銀時と向かい合って立ち、その帯に差し込まれた木刀の柄を掴む。
時に人が軽蔑する銀時の生き方そのもの、その柄を新八は掴み、そしてゆっくりと引き抜く。

それは引き抜くごとに帯と擦れて、やけに乾いた音を立てた。




*






新八は一人掛けの簡易なソファを部屋の隅に引きずってきて深く腰掛けた。身体の片側を壁にもたせかけ、空いた半身に銀時の木刀を預かる。この体勢で力を抜き、伏せた目蓋の下から目の前の光景を眺めた。

明かりが点いていない部屋の真ん中に銀時が立っている。その向かいに3人の男。事情を知らない人間が見れば、何か物騒なやり取りでも始まるのではないかと思うだろう。

「払った金以上の事したら、」

と、先程新八に殴られたせいで唇を切った銀時が、そこを舐めながら言う。その声音はどこか好戦的で、ますます場の雰囲気を物騒にした。
雰囲気は物騒だが、銀時の指は着々と帯を緩めている。解けた帯が端から床に落ち、擦り切れたカーペットの上で蟠った。

「あいつが噛みつくぜ」

あいつ、というのは新八の事だ。
新八は知らない顔でソファに深く腰掛けて脚を投げ出し、脱力している。ただ、銀時の木刀を掴む手にだけは力が入っている。
知る由もない男達はあからさまに小馬鹿にした調子で

「そりゃ怖ぇ」

などと笑った。
顔に殴打の痣がある男だけは笑わなかった。



以前、契約外の無茶をしようとした客がいた。
その客を新八は手にしていた木刀で物も言わず背後から殴った。銀時が止めるまで殴打は続き、あの時、銀時の「もういい」という言葉がなければあの客は死んでいた。
客は後頭部と肩を割られて昏倒していたが、死にはしなかった。銀時の、死ぬ死なないの見極めはやはり見事なものだった。
あのような事をされておいきながら、微妙な生死のラインを冷静に見極めて、しかも制止できる銀時を新八は恐ろしいと思った。銀時の木刀を握ったまま上がった呼吸に喘ぎながら、心底恐ろしいと思った。



この話が広まってからは銀時に対して図に乗る客は少なくなったが、たまには今日の男達のように噂に疎い者もいる。
年端もいかない新八を、ホテルの主人の膝の上に座っているあのトイプードルのように、飼い主のベッドの横でただ良い子で待っている可愛い座敷犬だと思っている。
その口を開かせてみれば研がれた牙が生え揃っているのだが、何も知らない愚か者共は、稚いものに飼い主の醜態を見せてやったなどと下劣な興奮を得たりしたりしている。

勝手にしろ、と新八は思う。
勝手にして、そして図に乗るがいい。
愚か者共が図に乗れば、牙を剥き出して噛み殺す口実が出来るだけの話だ。

先ほど銀時を殴った事で新八の毒気は一時的に抜けていた。
顔に痣のあるあの男を許す気は勿論ない。ないが、銀時がいいと言うのだから新八は黙るしかない。
ここでは銀時が法だ。いかに悪法であれ法は法なのだから、意地でも守ってやると新八は思う。但し、法に反しない範囲でやりたい事をやる強かさくらいは持たせてもらう。それくらいの自由はあってもいいだろう。
銀時は勝手に自分を粗末にするし、新八は粗末にされる銀時を勝手に守るのだ。

銀時が黙れと言うなら黙る。
黙って、あいつが図に乗るのを待つ。図に乗って、銀時を害そうとするのを待つだけだ。



「誰からだ?」

帯を解ききった銀時が変わらぬ好戦的な口調で言った。
銀時の足元に落とされた帯は擦り切れたカーペットの上で蛇の抜け殻のように蟠っている。男の一人が身を屈めてそれを一塊に拾い上げた。

