下克上


新八は、やだなあ、と思っていた。
ソファの隅にちまっと座って、やだやだ、と思っていた。
やだ。ああやだ。早く帰りたい。

場所はいかがわしいキャバレーだ。紫色やピンク色のライトが赤い絨毯に影を作っていて、壁や調度には無駄にぴかぴか光るもんが飾られて、気色悪いライトをしきりに反射している。その空間を動き回るのはケバい格好で着飾った女、のふりした男だ。ここはそういうキャバレーだった。キャバレーっていうかオカマバー。
月末が近付き、経済がやばくなった万事屋は西郷の店でバイトをさせてもらっているのだった。

ああ、やだなあ。
新八はまた思った。
業務内容は銀時と自分がフロアレディ、神楽が用心棒だ。
なんでやねん。
と新八は思った。新八は武家の子息なのだ。厳格な家風の中で育てられた侍の子なのだ。それが、ヒラヒラした振り袖着て付け睫つけて酔っぱらったオッサンに尻を撫でられる仕事。なんでやねん。いくら米がないからって、なんでやねん。
側では、自分に侍道を教えてくれてるはずの真の侍が

「もぉやだぁ、カタクリ子ちゃんったらぁ。パー子の乳首はそんなとこには付いてないゾ」

とか言っている。

死にたい。
早く死んで、生まれ変わりたい。生まれ変わって、男塾に入りたい。
だいたい、なんで西郷はマドモアゼルなのか。せめてマダムだろう。何を思ってマドモアゼルなのか。理解できない。そしてそういう理解できない人物に頼らないと、明日のご飯が食べられないこの状況にどうしても納得できなかった。

「松平殿。貴殿のごとき地位も名誉もある人間が、そのようなアバズレと戯れるのは如何なものか。乳であれば、このヅラ子にも付いている。アバズレなどより、この俺の乳をまさぐるがよい」

「おお〜うヅラ子ちゃん。今日も中森明菜みたいで綺麗だよぉ〜ぅ。じゃあオジサン、ヅラ子ちゃんの乳首も探しちゃおうかな〜〜」

「てめえヅラ!貧乳はすっこんでろ!カタクリ子ちゃんは今俺の乳を探してんだ!」

「黙れ。巨乳は頭が悪いというのが通説だが、まことであったようだな。さあ松平殿、俺の乳を」

江戸屈指の倒幕派のリーダーが、江戸守護職の最高指揮官に乳首を探させている。
いやだ。嫌すぎる。
新八は全てを捨てて都会に出てロックンローラーになってマリファナとかをキめながら『ファックオフ』とか叫びたくなった。
しかし、ここは既に都会だった。そして、ご飯が食えないようではお腹が減ってギターだって担げない。

仕方ない。堪え忍ぶのも武士道の修行だ。

「ねえカタクリ子ちゃぁん、そんな貧乳なんか放っといて、アタシと社長と秘書ごっこしましょうよぅ」

「愚かな。そのようなあからさまな遊びで大人の男が満足できるものか。松平殿、ここは俺と秘密の花園ごっこを」

「いやあ〜オジサン、M(もてて)M(もてて)K(困っちゃう)だよ〜」

オッサンも何考えてんだ。そんなでかいオカマに挟まれて、何が楽しいんだ。バカか。バカなのか。なんだ秘密の花園ごっこって。

「んん〜?おやぁ〜?…そういえば君」

世の中に対する怒りを込めてアイスピックで氷を粉々に砕いていた新八にオッサンが話し掛けてきた。

「エ…」

顔を上げた新八に、オッサンは、お名前なんだっけ、と訊いた。訊きながら上から下まで舐めるようにいやらしい目で見てくるオッサンを手にしたアイスピックで滅多刺しにしたくなるが、新八はギターを担いで都会に出てファックオフと叫ぶために、ぐっと堪えて

「…ぱちえです」

と答えた。

「ふぅ〜ん。ぱちえちゃん。…ぱちえちゃんはいくつかな?」

「…16です…」

「16!ほほぉ〜16かあ!16!」

うるせーよ16だったらなんだ、と思う新八の横にオッサンは銀時を押し退けて割り込んできた。

「ちょ…カタクリ子ちゃん、そんなガキはどうでもいいじゃない」

押し退けられた銀時が不満を漏らしたが、オッサンは

「いやいや〜可愛いね〜。16」

銀時を無視した。

「………」

その時、新八は見た。
銀時が、かつて向けた事もない表情を新八に向けたのを。

「16さいかぁ〜。じゃああれかな〜、ぱちえちゃんは、じょしこおせいかな?」

割り込んできたオッサンは、俯きぎみの新八を覗きこむようにしてくる。近い。膝が近い。顔が近い。

「…いや。アノ。学校は」

「おんやぁ?行ってないの?ダメだよぉ〜、学校行かなきゃ」

「…ウチ、貧乏なんで…行けなくて…」

新八がボソボソと答えると、オッサンは天井を仰ぎ、OH!と声を上げた。

「な〜んてこったい!こんな可愛いぱちえちゃんが、そ〜んな苦労をしているとはよ〜ぅ」

可愛い?
なに言ってんだオッサン。僕、男子なんだけど。オタク寄りの地味な童貞なんだけど。
可愛くねぇだろ、別に、そんなもん…。可愛いとか…違うだろ…。

「松平殿。確かにそれは年若いかも知れぬが、ただそれだけのガキだ。そのようなつまらぬものに構う事はない。それよりも円熟した俺のごとき大人の女と、いざ秘密の花園ごっこを…」

