The Keep 1

※特殊設定パラレルです
※少しだけちっさい新八が、少しだけ若い銀さんを飼育する話です
※性描写、暴力表現、鬼畜ぎみな新八、はくちぎみな銀さん などの中二要素が満載ですので、嫌な予感がする方は読まないでください










坊っちゃんは大人しい方でいらっしゃった。
幼い頃などはこちらから話しかけねば一日中でもお屋敷の中で静かに一人遊びをなさっていた。大きくなられてからもその傾向は変わらず、明るい屋外で体を動かすよりは、屋根の下でご本を読むのを好まれた。ご家族は、男の子であるからもっと活発であって欲しいと気を揉んでおられるようだが、大人しい分、悪戯や我儘などを全くされないから、お世話をする自分にとってそれはとても楽な事であった。

それに、ご家族が案じる程に坊っちゃんは大人しいわけではない。
一日の内の大抵の時間を共に過ごす自分は知っていた。
坊っちゃんは優しげなご様子の内側に、それからは想像もつかないような並外れた行動力や活発さ、或いは男の子らしい暴力性を隠しておられるのだ。


*



「長谷川。あれが欲しいな」

坊っちゃんがそう仰った。
何不自由なく育たれた方であるから、おねだりをするにも卑しさがなく、まるで息をするように自然に欲しいと仰られて、決して恥ずかしがったりなどなさらない。

「ねえ長谷川、不思議だね。あれはどうしてあんなに白いのかしら。口上のとおり、あれの親が白い蛇を殺した祟りなのかしら」

「まさか。あれはただの煽り文句です。祟りなど迷信です。迷信はお嫌いでしょう」

坊っちゃんは読書好きが高じて、お父様や書生の蔵書をこっそりと読んでおられるので、博識でいらっしゃった。迷信の類いなど、少しも信じてはいない。

「そうだね。あれは体の中の色素が足らないだけだ」

博識な坊っちゃんは言い、そして

「じゃあ、どうしてあれはそんなふうに生まれついたのかしら。僕や長谷川だってそうなったかもしれないのに、ならなかった。でも、あれはそうなったんだ」

「たまたま、そうなる運命にあたってしまったんでしょう」

自分が答えると、坊っちゃんは少し笑った。

「どうしてそんな運命にあたってしまったのかなあ。親が白い蛇を殺したからだろうか」

坊っちゃんはとても賢い方だった。

「ねえ、長谷川」

「はい」

「あれが欲しいな」

再びそう言った坊っちゃんの、若々しい鹿のような愛らしい目がきらきらと光っていた。


*



それは、若い男だった。
初めは異人かと思った。乱雑に切られた髪の色は白に近い銀色で、癖が強くうねっていた。このような髪をした異人を横浜で見たことがある。
しかし男の顔かたちは東洋人だった。彫りの浅い、目蓋の厚い、ありふれた東洋人の顔付きだ。ただ、その顔の上を覆う皮膚が蝋のように白かった。 そして、瞳が血のように赤かった。
坊っちゃんは、見世物になっていたそれを何故だか大層気に入られ、毎日のようにそれを見物に行かれては、欲しい欲しいと仰られた。

何も知らないご家族は、それまであまり外に出ることを好まれなかった坊っちゃんが頻繁に外出されることを単純に喜んでおられた。


*



最初にあれを見てから二月も経った頃だろうか。
ある日を境に、それは見世物の舞台に現れなくなった。
妖艶な半裸の人魚や、口が耳まで裂けた狼男、3本脚の道化など、その他の怪し気なものにはさして興味を示さない坊っちゃんはつまらなさそうにされていた。
小屋の者に訊ねると、あれはもう出さないのだ、と言う。
あれは病気になったらしい。

小屋の主人に金を渡し、端材を寄せ集めてつぎはぎに建てたような居住部分に回った。
主人は金持ちの子供の物好きに呆れた顔をしたが、坊っちゃんは気にもなさらず、目を背けたくなるような貧しく不衛生な生活を珍しげに見物しておられた。
坊っちゃんは、他のお子様方が好むような冒険活劇や幻想文学よりも、お父様や書生がお持ちの科学や哲学のご本を好んで多く読まれているので、知的好奇心が他のお子様より優れていらっしゃって、何よりも現実的でいらっしゃった。

「医者には診せないのか」

坊っちゃんが主人に訊かれた。主人は、曖昧に笑うような顔をした。

粗末な板敷きの上に、白い男は粗末な布団にくるまって横向きに体を縮め、少しも動かなかった。白蛇の祟りでこのような因果な姿に生まれたと言われていた男は、まさに蛇、それも間違って地中から引きずり出され、道端でのたうって力尽きようとしている蛇の姿そのものに見えた。
布団から覗く脚の脹ら脛や腹が妙になまめいて白く、それがより一層蛇を連想させた。

「僕は志村新八と言います。あなた、名前は何と仰いますか」

死にかけた蛇の前に膝を付いて問う。坊っちゃんは、このような者に対しても礼を失さない。

「ああ、お坊っちゃま、それは無駄というものです」

主人が言った。

「聞いたところで答えやしません」

「彼は耳が聞こえないのか」

「いいや、聞こえてはいますがね。何を聞いても何もわかりゃしないんです。…そいつは、頭が」


*



後日、言いつけ通り隣の街まで行き、旦那様が巴里のお土産に坊ちゃんに下さった懐中時計を売った。
どこかに落としてしまったと言うからいいのだ、と坊ちゃんは大切にしておられた時計を惜しむでもなく自分に渡し、少なくはない額の金に換えられた。