「誰からでもねぇさ」

拾い上げた蛇の抜け殻のようなものを掌で撫で、可愛がる真似をする。

「金は払ったがな、それでも俺達はてめえが怖ぇんだ。怖ぇもん相手には勃ちゃしねぇだろう」

後ろを向け。
男がそう言った。

後ろを向いて、両手を背中に回せ。

「これしきのことまで別料金だとか、ケチな事は言わねぇよなぁ?」

銀時の帯が、銀時自身の肘から先を纏めて背後で縛る。

「…順番なんかねぇんだよ。万事屋」

拘束される銀時の背後から、痣の男が低い声で言った。

「大勢をいっぺんに相手するのは得意だろうが」

新八の方を向いている銀時の顔には、特別な表情は現れていない。半分閉じたような眠そうな目は何も見ていない。
特徴的な目付きだ。どこを見ているのかわからない、明後日の方を眺めるような目付き。
新八は気付いている。
銀時は、男に身体を明け渡す時には概ねこの目付きをしている。

「いいんですか?」

壁に半身を寄り掛からせたままの新八が呟くように訊いた。手は木刀を握っている。
虚ろだった銀時の視線が、新八の上に焦点を結んだ。
背後で乱暴に腕を括られるせいで身体を揺らしながら、銀時は

「…構わねぇよ」

と、答えた。

銀時がそう言うならいい。
但し奴らがそれで図に乗るようなら、即、思い知らせてやる。
新八に今出来るのは、その瞬間を見逃さないよう見張り、待つ事だ。

銀時を害そうとするものは許さない。誰であれ、思い知らせる。

そのために、新八は銀時が害されるのを待っていた。



本末転倒しているのは、とうに承知だ。




*






ものが安定するためには、最低3点で維持されなければならない。
逆に言えば、3つの維持点が確保されればどのようなものでも安定する。
銀時を監視する事、銀時を害そうとする者に思い知らせてやる事。新八が銀時に同伴する理由はこの2つだ。
しかし2点では物事は安定しない。不自然極まりないこの形が安定して継続しているからには、もう1つの理由があるはずだ。

ないわけではない。
もう1つの理由は確かにある。
それは、新八が自分が共犯であると認めざるを得ない、強い罪悪感の元になっている。



銀時の手を握る。
布団の中で探り当て、逃げもしないそれを捕まえ、新八は強く握る。
銀時は指を潰す強い力に軽く眉を潜めながら、力ない腕を持ち上げ新八の肩から背中に回す。
近付いた銀時の額に新八は自分の額を擦り付け、それから銀時の柔らかい癖毛の頭をきつく抱き込む。
身体を寄り添わせると銀時の呼吸や体温が如実に伝わってきた。
伝わってくるそれらによって、新八はこの上なく幸福になる。幸福感が胸いっぱいに満ち、それでも足りずに涙腺を通って溢れてくるようだった。

「銀さん」

身体が汚れたままの銀時を腕に抱き、その手を握りながら、新八は幸福感に上ずる声で銀時を呼んだ。
呼びながら銀時の頭のてっぺんに顔を埋め、柔らかい髪が頬や喉を優しく擽るのを感じた。

間違っているとは思う。
間違っているとは思うが、この幸福感には抗えなかった。



着衣のままの新八の膝が、銀時の汗ばんで脱力した足を割り込む。感覚を引きずっている銀時は微かに呼吸を詰めて身体を震わせる。
新八は銀時が金になる事が理解できない。銀時はただの男で、それが何故性欲の対象になるのか、少しも理解できない。だからその気配を濃厚に残した身体に密着しても、新八は金を払った男達のような欲望など毛ほども感じない。
感じる事などあってはならない。

欲望しない新八は、情交に使われた直後の布団の上で情交に使われた直後の銀時の身体を、ひたすら純粋な幸福感に浸りながら抱き締めた。



全てが終わると、新八は銀時の身体を抱いて短い睡眠をとる事を許される。

銀時と自分の関係。その底流には重苦しい淀みがある。それがこの瞬間には消えてなくなり、銀時と自分があるべき正しい関係になるような気がする。
力の抜けた銀時の身体は、ただただ温かい。