「そうよそうよ!そんなガリッガリの小娘なんかどうでもいいじゃない!ホラ!こっちで壇密ごっこしましょうよ!オラ!こいやオラ!」

「ちょ…やめて〜よ〜パー子ちゃん。オジサンの腕が取れちゃうよ〜ぅ」

なんだ。なんだこの状況。
そして、なんだ銀時が自分を見るあの目は。まるで、敵を見るようなあの目は。

「助けてぇ〜ぱちえちゃん」

オッサンは新八の膝に俯せて、髪や背中を引っ張る銀時や桂の手に悲鳴を上げた。

「…あの。銀さん。嫌がってます。やめたげて下さい」

「っせえ!…つうかお前さっきから何のつもりだ。ちょっと若いからって勘違いすんなよ」

「銀時の言う通りだ。若さだけを武器にするガキんちょが我らに敵うとでも思っているのか」

「ぱちえちゃん〜。怖いよ〜」

オッサンは新八の膝で泣き真似をしている。どうしよう。
新八は悩んだ。
わけがわからなかったが、とりあえず泣き真似のオッサンを宥めようと、オッサンの頭をヨシヨシした。

「ぱちえちゃんは優しいなあぁ〜。よォ〜し、オジサン、ぱちえちゃんに、欲しいもの何かひとつ買ってあげよぉ〜かな」

オッサンは新八の膝に俯せ、膝小僧を掌で粘っこく撫でさすって言った。

「えっ!そんな、ダメです。そんな…」

「んん〜、そぉいう控えめな態度がオジサン心を擽るのよ〜。なあに、なあにが欲しいのかな、なんか言ってみな」

「………」

そんな、よその人になんか買ってあげるとか言われたのは初めてだった。
どうしよう。
新八は困惑した。
しかし困惑しながらも、得体の知れぬ何かが暗闇から首をもたげ這い上がってくるのをはっきりと感じていた。心の深淵に棲まう、得体の知れぬ何かが。

…なにこれ。
…やだこれ。

その時、銀時が

「パー子、どんぺりにょんが飲みたいなあ!」

場違いな位にでかい声を出した。
オッサンは

「ああ、飲め飲め」

銀時の方を見もせずに言った。

「………」

「ぱちえちゃんわ〜、お腹が減ってるんじゃ〜ないの〜?なんでも頼みなよ〜?オジサンが〜食べさせたげるからね〜い」

「じゃあ…お寿司…」

「はい、お寿司一丁!」

オッサンは即座に新八の望みを叶えた。
なんだこれ。まるで…まるで魔法のようだ。

まるで魔法のようだわ。

「ぱちえちゃん〜はぁ〜、常勤なのぉ〜?」

「イエ…あのぅ、臨時なんですぅ。時々だけ出てますぅ」

「えぇ〜?じゃあいつ?いついるのぉ〜ん?」

「決まってないんですけどぉ…」

「ああ〜ん、そぅなのぅ〜?オジサン、さびしいなあぁあ〜」

「あ、でもぉ、ソレが出てる時はぁわたしもいるんですぅ」

新八は、ソレ、と言いながら銀時を指差した。

「て…てんめえぇ、ぱちえぇぇ!思い上がんのも大概にしろよ!」

ソレ扱いされブチ切れた銀時が松平を蹴飛ばし、新八に掴みかかった。

「うっさい!オバサンは黙ってなよ!」

「なにいぃ!つ、ついに言いやがったな!もっぺん言ってみなさいよコラァ!」

「オバサンのくせに!オバサンのくせに!」

「二回も言ったな!」

キイイ!と喚きながら銀時が新八をビンタした。テーブルをひっくり返して倒れた新八は、直ぐ様立ち上がり銀時のツインテのエクステを引きちぎった。

「銀さん、あんたは亡霊です!ブイブイ言わせてた過去の栄光に囚われ、妄執する生きた亡霊です!もう、あんたの時代は終わったんだよ!」

「ほざけションベン臭ぇツルペタが!若い時なんか一瞬なんだからな!一瞬で通り過ぎるんだからな!」

銀時はキイキイ言った。

「羨ましいんですか?この負け犬が!負け犬負け犬!」

新八も負けずにキイキイ言った。

新八と銀時はキイキイ声で罵り合い、掴み合い、引っ掻き合った。





松平は新八に、一万円分のクオカードをくれた。

新八は帰りがけコンビニに寄った。
そしてクオカードを使ってイチゴ牛乳を買い、銀時に差し出した。

「…あの。すいませんでした、負け犬とか言って…」

「………」

「大丈夫です。銀さんもまだまだいけますよ。大丈夫ですよ。……ギリギリ」

銀時は差し出されたイチゴ牛乳を受け取るなり、地面に叩き付けた。

「ギリギリって何!」

喚くと、泣きながら走って行ってしまった。



傍で見ていた神楽が新八の肩に手を置いた。

「ついにお前も銀ちゃんを超えたアルな。おめでとう」

神楽の言葉に新八は、うん、と頷きながら、しかし内心では激しく、なんでやねん、と思った。

なんでやねん。僕、なんでやねん。

なんかもう侍道も道場再興も、全てを捨てて都会に出てロックンローラーになって、マリファナとかをキめながら『ファックオフ』とか叫びたい、と新八は思った。









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