Enseignez-le,professeur

始まりの手順はいつも同じだ。
まず坂田が上背を使って新八を囲い込み、そうして逃げられなくなった新八の耳の中に舌を捩じ入れる。





耳朶の凹凸の形を隈無く喫煙者の冷たい舌が蠢き、そのうえ濡れた音まで聞かされて、新八は背中に悪寒を走らせた。首の後ろに鳥肌が立っているのがわかる。逆立った項の毛が制服の襟に触れ、しきりに皮膚を刺激した。
その痒いような刺激から逃げようと首を上げれば、目前に坂田の寛げて開いたシャツの中身が迫っていた。彫り上げたような深い鎖骨と硬く張った胸筋の白い盛り上りだ。時々、その奥に厚みのない色の薄い乳輪が見え隠れする。
それらはあからさまに成熟した男のものだ。どこをとっても女らしい要素は見つからない。
そんなものに囲い込まれ、舌で耳を犯される。荒れて獰猛な呼吸を、耳朶を舐める音の向こうに熱と触覚を伴って感じる。

新八は怯えていた。

「先生、嫌だ」

坂田を押し退けようとする腕は肘が曲がり、震えている。絞り出した声も腕と同じように震えた。

「嫌だ。嫌」

嫌だ、と繰り返す新八の口に坂田の口が覆い被さった。開くと大きな坂田の口は新八の唇をすっぽりと収めてしまい、新八は呼吸を阻まれる。
口を塞がれ鼻から逃げる呼吸はまるで啜り泣きのようで、直近にある坂田の荒れた呼吸と共に、聴覚から今何が起ころうとしているかを新八に知らしめた。
呼吸の苦しさと怯えで震える腕はそれでも抗い、坂田の肩を突いて体を離そうとするが、坂田は易々とその手首を掴み上げてしまう。
その体勢で、更に坂田が新八に詰め寄った。
さっき見た、あの厚い胸が制服ごしに新八の胸に接してそして押し付けられてくる。布を通して高い体温を感じた気がした。
体温から逃げて体を仰け反らせ、後退った新八の背中に、教室の硬い壁が当たる。後頭部がそこに強かにぶつかり、反動で、合わさっていた唇が頬を擦れながら離れた。互いの頬が唾液で濡れた。

「ハ、」

新八は短く鋭く息を吸った。不足していた酸素の血中濃度が急激に上がり、絞るような頭痛がした。同時に激しい目眩に襲われる。目を開けていられず、きつく瞑る。
目を瞑って浅い息を繰り返す新八に構わず、坂田は掴み上げたままの新八の手首を打ち付けるような激しさで壁に固定する。接している体を更に押し付け、壁に追い込んだ形で密着する。

そして、太股で新八の脚を割った。

「先生、先生。嫌だ」

怯えて、哀れな許しを何度でも乞う新八に、坂田は無言で返した。荒げた呼吸だけを返答にする。
脚の間に割り入れた太股を新八の着衣の内にある性器に圧しながら擦り付ける。全く兆していないそれには、強い刺激は苦痛なだけだった。
鈍い痛みに呻く新八の口を再び坂田の唇が塞ぐ。
芯を持った舌が口中に突き入り、その激しさに新八は怯えを深くする。戦慄くのは最早腕だけでなく、坂田の体に触れている部分全てだ。入り込んだ坂田の舌を拒否して新八は口を閉じようとする。それを坂田が新八の唇に指先を引っ掻け、頬を掴んで阻止した。
新八の手首は解放されて自由になったが、既に抵抗する力をなくしていて、体の脇にただぶら下がった。

先生、嫌だ。

もう、嫌なんだ。

新八は心の内で声を上げる。それに合わせて唇も微かに言葉の形を作ったが、発声には至らず、入り込む坂田の舌を愛撫したに止まった。
太股で服の上から股関を擦られ、舌で口腔を舐められる。強いばかりでなくなった太股の動きは、ある意図を持った細かなものに変化し、突き込まれた舌は柔らかにほどけ、優しい、とさえ思えるような仕草で舌先が上顎を擽る。

