搾取

搾取されていると感じる。

日ごと夜ごと、これは搾取だと感じている。

しかも搾取されたものは、僕の目の前で無残に捨てられる。





僕の淹れたお茶を銀さんが何でもないように飲むのを見ている。

僕は雑誌を読むのを中断して、立ち上がり台所まで歩き、やかんに水を入れて火にかけ、湯を沸かして、急須に茶葉を入れたのに注いで、茶が出たら茶碗に注いで、それを持って戻って来て、長椅子にぐったり伸びている銀さんの前に腰を屈めて、こぼれないように注意を払って置いてやった。

そういう僕の労力をまるで無いものみたいに、銀さんが、今自分で茶を飲んでいる事にも気付かないような何でもなさで飲んでいるのを、僕は黙って見ていた。


ご感想は?


僕は黙ったまま雑誌を開き直した。
茶を淹れる前に読んでいた部分がどこだったか、僕は見失っていた。
でも構わない。
最初から、内容なんか頭に入って来ていなかったから。

僕は雑誌を開いたまま、細かい模様と色が印刷されただけの紙の表面に目を滑らせる。
銀さんがどっかから持ってきた雑誌は、全然僕の興味のない記事を羅列していた。
僕の目はその上をただ滑るだけだった。

「暇なんだったら、」

銀さんが、中身が殆ど減っていない茶碗を手の中で弄びながら言った。

「どっか出て来てもいいよ、お前。」

「どっかって、どこっすか。」

雑誌では、如何にも銀さんが好きそうな女の、でかい胸が下着からはみ出しかけていた。
僕はこういうのは好みじゃない。
じゃあどういうのが好みかというと、その辺はぼんやりしていて、よくわからない。
もどかしいくらい、わからない。

「行くとこなんか、別にないし。」

銀さんはふーん、と鼻で返事をすると茶碗をテーブルに置き、体をこちらに伸ばして、腕も伸ばして、僕の手から雑誌を取り上げた。

そして俯いて、印刷された女の下着からこぼれかけている胸をしばらく眺めた後、言った。

「行くとこくらい作れば。若いんだから。」

俯いた銀さんの首から肩にかけての骨格が僕の視界の大半を占めている。
見慣れた室内の建具と、見慣れた銀さん。
見慣れるほど、僕はここに来ている。

「うるせぇよ。ほっといて下さいよ。」

テーブルの上に置き去りにされた茶は、多分すっかり冷めてしまっていた。

僕には行くところなんかなくて、だからずっとここにいる。
と、銀さんは思っている。
僕はそう思っている銀さんに、どうせ残って冷めてしまう茶を甲斐甲斐しく淹れてやる。

搾取されている、と感じる。
そして、搾取されたものは僕の目の前で捨てられるのだ。
それなのに僕は、何度でも茶を淹れてやる。
そうせずにはいられないから。




銀さんの俯いた頭のてっぺんの髪を強く掴んだ。
掴んで持ち上げる。

僕の足が乗り上げたテーブルが揺れて、冷めた茶がこぼれ、テーブルに広がった。
それだけでは足りずに床に落ちた。




頭を持ち上げられた銀さんの表情は、狡く笑っているようで、同時に諦めているようで、
その表情を見た時僕は、茶を残された時よりも、どこかに行けと言われた時よりもずっと、
搾取された僕の想いは捨てられていると感じた。









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