この温もりが、自分のあらゆる思いを完全するのだと新八は思った。
間違っていようといなかろうと、この幸福を手放す事など今更考えられない。



異常なこの状態が異常なまま安定している3つの理由。
銀時を監視する事、銀時を害そうとする者に思い知らせてやる事。
残る最後の理由が、この幸福で罪深い温もりだった。




*






腕を括られた銀時の背中がベッドに倒れようとするのを、男が後ろから抱き込んで支えている。

髪を掴まれ仰向いたために開いた口が、充血して硬く張り詰めた男の性器を含まされていた。遠慮なく深く出入りするそれに、突き出た喉仏が苦しげに上下している。新八が殴ったせいで切れた唇が血を滲ませていた。
上衣を臍まで開かれた前には背後から覆い被さる男の手が卑しい動きで這う。色素の少ない皮膚の中で僅かに色を濃くしている乳首を爪が押し潰し、そして細かい振動を加えた。

「…んぅっ、ぅ」

顔を顰めて喉の奥で呻いた銀時を男達が嘲笑う。

「わかりやすいなぁ万事屋さん」

不自由な肩を捩って逃れようとする銀時の喉の奥を押し込んでいる性器で突いた男は、嘔吐反射で窄まろうとする粘膜の動きをも楽しんで腰を揺らした。
銀時は首を引いてそれから逃れ、えづきかける咳をしてから口の端を歪めた。

「やかましいんだよ。噛み千切られたいか」

潤んで充血した目が鋭く細められた表情はすこぶる剣呑に歪んでいたが、紛れもなく笑っている。
引き攣れた唇の端には犬歯が覗き、すぐ傍に男の亀頭が濡れている。

「怖ぇなぁ、てめえは。怖ぇからもう喋らないでくれるか、萎えそうだ」

そう言った男が銀時の頭を掴み、股間に押し付ける。銀時は不敵に笑ったまま口を開け、舌を伸ばしてそれを唇の間に迎え入れた。男が喜んで突き出した腰を前後させる。
怒張した性器の裏に舌が擦り付けられるのが新八からも見えた。要らない事ばかりべらべら喋るあの二枚舌が、男の勃起を舐めている。

「おい、」

しゃぶらせている男が痣の男に声を掛ける。痣の男は着衣さえ緩めずベッドの足元にただ立っていた。何かを思いつめたような暗い表情で、弄くられる銀時を見詰めている。

「わかるだろ。こいつは淫売だ。男を咥え込んで金をせびる、ただの淫売なんだよ」

男を舐める銀時の口が粘つく音を立てていた。蔑まれながらも顔色ひとつ変えず舌を使っている。
銀時を背中から抱いている男が、首を擡げてその耳朶の裏を舐め、そうしながら胸を弄っている手の片方を腹に沿わせて下ろしていった。
この男はほんの先程まで、何でも屋とはいえこんなものまで売るのかと呆れていたくせに、今は打って変わって酷く乗り気だ。銀時が縛られるのを見る目が熱っぽかったあたり、そういう気があるのかもしれない。

「ふっ、ぅ…あ」

男が下着の中に入れた手を蠢かすと、銀時は口淫していた唇を開き咥えたものの隙間から濡れた呼吸を喘がせた。
男が笑った。

「おい、半勃ちじゃねぇか。どうなってんだこいつは?しゃぶって感じてやがんのか?」

笑いながら蔑み、下着をずらして言った通り半ば勃ちかけている性器を掴み出す。下の毛まで白いのかよ、と呟くなり、握った指でそれを強く絞るように揉み込んだ。胸に残っている方の手が、あるかなしかの小さい乳首を指先で摘まんで潰す。
そんなやり方では痛みしか生じない。銀時は明らかな苦痛の声を細く上げ、拘束された身体を不自由に暴れさせた。
男にはどうやら本当に『そういう気』があるようだ。間近に銀時の苦痛を見て興奮し、その身体を押さえ込んで抵抗を楽しみ、荒れた呼吸に口を開いて笑っていた。