「う」

新八は開いた口の隙間から声を漏らした。
焦点が合わない程に近い坂田の目が暗く笑った。





そもそもは新八が始めたことだった。
全てを擲つ覚悟で打ち明けた新八に坂田は応じ、求められるままを与えた。
新八はうかれ、有頂天だった。前後を見失う程に。
坂田がその間、何を思っていたかは知らない。新八に知るだけの余裕はなかった。一回りも年嵩で、まがりなりにも教師という立場である坂田に甘えていたともいえる。
うかれていた新八がようやく我に帰り、坂田を省みた時、既に坂田は新八との関係に根深く倦んでいた。

新八は呆然とし、絶望した。
自分の幼稚さと、それにより出来上がってしまった坂田との関係にだ。





坂田の頭が新八の体の上を、髪を擦り付けながら下へ這い下りていく。新八はその白い癖毛の旋毛を見下ろした。

「…先生、嫌だ」

最早ただの呟きでしかない言葉を力なく口にして、それでも新八は体を捩って逃れようとする。諌めるように坂田が新八の腰骨に指を食い込ませる。痛みに新八は眉を寄せ、そして目を閉じた。目を開けていなくとも、これから何が行われるのかはわかる。
慣れた行為だ。新八は息を詰めた。
衣類が引きずり下ろされ、地肌が坂田の冷たい手と外気を感じる。膝でもたつく衣類に脚の自由を奪われて、新八は木偶のようにその場に突っ立つ。
浅ましい事に半ば勃起した性器へ坂田の指が添えられ、その感触を新八が知覚するよりも早く、坂田がそれを口に含んだ。

「あ。ぁ」

含まれたそれは前歯を巻き込んだ上下の唇に擦られ、迎え入れる形に平たく広がった舌の上に載る。坂田の口内は一瞬冷たく、次の瞬間には焼け付くように熱かった。灰の中に埋めた炭が密かに熾っているのに似ていた。
熱を帯びつつあった性器が坂田の口腔で一気に昂る。
嫌だ、と新八は叫ぶように思う。
坂田は新八の昂りを粘膜から如実に感じているだろう。恥知らずで貪欲な、獣性を剥き出しにした、紛れもない新八の本質。それを坂田は喉深く飲み込む。
坂田の尖った鼻が体毛に埋まる。根元近くを舌先が抉り、抉る舌を当てたまま坂田が頬をすぼめて頭を退く。抜け出る寸前に、また舌を滑らせながら躊躇なく飲み込まれる。徐々に速さを増しながらそれを繰り返す。坂田の口腔で育てられた先端が、奥まった知らない部分を掠めた。その度に坂田の喉奥が獣めいた音を鳴らして狭まる。
かつてこれ程まで深く含まれた事はない。フェラチオの域を超えた行いに新八は恐れを抱いたが、逃れたくとも背後は壁で、しかも腰に食い込んだ坂田の指は施しの間僅かにも弛まず、そもそも恐怖を上回る快感が新八に自由を許さなかった。

「先生止めて」

怖い。
異常な行いも、それをする坂田も、坂田が感じているに違いない苦痛も、未知の快感も、こんなものに快感を覚える自分も、怖くて仕方がない。
坂田の頭髪が、蛍光灯の光の下に白く照らされている。暴力的な行為の中にあって、癖毛のそこだけは普段の坂田の気配を残していた。
新八は指を伸ばす。新八の腹の前で間断なく律動する坂田はそれに気付かない。坂田の知らないところで、巻いた癖毛が新八の指に柔らかく絡み、そして離れた。
張り出した筋の表面を始まりから終わりまで舌が強くなぞり、抜け出る寸前に先端の割れ目を抉り込み吸い上げる。全体はざらつく上顎と滑らかな頬の粘膜の中を外気を感じる間もなく行き来した。
腰の奥から震えるような射精感を引きずり出される。新八の怯えた呼吸が熱を持ち、欲情に浸かった深く速いものに変わる。坂田の爪が食い込む腰が頭の律動に合わせて痙攣し始めた。
ぐ、とより深くに飲み込まれ、狭めた口内に締め上げられた。息が止まる。
体温が急激に上がり、背中にどっと発汗するのを感じる。

