スペアキー

銀さんのベスパのカギを預かっている。


新八は、外階段の下に格納してある銀時のベスパの前に立って、それを見下ろしていた。よくはわからないが、格好いいな、と思う。
そのへんを走っているやつとは、形とか色とかがちょっと違って格好いい。
しょっちゅう事故ってそこらじゅうが傷んでいて、しかもその後の手入れも悪いから、満身創痍で調子も悪い。でも人間二人を運ぶには機能的に十分だし、ぱっと見にはこの汚れて傷んだところも渋くていいような気がする。
どこでどうやってこんなものを手に入れたのか知らないが、いいな、と新八は思っている。
格好いい。




銀時が机の引出しから何かを出して手に握った。
そして、立っている新八の前まで歩いてくると、手に何かを握った方の腕を新八の目の前に無言で突き出した。
新八は、突き出された腕の先の、皮膚の薄そうな白い手の甲をぼんやり見ながら、反射的にその手の下に自分の掌を差し出す。
銀時は握っていた手の指を一本ずつ開いて、その中のものを新八の手の上に落とした。
落とされたものは、ふざけたような軽い金属音を立てて、新八の掌に落ちた。
「何ですか。」
落とされたのはカギだったが、家のカギにしては大ぶりのそれが何のカギだか予想できなかったので、新八は無言のままでいる銀時に訊いた。
「カギだよ。」
「なんのですか。」
「バイク。」
カギの正体は知れたが、なんでそんなものを渡されるのかわからず、新八は少しうろたえて、言葉が少ない銀時を二、三回に分けて見上げた。
しょっちゅう使うもののカギを預けてしまったら不便だと思うのだが、敢えてそうしようとするのはおかしいし、おかしなことを言葉少なに説明もなくしようとする銀時は妙に恣意的で、何か含みがありそうで、そういう感じは、どこかにある銀時の本意を察することができない自分が至らないのではないかという気がして不安になる。
「そんなもん僕に持たせたら僕がいないとき乗れないんじゃないですか。」
「スペアだ。」
ああ、と新八は思ったが、それでもやはりどこか解せない。
解せない、というのが顔に出ていたようで、銀時は誤魔化すように、或いは新八の解せない気持ちに対する回答のように、目尻に皺を寄せて笑い、

お前持っててよ。

と、言った。
机に入れとけばなくなるはずもないものを何故自分に持たせるのか、という疑問は、それを訊くのは今度こそ野暮で至らないことだろうと思い、新八も黙ってカギを落とされた掌をカギごと拳の形に握った。




そうしてスペアキーを預かったベスパを前に、新八は立っていた。
元は白い塗装だった車体は薄い灰色に汚れている。
ライトの表面を指でなぞってみると、指は灰色に黒ずんだ。多分、車体全体がそういう状態なのだろう。
でも、そういうところが格好いいと新八は思うのだ。新品でつやつやだったり、やたらきれいに洗ってあったりしたら、興醒めする。

汚れて、整備不良なくらいで調度いい。

新八は、預かっているカギに付いた、飾りが取れたキーホルダーの輪っかに人差し指を入れて、くるりと一回まわした。口笛でも吹きたい気分だった。
人差し指に引っ掛けたカギを見た。
仕舞われていたスペアは使われる機会がなかったのだろう。曇りなく光ってまっさらで、研磨した刃の痕が目視できるほど鋭利だった。
別に悪い事するわけじゃないし、と心の中で言い訳をしながら、新八は銀時がするようにベスパに跨ってみる。届かないわけではないが、シートの幅に広がった足が慣れなくて心許ない。

口笛を吹きたい気分は、シートに跨ったら引っ込んだ。
別に悪い事するわけじゃない。
妙に緊張する。初めて使うものを使うからか、使う事を許可されていないからか。
新八は、人差し指に引っ掛けたカギを持ちかえて、恐る恐るカギ穴にカギを差し込もうとした。




「知ってっか。カギ入れただけじゃ動かねえぞ。」


ぎょっとして振り向くと、買い物袋をぶら下げた銀時が日向に立っている。
階段の下の日陰にいた新八の目に、その姿はかすんで灰色に煤けて見えた。汚れたべスパと同じ感じに見えた。
咄嗟に言葉が出ない新八の手からカギを取り上げて、銀時は嫌らしく笑った。
「油断も隙もねえな、お前。」
なんで僕は言葉に詰まってるんだ、と思う。しかし言い返せない。

銀時は、新八を押しのけてシートに座るとハンドルを取った。
そして、新八から取り上げたまっさらなカギを、新八の逡巡などものともせずにあっさりとカギ穴に差し込んでしまった。
「こうやんだよ。」
と、いとも簡単にエンジンをかけ、わかったか、と訊く。
「はい。」

新八の返事を聞いた銀時はカギを回してエンジンを切りカギを抜くと、それを何でもないようにまた新八に投げて寄越した。
新八は無造作に手の中に戻ったカギを、初めて受け取った時と同じように拳の中に握り込んだ。
カギを差し込んで回して、キックを使えばエンジンはかかる。

「銀さん。僕、これに乗ってもいいんですか。」
使い方は、たった今、誰でもない銀時が教えたのだ。

しかし、銀時は、2秒ほど考えて、
「…なわけねえだろ。」
と答えた。




新八にはやはり、銀時のすることがよくわからない。
銀時のすることは常に妙に恣意的で、何か含みがありそうで、どこかにある本意を察することができない自分が至らないのではないかという気がして不安になる。

新八は、自分では動かす事を許されないベスパを見て、やっぱり格好いいな、とまた思った。
そして、使うあてもなくただ預けられただけのカギを、掌が破れるほどにもう一度強く握り込んだ。









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