を突っ込んでいる新八の二の腕を掌で軽く叩いた。

「ちょっと落ち着けよ。俺はもういいって言ってんだから。あとは、家まで帰してくれればもう文句はねぇよ」

「す!すいません!…あの。実は僕は、しむ」

「あ?」

「しむ…、…シムシティっていうゲームが好きです…」

新八は、言えなかった。

「そうか。俺は、A列車で行こうの方が好きだな」

男は言った。
新八は市長で、男は鉄道会社の社長だった。
自治体と企業。自然、町づくりに対する考え方は異なってくるだろう。

しかし今はそんな事はどうでもいい事だった。









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