体重
銀時の体重が65sだというのが、新八にはどうしても納得できなかった。嘘だと思えて仕方なかった。
新八の重さは55sだ。
僕+10s=銀さん
この計算にどうしても違和感を覚える。
僕+2Lのペットボトル5本=銀さん。僕+一番でかい米袋=銀さん。
嘘だ。
この男は嘘を言っている。
自分に有利になるように、事実をねじ曲げている。どういうふうに有利になるのかはわからないが、とにかくねじ曲げている。
姉上だって、マックス太った時68sまでいった。それなのに銀時が65sくらいで済んでいるはずがない。
ちなみに、身長については問題はない。
測ったからだ。
泥酔して寝ているところを見計らい、引きずって、足の裏を柱に付けて体をまっすぐにし、頭に下敷きを当て、鉛筆で床に印を書いた。そして銀時をどかし、歪みのないメジャーでたわまないよう留意しながら柱から印までを計測した。177pだった。正確には176.85くらいだったが、.15くらいなら誤差の範囲として認められる。
しかし体重は。
侍たるもの科学的でないといけない、と新八は思う。
嘘、大袈裟、紛らわしい、そういう人心を惑わせるような在り方は侍として好ましくない。一応新八は銀時をリスペクトしているという立場なので、ちゃんとしててもらわないと困ると思った。
ついては、銀時が65sであると、あるいはないと科学的に立証する必要がある。嘘、大袈裟、紛らわしくない形で銀時の重さが65sであると、あるいはないと立証しなければならない。
僕の見てる前で体重計に乗って、とお願いするかとも思ったが、そういうお願いをすると、多分銀時は
なに言ってんのこの子
みたいな目で新八を見るだろう。
そして、もし本当に65sだった時
それみろ、それみろ
みたいな勝ち誇った態度を取るだろう。
わけのわからん事を言った、とか、人の事を信用しないでこんなことまでやらせた、とか思われてしまうのは絶対嫌だった。プライドが許さなかった。
だから、体重計乗って、は言えなかった。
新八は悩んだ。
どうしたら銀時の体重を正確に知る事が出来るのか。
そうだ。
なにも銀時に自ら体重計に乗ってもらう必要はない。
身長の時みたいに、意識がない状態のところを、自分が持って、それで自分が体重計に乗ればいいのだ。そして確認した数値から新八の重さ分55sをひいた残りが銀時の重さだ。
名案だと思ったが、その瞬間、頭のはしっこに、身長の時に銀時を引きずった際の記憶がふっとよみがえった。
銀時は重かった。
引きずるだけで、新八は結構苦労をした。
あれを持ち上げるのか。そして、少なくとも数秒間、持ち上げたままの形を保持するのか。
以前、一度だけだが銀時をお姫様抱っこみたいにした事がある。
あの時、新八は腕の筋を違えた。そして一週間くらい治らなかった。
…では、神楽に持ってもらうというのはどうか。
背筋力500sくらいありそうな神楽なら、銀時なんかりんご三個分みたいなもんだろう。
しかし、神楽に頼んだ場合、銀時にも増して新八の事を
なに言ってんのこいつ
みたいな目で見るだろう。
だめだ。プライドが許さない。
手詰まりかと思われたが、解決案はあっさりと見つかった。
それは、象の体重の計り方だった。
ポストに入ってたタウン誌を見るでもなく見てたら、欄外の雑学コラムみたいなとこに書いてあったのだ。象の体重の計り方が。
新八は思わず
「きたこれ」
と呟いた。
その日の午後、新八は買い物を口実に銀時を屋外に連れ出した。真夏なのに珍しく曇っていて、日差しがない分過ごしやすかった。
「銀さん。こっち通って行きたい」
新八が公園の中を突っ切ってスーパーへ行く事を提案した。銀時は別に異論もないらしく黙ってついてきた。
「銀さん。あれ乗りたい」
公園の中にある池が見えてきたあたりで、新八は貸しボートの小屋を指差して言った。銀時は、今度は異論があったらしい。
「いやだ。めんどくせぇ。(料金が)たけぇ」
「いいじゃないですか。お金は僕が払いますから。ね」
「いやだ。めんどくせぇ」
「僕が漕いであげますから。ね。僕…、前から銀さんと二人でボート乗りたかったんです…」
「いやだ。めんどくせぇ」
ぶっ殺してやろうかと思ったが、新八は耐えた。ここでヘソを曲げられては、せっかく発見した科学的計測法が実行できなくなるのだ。
「そんなこと言わないで。きっと水の上は涼しいですよ。ね。ね。ね?」
新八は食い下がった。
その様子に銀時は何かを感じたらしく、疑わしいものを見る顔をした。
「なんだよ。なんでそんなにボート乗りたいんだよ。なんか考えてんだろお前」
やべえ。
新八はやべえと思った。