銀時は大切な人間だ。他に換えられない、自らの一部のようなものだ。
新八と神楽にとって銀時はそうしたもので、彼がどれだけ愚かであろうと不実であろうと、その事実はどうしたって変わらない。
もっと清潔な、安心できるものを愛せばよかったと思わないでもないが、果たしてそんなものを自分達は愛する事が出来ただろうか。
神楽あたりなら、馬鹿な子ほど可愛い、と簡潔に説明するだろうか。

先日、ソファで仰向いている銀時の上に神楽がうつ伏せに乗っかって、二人が重なって昼寝をしていた。緩んでぽっかり空いた銀時の口に、どういう具合か神楽の人差し指と中指が突っ込まれていた。
目覚めた後で神楽は、自動販売機からお釣を取る夢を見た、と言っていた。
お釣がなかなか取れなくていらいらした、とも言っていた。

少女の無垢な指が入っていた口で、銀時は知らない男の性器を咥えている。



鼻から漏らす呼吸音が上ずっている。
背後から抱く男の手酷い仕打ちにも官能を引きずり出されたらしい。掴まれている性器は既に完全に勃起していて、銀時は肩を左右に捩ってしきりに胸を突き上げるような動きを繰り返した。
その頭は脇に立つ男が掴み、自分の股間の前で好きなように前後させている。

「う!ん、ぅうっ」

喉の奥を鳴らした銀時の足の先が突っ張って伸び、シーツに皺を寄せる。
頭を押さえている手を首を動かして振り払い、口に含んでいた性器を吐き出した。ぐっと顎を上げ、空いた口から息だけの悲鳴を細切れに吐いた。
小刻みな震えが全身にわたり、肌蹴た胸が熱い湯を浴びたように赤らんだ。

ああ。
あれはもう、いく。

見慣れている新八は、銀時の様子を観察しながらぼんやりと思った。

「いきたいか、万事屋?」

嗜虐の気がある男が、細かく震える銀時の耳元で興奮を露にした浅ましい声音で囁いた。銀時は答えず、歯を食いしばった。
男が中指と親指で輪を作る。そして、銀時の腫上がった性器の根元をそれで締め上げた。

銀時の身体が押さえ込まれたまま大きく一度痙攣した。

「万事屋。 い、き、た、い、か?」

一字一字区切って言う男は頗る楽しそうだ。性器を締め上げながら、胸を弄くる指は止めない。興奮しきった笑いに語尾を震わせていた。

「……」

答えない銀時は上げた顎を下ろし、今度は首を落として肩を竦めた。殆ど嗚咽するような呼吸に沿って、震える身体が丸まっていった。震えは最早痙攣に近い。
しゃぶらせていた男が溜息を吐いた。

「てめえは本当に悪趣味だなあ。可哀想じゃねぇか、そう苛めるもんじゃねぇよ。もっと優しくしてやらねぇと駄目だ、なあ?」

俯いた銀時の頬に掌をやって顔を上げさせ、

「なあ、俺は優しくしてやるからな。何でもてめえが言ったとおりにしてやるからな。だからさ、教えてくれねぇかな…」

わざとらしく微笑みながら覗き込む。

「いきてぇかよ、万事屋」

顔を上げさせられた銀時はきつい体感に痙攣しながら、くっと喉を詰めた。
その目元は歪んで、唇が攣り上がっていた。銀時は笑っていた。

「…くたばれ。アホ」

返答を聞いた男は本格的な笑い声を上げ、銀時の背中を抱く男に目線を向けた。

「だ、そうだ」

目線を向けられた男も小さく吹き出した。

「煽ってんのか天然なのか。知らねぇけど、どっちにしろ損な性分だな」

そう言いながら銀時を締め上げていた指を緩め、ふいに弱く上下する。
感じた銀時は背後の男の胸に背中を縋らせて大きく仰け反り、

「…余計なお世話だ」

と千切れる呼吸の合間に吐き棄てる。
そして、天井を見上げる目を瞑った。




*






再び口腔に押し込まれていた性器が俄かに引きずり出される。鋭く息を継いだ銀時の開いた唇と頬に、濃く白濁した体液が飛び散って付着した。
掴まれていた頭が解放され、支えを失った上体がベッドに落ちる。仰向いた顔の上で男が自ら性器をゆるゆると擦り、残っていた精液をその上に滴らせた。
目元に流れるそれを避けて目を閉じた銀時が、呼吸を整える暇もなく表情を歪ませる。下半身では挿入した男が腰を使っている。
銀時の横に膝立ちになった男が精液を搾りきるのを見計らって、挿入している男は銀時の身体がずり上がる程に突き上げた。銀時が割れた声で喚く。