声もなく新八は坂田の喉に射精した。
坂田の睫毛が注ぎ入れられる刺激で細かく痙攣し、触れている新八の下腹の皮膚を擽った。





蛍光灯の明かりが目を刺す。絶頂に潤んだ新八の目の中で白い光がハレーションを起こした。
自分の上に跨がる坂田の姿がハレーションに霞んで千切れて見える。坂田は弛みきったネクタイを肩にはね上げシャツを全開にし、その下で長い指を使って色素沈着のない乳首を刺激し、同時に衣類を脱ぎ捨てた裸の下肢を新八の上で広げて自ら慰めていた。その姿が、蛍光灯の明かりの下、非現実的に千切れて見える。

この期に及んで新八は坂田を、欲しい、と思った。

その思いは、あれほど強かった嫌だという思いをいつとも知れず捩じ伏せて意識の底に沈ませていた。
新八は目を閉じて、網膜を焼く白い光と坂田の姿を遮断した。
思考は焼き切れている。目を閉じて現実を断てば、残るのは目蓋の裏の白い残像と即物的な欲望だけだった。新八は安寧にも似たその中へ身を投じようとしていた。

「寝るな」

ふいに低い恫喝が響いた。
縫い付けられたように重い目蓋を細く上げると、坂田の鋭く物騒な視線が突き刺さった。
坂田はそんな視線を寄越しながら口を歪ませて笑い、舌を出して汚れた口角を舐めていた。鋭くつり上がった目が濡れてぎらぎらと光っている。
ああ、何かの、大きな、動物みたいだ。肉食の、大きな、例えば、虎みたいな。
新八はぼやけた頭でそう思った。

「目開けろ。見ろ、全部」

虎が唸り声を上げる。新八は喰われる鹿の心情でただその命令に従った。抗う事など思い付きもしなかった。
投げ出していた手を上げて坂田の裸の大腿の上に載せる。言われた通り目を開けて、坂田を見た。坂田は新八の心情など一切斟酌するつもりはないとばかりに、猥雑極まりない姿を新八の前に大きく晒し、獰猛な目を向けている。

先生、なんで怒ってるんですか。僕、あなたに何かしましたか。僕、どうすれば許してもらえるんですか。

坂田が屈み込んで、新八の上に跨がる腰を上げた。他愛なくも再び勃ち上がっている新八の性器に尻を擦り付けるような卑猥な仕方だ。俯けた頭の下の表情は知れない。
嫌だ、顔が見たい。

「先生、顔上げて。見てるから、顔」

坂田の腿に載せた手指を広げ、その部分の薄い皮膚に指先を深く食い込ませる。坂田が俯いたまま痛みで短く息を吸う。更に指先に力を込めると、坂田は力を入れ過ぎて節立つ新八の手の甲に掌を被せた。被せた上から強く掴む。軋む骨に今度は新八が小さな痛みの声を上げ、それと同時に昂りを探り当てた坂田の腰が一息に沈んだ。

「嫌だ、先生。顔、」

泣くように乞う新八の目には、変わらず白い旋毛だけが映った。坂田は新八の言葉を聞き入れない。頭を深く、深く俯けて、肩の隙間に埋めるようだった。
欲望に沈もうとしていた新八を揺り起し、全部見ろ、と命じておきながら、新八が見たいものは見せないのだ。自分が見せたい全部をしか見せない。卑猥で浅ましい、まっとうな精神状態なら目を背けたくなるような光景だけが許される。こんな理不尽があるものか。新八は、性器を圧迫する坂田の粘膜を感じながら喚くような声を上げた。
坂田の内部は入念に準備が施されていた。大した抵抗もなく深く飲み込むと、上下する腰の動きに合わせて勝手に締め上げる。新八がする事は何も残されていなかった。手を押さえ込まれているために、坂田の脚の間で快感を訴えるものを愛撫してやる事すら出来ない。坂田の脚に食い込んだ指が爪を立て、薄い皮膚を削った。