功を焦り過ぎた。これ以上何か言うのは逆効果だ。
新八はいきなり銀時の胸に抱き付いた。
抱き付き、銀時の左右の鎖骨が作る窪みに鼻先を埋めさらに押し付けた。
「そういうんじゃなくて、僕、ほんとに銀さんとボートに乗りたいの。ねえ、いいじゃんたまにはこういうのも。…銀さんを独り占めさせてくださいよ」
と鼻にかけた声で言い、銀時の着物の胸の辺りを掴んでいる両手をキュッと握った。
銀時の鎖骨に埋めた顔を新八はにやりと笑わせた。この身長差でこういうことをされて抗える男がいるわけがない。先日、自分が神楽にされた時に思い知ったのだ。神楽にこれをされた自分は、2ヶ月ぶりの肉であるハンバーグを奪われ、神楽が床にこぼしたハンバーグと割れた皿の始末を気が付いたときにはさせられていた。しかも、結構いい気持ちでそれらを行っていた。
抗えないのだ。本能に訴えかけられ、そして発動した本能の奴隷になるのだ。
さあこい。
のってこい。
奴隷になれ銀時。
「…なにそれ」
しかし新八の思惑に反して銀時の声は冷静だった。
銀時は年齢がいっている分、すれていた。だが新八も、すれている銀時の扱いには慣れている。この程度の事ではへこたれなかった。なんせ新八は、しつこい人間だった。
「いいじゃんたまには。甘えさせてよ。…好きなんです銀さん。銀さんとイチャイチャしたいんです」
「…………」
銀時は釈然としない顔をしている。
しかしその表情には拒否だけでなく迷いがあった。
新八はその迷いを見逃さなかった。
新八の目はでかい。そのせいで年よりも若く見られるのが悩みであったが、この時ばかりはそれに感謝した。父上母上、僕をでかい目に生んでくれてありがとうございます。
新八はでかい目を可能な限り潤ませて銀時を見上げた。
そして、得意のギャルっぽい声音をつくって言った。
「銀さん。お願い…」
新八は勝利した。
相変わらず釈然としないながらも、ちょっと気持ちよさそうな顔をしている銀時がボートに乗り込むのを勝利者の目で眺め、
「僕が漕いであげますからね」
とオールを取ろうとした。
が、
「いいよ。俺がやるから」
かわいいものをかわいがりたい欲に目覚めた銀時が制止した。
「いいんです。銀さんは座ってて下さい」
「いいから任せとけよ」
いや、そうはいかないのだ。
自分がオールを握り、銀時は身動きせずじっとしていてもらわなくてはならない。イニシアチブを取られてしまっては、象の体重測定がやりにくくなる。
「いいんです。もういいんです。だから…僕に任せておいてください」
と、新八は銀時の手をそっと取ったが
「いや、いいから。絶対俺の方が上手いから。どうせお前ボートなんか漕いだことねぇだろ」
意固地になり始めた銀時は新八を侮辱する発言をし、新八が取った手をペッと振り払った。
新八の血圧が上がった。
「ボートくらい漕いだ事あるし」
「あん?いつ?どこで?誰乗せてたの?姉ちゃんか?たかちんか?どうせ3メーターくらい行ったとこで息切れてゴリラ姉ちゃんに代わってもらったんじゃね?」
「なんだとコラ!てめえ大概にしとかねぇとここで犯すぞ!」
「やってみろよ童貞が!」
新八は銀時を張り倒した。
しかし銀時も黙ってはおらず、このDV小僧、などと喚いて新八に掴みかかった。
ボートが激しく揺れた。
新八は、ハッとした。
いかん。当初の目的を忘れるところだった。
その時、銀時のグーが新八の顔面に向かってきていた。
新八は見えていた。
しかし避けなかった。敢えて。
新八は殴られた。わざと。
「………」
殴られて痛む頬を新八は手で覆った。
突然大人しなった新八を見る銀時は少し焦っているふうに
「おい…」
と声をかけた。
「ごめんなさい銀さん…」
「え?」
「僕、ほんとに銀さんとイチャイチャしたかったのに…僕が変な意地張ったから…」
「いや…」
「僕、こんな自分が嫌いです。こんな自分が嫌でちょっとでも変われるかなと思って銀さんといるのに、変わるより先に銀さんに嫌われそうで…」
新八は俯き、両手で顔を覆った。
新八は、しつこい人間だった。目的を果たすまでは何があろうと諦めなかった。手段も選ばなかった。
「…そんな大袈裟な」
銀時が怯んだ。
勝機。
「ごめんなさい銀さん」
「別に…謝られるようなことはなにも。…殴ったの俺だし」
「ありがとうございます!」
何がありがとうなのか全然自分でもわかんねぇけど新八は礼を言い、そしてよくわかんない展開にボーッとしている銀時の傍に落ちていたオールを自然に奪った。
「あ…」
銀時は何かを言いかけたが、新八はその隙を与えず、殆どカヤックみたいな勢いでオールを漕いだ。