「ゥアアッ!ぁアッ!…ッい」

「い?いい、か?いく、か?いや、か?どれだよッ」

腕を縛られて頬骨を伝う精液を拭う事さえできない無力な身体が、悲鳴を上げながら男の下でのたうった。
持ち前の損な性分のせいで、銀時は絶頂を許されていない。男の指はまだ銀時の性器を締め上げている。

「全部だろうよ」

銀時の口で達した男がそう言いながら、揺さぶられる下腹部に手を伸ばした。

「ひっ」

射精を塞き止められた上から、男は銀時を愛撫した。伸ばした指先が張り詰めた先端を強く撫で、残りの指が細かく揺するように擦る。銀時の腹筋が目に見えて強張り、捌かれる魚に似た不規則な痙攣を起こした。
深く挿入して腰を使う男が、締まる、と笑う。

「ァ、アッ、…」

竦み上がった背中が反り返り、シーツとの間に強い弧を描いた。身体の下で括られた腕の先では掌が握り締められて拳を作っている。
内部で締められた男が呻いて、前後させる腰をひくつかせた。
男は歯を噛んで短く毒吐き、感覚をやり過ごすと、一層激しく抽迭した。

後ろ手に拘束された銀時の着物は、彼の二の腕あたりで留まっている。中途半端に肌を晒す様は、剥きかけの果物か腑分けされた死体のようだ。
押し開かれた脚の膝から下が、意思も感覚もない、ただの物であるように揺れていた。




*






虐待じゃないか。
壁に頭の片側を凭せ掛けた格好で、新八は一連の情景を眺めている。

こんなもん、セックスじゃなくてただの虐待じゃないか。

しかし、銀時に対する虐待は日常茶飯事だ。
残念ながら、この程度の事では奴らが図に乗ったとは看做せない。何度も付き添う内に新八のボーダーは否応なく下がっていった。初めの頃は新八のボーダーラインは単に銀時が不快である事だった。しかし、今では銀時の身体の安全まで下がっている。つまり新八は、銀時が酷くされる光景に慣れた。
慣れざるを得なかった。

なんせ銀時を買う奴らは、その半分以上が銀時を酷く扱いたがる。
さっきあの男が言った通り銀時の損な性分が祟っているのかもしれないし、普段の銀時の立ち位置が祟っているのかもしれない。
何が祟っているのかは知らないが、何にせよ

「…抱くんなら可愛がれよ」

と思う。

呟いた独り言は無意識に口から漏れ出ていた。
新八自身、それが音声になったことに気付いていない。



ベッドの脇に立つ痣の男が、新八を見た。

この空間にいる人間の中で、この男だけが新八の呟きを聞いていた。




*






二人の男はそれぞれ二、三回ずつ銀時の身体を使ったが、その間、銀時は一度も射精を許されなかった。男の指は執拗に銀時を締め付け、最後まで緩まなかった。
代わりに体感だけの絶頂を強要され、ようやく男のものが体内から抜け出た時には、銀時は目も開けていられないほど疲労していた。
腕は背後で縛り上げられたままずっと下敷きになっていた。不自由な身体は無理な体勢を取らせられ続けた。

「…ァ、アぁ、ぁ、」

力を失ってだらしなく開いた口が、濡れた声を纏わり付かせた呼吸を漏らした。
ようやく緩められて圧迫から解放された性器を、男が殊更丁寧に撫でている。
銀時は嗚咽しながら唇の端から薄い唾液をこぼし、同じ調子で塞き止められ続けていた精液をシーツの上に落とした。



