幽霊(1)




父親の姉聟だという人とは、あまり打ち解けられなかった。

その人に連れて行かれた一族の墓所は町を見下ろす高台にあり、眼下に平べったく広がる町並みの向こうに海の水平線が迫っているのだけが気に入った。
姉は今後後見人になる見知らぬ初老の男に気に入られようと必死で、本来、人にへりくだったりするのが苦手な彼女がそうする様を見るのは、新八にとって苦痛だった。
姉が男と痛々しい会話をする場から、手洗いに行くと嘘をついて新八は逃げた。

父親が死んで、自分達が姉弟二人きりになったのは今年の春の事だ。
まだ半年も経っていない。
人の死はまだ新八にとって生々しい現実で、だからそれが、仏事などの儀式の対象になる事には強い違和感がある。
ばかみたいだ。
と、打ち解けられない縁戚と姉の背中を見ていると思えた。
お金を払ってお坊さんを呼んでお経を上げてもらったり、今まで会ったこともない人を叔父さんと呼んで可愛らしい子供のふりをしたりするのがばかみたいだ。

死の記憶が生々しい新八には、生きるということが、ばかみたいに思えて仕方なかった。

一族の墓がある新しく区画整理された墓所を抜けると、古い無縁墓が半ば朽ちていくつも捨て置かれていた。更に進むと、大学の医学部の実験動物の供養塔があった。それも横目に新八はどんどん進んで行った。

進むごとに道は悪くなって、辺りは暗くなった。見上げると、幹が苔むした木々が捩れた枝を張り巡らして、空をまだらに覆っていた。何日も快晴が続いているというのに、湿った土の上に浅い足跡が付いた。

気が付くと、少し広い場所に出ていた。暗く湿っぽいのは変わらないが、立ち並ぶ木々の向こうに、先程見下ろしていた町並みと水平線が見えた。どうやら、この先は崖になっているようだった。
人の背丈程ある何かの碑があった。近付くと、碑は真ん中から折れて人の背丈程になっているのがわかった。折れた先は濁った水溜りに浸かっていた。辛うじて昭和何年、と彫られているのが読めるが、残りは風雨のせいか磨耗していて読めない。
こんなところに何の碑だろう、とその後ろ側に回り込み、回り込んで改めて碑を調べようとした時、新八は視界の端にそれを見た。

それは、崖の際の所に横向きに立っていた。
立って、町並みを眺める風だった。
新八からは、その横顔が見えた。

この世ならざるものだという事はすぐにわかった。

それを通して、向こうにある明るい町並みが透けて見えたからだ。




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