「嫌だ」

嫌だ、とそれだけを思いながら新八は腰を突き上げる。
濡れて狭い襞のある熱い粘膜が、勃起し切った性器の上を締め付けながら行き来する。坂田が突き上げの合間を縫って腰をグラインドさせた。擦れる角度が変わって新八が悲鳴を上げる。悲鳴を上げながら更に強く突き上げる。坂田の鳩尾が抉れるように窪んだ。
洩れる水音と肌が触れる音、どちらともに獰猛な呼吸音を聞く内にどちらともが獣に成り下がって、そして高まっていく。
止めようがなかった。

「ゥ、アッ!」

坂田が叫んだ。
新八に乗りかかる体を硬直させ、それに遅れて震える性器で射精する。新八の胸の上に重たい精液が落ちた。
絶頂する坂田の内部が痙攣した。

「ン、」

新八は目を閉じて口を結び、坂田の中で射精する。その熱い感触を受けて、坂田がまた内部で新八を締めた。

「……」

顔を俯けて新八に跨っていた体が繋がったまま前のめりに崩れ落ちる。繰り返される不規則な浅い呼吸が、新八の首筋を温かく湿らせた。
新八の肩と首の隙間に頭を埋めて坂田は動かなくなった。髪の、柔らかい毛先が新八の紅潮した頬に触れる。その柔らかさに、猫みたいだ、と思う。さっきまで獰猛な猛獣に見えていたものが、こうして大人しくなってしまうとまるでただの猫だ。或いは、猛獣でもその毛は柔らかで優しいものなのだろうか。
だるい手を上げその優しげなものを掻き混ぜた。表面は冷たく、内部は汗で湿って熱い。その熱さに新八は、指が甘く溶けるようだと思った。

「触んな」

坂田が向き直り至近距離で新八を見る。
表情は角が取れ緩んではいたが、単に穏やかではない。目立った感情が現れていないそれは行為の疲れを除けば無表情に近く、その裡が知れなかった。
肉体の陶酔が齎した一時的な感傷は、その坂田の表情であっけなく去る。新八は坂田の髪から手を退けて、ああ、そうだった、とまた苦い思いを奥歯で噛み締めた。下した手を体の横で拳の形に握った。

新八の頭の両脇に坂田が腕を付き、上体を上げる。
圧し掛かっていたものがなくなった事で初めて、新八は今まで重たかったのだと気付いた。
自分の上に覆い被さる坂田を見上げる。取り付く島もない無表情の顔は欲情の痕跡だけを残していた。頬を紅潮させ額に汗を浮かべ、唇が濡れている。
いやらしくて怖くて、綺麗だと新八は思った。

「…嫌だ嫌だ言いやがって、」

坂田が無表情を崩し、犬歯を見せて嘲るように言う。



「そんなに嫌なら俺が抱いてやろうか」



下半身はまだ繋がっている。
坂田が恣意的な身じろぎをして、そこが音を立てた。

「……」

新八は笑った。

酷く悪い笑い方だった。

そうして悪く笑ったまま、嘲っている坂田をまだ繋がっているそこで、強く奥まで突き上げた。
坂田が叫び声を上げて仰け反る。
白い喉が新八の上で顕わになった。


こうして僕は、無理矢理大人にされていくのだ。
なりたくもないのに、無理矢理。


白い喉を見上げる新八はそう思い、そしてまた、嫌だ嫌だと喚きながら坂田の体を何度も突いた。









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