その金のうちの半分を、坊ちゃんは小屋の主人に見せた。

「あれの何が気に入られたのか知りませんが、後のことは知りませんぜ」

小屋の主人は、子供の気が変わらないうちにと思ったのか素早く坊ちゃんの手から紙幣を毟り取り、そしていやらしく札束を数えながら言った。
死にかけて使い物にならない見世物が思いもしない大金に代り、主人は上機嫌だった。快く、白い男の所有権を坊ちゃんに譲渡した。

「あれの名前は?」

名前が呼べないと不便だと坊ちゃんは仰った。
主人は肩を竦めて言った。

「名前なんざありません。お好きなように呼ぶといい。どう呼ぼうと、どうせあれには何もわかりゃしませんから」


*



「ねえ長谷川。これは何歳くらい?僕はまだ子供だから、人の年齢がよくわからない」

まだ薄暗い朝方、明け烏も鳴かない頃だ。
屋敷の広大な庭の一角に建てられた庭番の詰め所が、自分に宛がわれた住まいだった。屋敷から離れているために、人一人運び込んだところで誰にも気付かれはしなかった。

「そうですね。このとおり普通の人間とは様子が違いますから、はっきりとはわかりませんが、背格好から見るにおそらく一お兄様と同じくらいかと」

坊ちゃんがよく懐いておられる従兄様のお名前を出すと、坊ちゃんは嬉しそうに

「じゃあきっと、僕より先に死ぬね」

と仰った。

「…どういう意味で?」

「僕より長生きしたら困ると思って。世話をしきれないものを飼ってはいけないと、お母様に言われているんだ。僕より先に死ぬんだったら大丈夫。ちゃんと最後まで面倒が見られる」

寝巻きのままの坊ちゃんは、子供らしく喜びを抑えきれないふうにその場で踊るように小さく飛び跳ねられた。

床に何枚か重ねた古毛布の上で縮こまるそれは、小屋にいた時と全く同じ様子で身動きひとつせず声一つ上げず、ただ目を開けて中空を見詰めていた。わが身が新しい主人の手に渡った事をどう思っているのか、或いはそんな事も理解できないでいるのか、なんにせよ哀れであると思われた。

「噛み付くかしら」

坊ちゃんが、それの頭を撫でようと恐々と手を伸ばした。
懸念を他所に、それは相変わらず身動ぎひとつせず、中空を見詰めたまま頭を坊ちゃんの手に撫でられた。坊ちゃんの傷一つ無い指が、それの白金の色をした髪に柔らかく沈んだ。

「ふかふかしている。定春みたいね」

それは旦那様と懇意にしている華僑の娘が拾って愛しんでいる犬の名だ。あの犬も毛足の長い白い毛を持っている。

「あまりお触りになりませんよう。それは病気です。伝染る病気だったら大変です」

「ああ、そうだった。まず、元気にしてやらなくちゃね」

「どうなさるんですか。お医者様を呼ぶわけにはまいりませんよ」

このようなものを拾ってきたことが旦那様や奥様に知れたら事だった。下手をすれば自分の首が飛ぶ。

「うん。でも多分、これは伝染病ではないと思うよ。伝染病なら、あんな不衛生な環境でいれば他の者にもとうに伝染っているはずだ。けれど、あそこの者は皆元気だったろう」

それの頭を撫でる手を止めずに坊ちゃんは仰り、そしてそれの上に屈み込んだ。間近に覗き込まれながらも、それの目は変わらずあらぬ方向を見詰めている。

「栄養のあるものを食べさせて、温かくしてやる。大切に可愛がってやれば、治るものならやがて治る」

「治らなければ?」

「それまでの事だよ」

坊ちゃんははっきりとそう仰り、それから、さも楽しそうに笑われた。


*



庭の西の外れに、一本の大きな楡の木が植わっていた。
その木陰に守られて、がらくたや庭道具などが詰め込まれた古い蔵がある。
その蔵には地下室があった。四畳半ほどの広さのそこは、何年か前、自分の庭仕事に付き纏っていた坊ちゃんが偶然見付けられたものだ。
以来、坊ちゃんはそこを自分だけの秘密の別宅にされ、大切なものを隠したり、叱られた時に逃げ込む場所に使っている。
白い男は、そこに運び入れた。
同時に人が生活できる最低限の荷物も運び入れ、板敷きであった床に薄い畳を敷いて寝起きが出来るようにした。

「ありがとう長谷川。手間を取らせたね。でも、お前の役目はこれで終わりだよ。食事は僕がさせる。他の、世話の一切もね。だから、僕が命じた時以外は、お前ももうここに近付かないでいい」

「しかし」

「二度は言わないよ、長谷川」

坊ちゃんは頑固な方であった。
そして一度そうと決めた事はそうそう翻したりはなさらない。
ひどく心配であったが、使用人の分際では主人の決定に口出しすることは憚られた。

それに、そう遠くないうちに、自分はまた呼ばれるとも思った。
死骸の処分のためにだ。

「何かお役に立てることがあれば、いつでも仰ってくださいませ」

それだけを言って頭を下げると、坊ちゃんは蔵の鍵の複製を手の中で弄びながら

「…だから、お前は好きなんだ」

とだけ仰られた。


*



蔵から出ると、傍らの楡の木が刺すような日差しを遮ってまろやかにしていた。
午後から旦那様が外出されると聞いている。それに間に合うよう、お靴を磨かなければならなかった。二階の洋間の窓に届きそうになっている枇杷の枝の剪定も、梅雨になる前に手を付けてしまいたい。

山積した仕事を頭の中で整理しながら、
そういえば、坊ちゃんはあれに名前を付けられたのだろうか
と、何故かそんな事が気になった。









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