仕事と私

山崎がひとを斬るのは、それが局命である場合を除いて、仕事に失敗したときだ。
だから山崎はひとを斬るとき、ああ、しくじったな、と思っている。

そして、山崎は今、ああ、しくじった、と思っていた。
直属の司令官である土方からは、斬ってもいい、とは言われていたが、斬れ、とは言われていない。山崎の仕事は失敗したのだ。

山崎は異常なくらい用心深く、用意周到だ。或いは元々山崎の中にあったそういう側面が買われて監察に就けられたのかもしれないが、買って就けたのは土方だ。そう思うと山崎は更に用心深く、用意周到になった。
別に土方に対する媚びではない。
どちらかというと恐怖だ。

仕事に失敗した山崎は、しくじった、と思う同じ思考で恐怖していた。

また、副長に殴られる。



*



山崎は、尾行(つけ)ていた男に背後から羽交い締めにされていた。

場所は空きガレージが奥まで並ぶひとけのない袋小路で、その男が角を曲がってその袋小路に入ったのを追った山崎の視界が、そこが袋小路であることと、その男を見失ったことを捉えた、それらと同時に山崎は背後から羽交い締めにされたのだ。
山崎は慌てた。

「いやだなァ、旦那」

出した声が上擦っている。
山崎の喉下には男の腕が宛がわれ、その腕は山崎の脇をくぐったもう片方の腕がしっかり固定していた。抜け出ようと身を屈めれば男の腕で首を吊ることになる。しかも、舌の裏に噴き出した唾液を飲み込めば、喉仏の上下でこちらの焦りを易々と知られてしまう形だった。
脇に冷たい汗をかきながら、格好が悪いなァ、と山崎は思った。

「いやだな、じゃァないんだよ。山崎くん」

男の声が山崎の耳朶の真上から聞こえる。
山崎は、へらりと笑った。口元がぎこちなく引き攣ったのは、5割芝居で残りが本音だ。
全く格好がつかないな、と山崎は思ったが、実のところ、格好が悪いのは山崎の武器だ。だったらと山崎は、今度こそ10割本音で、男に囲い込まれたまま情けない笑い声を上げてみせた。
もとより、芝居が通じる相手ではない。

「すいません、また上の気紛れが出まして」

芝居を投げた山崎は言った。
そう言うことで、平静を取り戻した。
山崎は、全身が極めて戦略的に作られていた。用心深く用意周到であるということは、つまり戦略的であるということだ。それは監察に要求される特性であり、かつ監察が卑しめられる理由の一つでもあったが、山崎は別に何とも思わない。それを重用する者があるからだ。重用する者というのは即ち土方なのだが。

「気紛れの相手するほど暇じゃねんだよ、俺は」

男が甘やかすような声音で、山崎の耳朶に殊更息を吹き込むように喋った。
ばかにしている。
ばかにされて、へへへと笑った山崎は、一方でおかしな発見をしていた。

この人には、妙な色気がある。

距離が近すぎるのだ。自分を羽交い締める腕の皮膚の感触や、密着する体の質感、体温、声の響きを生々しく感受させられる。
山崎は、それらを自分の体の中にごく最近の記憶として残っている別の人間のものと比べざるを得なかった。
似ても似つかないこれとあれは、対極的だ。しかしながらどこか相似を描いていた。まるで点対象のように。そうした相似を描くがゆえに、ここにあるはずのないあの体が、あたかも今、自分を羽交い締めているように山崎は錯覚した。
感じた色気はそのせいだ。

山崎は異常なほど用心深く、用意周到であろうとしている。
偏に、土方が怖いからだ。
土方への恐怖から更に山崎は用心深くなったし、用意周到になった。だからこそ山崎は監察の仕事をやっている。



山崎にとって土方は仕事そのもので、仕事は土方そのものだった。
そして山崎は、結局のところ仕事を愛している。



その、仕事を、山崎は今、

ああ、しくじった、

と思っていた。



「わかったら、とっとと消えてくんない」

男の腕が緩み、背中をとん、と突かれて解放された山崎は、二三歩前に突んのめった。突んのめりながら、山崎は自然の反動のように腰の物の鯉口を切っていた。振り返りつつ鞘走らせる。



「旦那、すみません」

抜きざま横に薙いだ。



「勃っちゃいました」



また副長に殴られる。



*



「オメーらは、みんなイカれてやがんのか?」

万事屋が頭の上でそう言うのに、はあ全くそうですね、と山崎は地べたに寝そべって鼻血が止まるのを待ちながら応えた。
山崎の刀を腰から半ば引き抜いただけの木刀で止めた万事屋は、そのままゆるゆるとした動きで(山崎の目にはゆるゆるとしか見えなかった)、山崎の右頬に拳をめり込ませた。そもそも山崎が万事屋を斬れるわけがない。
そのわけはなかったが、山崎が監察である以上あの場面ではそうするべきだったのだから仕方がない。万事屋が万事屋でなければ、山崎は返り打ちにあって死んでいたが、別にそれまでの事だ。
それが、山崎の仕事だ。
山崎は再び、

「全くもってイカれてるんです」

と万事屋の言を意味深に肯定した。
万事屋が、そのような山崎を心底不快そうな顔で見た。
その目を見ながら山崎は戯れの言葉を吐いた。

「旦那、あんた俺を使ってみますか」

万事屋は眠そうな目を頭痛でもするのかきつく閉じて山崎から顔を背け、それから、

「…お断りだ」

と奥歯を擦るように言った。
山崎は、この重さのない盤石のような男にそんな表情をさせてやったと思い密かに笑った。

これから山崎は屯所に帰り、土方に殴られる。
それはつまり、情欲と仕事に殴られるということだった。
山崎にとって情欲と仕事には境が無い。



全くイカれている。

だが、イカれているから山崎は監察なのだ。









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