「一体何なんだ、こいつは」

銀時の横で肘を付き、指先を白い癖毛に絡ませて遊びながら嗜虐の気のある男が言った。

銀時は有名だ。この街で彼を知らない人間はほぼいない。
名立たる有力者に何故か顔が効いて、べらぼうに腕が立つ。いざとなれば誰も敵いはしないだろう。
そんなものが、金を渡すとするする服を脱いで平気な顔で男を咥え込む。
どうしたって意表をつかれる。

「知らねぇよ。けど、わかったろう」

答える男が、痣の男を見て言った。痣の男はいつの間にかベッドの傍を離れてしまっている。壁に背中を付けて腕を組んでいた。

「こいつは淫売なんだよ。どんだけ偉そうにしてようが、金をやれば突っ込ませる、突っ込めば善がる、淫売だ」

痣の男は銀時に舐めたやり方で仕事を台無しにされた。面目は潰れ、腹いせに殺してやろうとしたらそれも呆気なく失敗した。
だから銀時が金で身体を売っているという話を聞いた時、それならば組み敷いて犯してやれば胸が空くかと考えたのだ。

だが。

「やんねぇのか。悔しかったんだろ?」

「もういい」

痣の男の目は相変わらず暗い。到底、もういい、などとは思っていない目だった。
胡乱な表情を浮かべた男に、痣の男が言う。

「具合がよかろうがなんだろうが、どうしたってそいつは野郎じゃねぇか」

見てたら、萎えた。

淡々と述べた痣の男の言葉を聞いた新八は、男が銀時に価値を見出さなかった事に対する不満を覚えて腹を立てたが、同時に男が自分と同じ感覚を持っていた事に軽く驚いた。
どのような事に関してであれ銀時を無価値であるかのように評するのは許せない。しかし他の男達のように銀時を性欲の対象にしないあたりは共感できる。
だって銀時は、ただの男だ。ごく普通の、その辺の。
それを相手に欲情するなんて、頭がどうかしているとしか思えない。
そんなものに欲情なんかして、いいはずがない。



痣の男は、浜辺に打ち上げられた魚のように汚れて動かない銀時に暗い視線を投げた。

人が固執していたものを、人のプライドを、まるでその辺の雑草を踏むかのように何でもない風に損ない、しかも圧倒的な力の差で黙らせた、万事屋。
この街では力のある者が当然に権利を独占する。ここで生まれて生きる男は、その仕組みを骨身に染みて理解している。
だからこそ、力を持つ者に対する妬みは計り知れなく大きかった。

男に身体を使われて、無様に快楽の声を上げていた様は見ていてそれなりに愉快だった。
だが万事屋本人には慣れた事であるらしいではないか。
ぶち込んであんあん鳴かせたところで、内心で舌を出され、嘲笑われていては仕方がないのだ。

こいつを殺してやりたいのだ。
それが叶わないのであれば、こいつが死にたいと思うような事をしてやりたい。



「なんだ。せっかく金を払ったのに勿体ねぇ」

銀時に並んで横たわる男が、相変わらず銀時の髪を弄くりながら小さく溜息を吐いた。部屋の隅に黙って座っている子供が、その様子をじっと見ている。

ぶち込んで鳴かせる。

「それよりも」

そんな事をするよりも。

男は新八に顔を向け、

「…おい、そこのガキ」

と呼んだ。

呼ばれた子供が、ベッドの上に落としていた視線を上げた。若い、というにもまだ幼いようなガキだ。
男は、暗い目を暗いままで微かに笑わせた。



「お前、こいつを抱け」



ベッドの上で弛緩していた銀時が閉じていた目を開けた。
他の男達が息を呑む。
新八は何を言われたかわからず、ぽかんと男の顔を見た。



「聞こえなかったか?ここに来て、こいつを抱けって言ったんだ」

男は薄く笑いながら、平坦な口調でそう繰り返した。



万事屋が死にたいと思うような、何か。



一層深くした笑いに、男は痣のある顔を歪めた。









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