銀時はまた何かを言おうとしたが、新八の表情があまりにもマジだったので、黙った。
池の端のあんまり人目につかない場所に来た。
「よし」
と新八は言った。
なにがよしなのか全くわからない銀時は膝を抱えて座っていた。
「あの…ボート上手だね。漕げないとか言ってごめんね」
謝った銀時に新八は
「え?なにがですか?」
と返した。
ここならいいだろう。ひと気もなく、水面も穏やかだ。
象の体重を計るのに最適だ。
「いや、何でもない…」
会話の噛み合わない、コミュニケーションが成立しない新八を銀時は諦め、水面に浮かぶ葉っぱをアンニュイな眼差しで見詰めた。
そのような銀時を余所に、新八は突然立ち上がった。
そしておもむろにボートの縁を跨いで、ドプンと池に入った。
「えー!?」
「動くな!じっとしてろ!」
水面から顔だけ出した新八は厳しく言った。
そしてボートの揺れがおさまった頃を見計らい、袂からマッキーを出しキャップを外した。
ボートと水面の境目に、新八はマッキーで線を一本引っ張った。
「よし」
なにがよしなのか全くわからない銀時を余所に、新八はボートの船縁に手をかけ、ボートに乗り込んだ。そして
「じゃあスーパー行きますか」
と極めて事務的な淡々とした口調で言った。
銀時は、やはり新八は何かを企んでいたのだと察した。
その企みのために、ぎんさんとイチャイチャしたい、とか言ったのだな、と思ったが、そう指摘することは避けた。
新八の企みも、指摘することでまた逆上されるのもめんどくさかったからだ。
早く用事を済ませて帰って寝たい、と思った。
しかし、ビッショビショでオールを握る新八のマジ顔が非常に不気味だったので
「あの…、漕いであげようか」
と控え目に声をかけた。
先程あんだけオールを握ることに固執していた新八は、既にオールに対する興味を失っていて
「あ、ほんとですか。すいません」
とあっさり銀時にオールを渡した。
なんだろう。
と銀時は思った。
これはなんだろうか。あれだろうか。世代間のギャップだろうか。
そうならば、一個人の力では到底越えられはしないだろう。夜回り先生でもない限り。
「あのよ…、お前、ビッショビショだけどいいの?」
「は?…ああ、別にいいですよ。これくらいのリスクは想定内です」
そのビッショビショのままスーパー行くのか、という意味合いで銀時は訊いたのだが、新八は何か別の事を言っているみたいだった。
ジェネレーションギャップだと銀時は思った。
日付が変わる少し前、新八は公園のボート小屋に来た。
懐中電灯で照らし、昼間にマッキーで線を引いたボートを探し当てた。
マッキーの線はくっきり残っていて、科学的計測の下準備は完璧だった。新八は、ふっ、と笑い、笑いながら運んできた体重計を地面に置き、18Lのポリタンク4つの内3つに池の水を汲んだ。
これらは実家の物置から運んでくるには相当な大荷物であったが、しつこい人間である新八には、目的のための労働は苦にならなかった。
新八がボートに書いた線は、ボートに何も乗っていない今、水面からだいぶ上にあった。
水を詰めたポリタンクを3つ、ボートに乗せる。
線はだいぶ下がり、水面と近付いた。
18Lすなわち18s、タンク自身の重さを度外視すれば3つで54s。
あと10s強で65s。しかしそれはどうせ嘘に決まっている。
新八は、4つめのタンクを水で満杯にし、ボートに乗せた。72s。これくらいはいくだろう。
しかし、4つ目のタンクを乗せたボートは、書いた線が完全に水没してしまうくらい沈んだ。
マジでか。
新八は4つ目のタンクの水をちょっと捨ててもう一度ボートに乗せた。
線は、まだ水面の下にあった。
………。
新八は何度か微調整を繰り返し、そして遂に線と水面を一致させた。
4つ目のタンクを体重計で計測する。
16s。
タンク一個が1s(事前に計ってきた)。
銀時の着物木刀ブーツなどの全装備品が2s(事前に計ってきた)。
4s+2s=6s。
水の総重量が18s×3+16s=70s。
差し引き64s。
「嘘だ!」
新八は膝を付き、両方の拳で地面を叩いた。
確かにこの計りかたは誤差が大きい。だが、s単位の誤差は考えられない。
つまり銀時の重さは65sからあたらずとも遠からず、日々の自然な増減を考慮すれば十分65sといえる重さであるのだ。
負けた。
何に負けたかはわからないが新八は負けたと思った。
もっと、10sくらいはサバ読んでると思ったのに。
そしてそんなくだらないサバ読んでる銀時を笑ってやろうと思ったのに。
どちくしょう。
これまでの僕の苦労は何のためだったんだ。
打ちのめされた新八はしばらくそこに踞っていた。
「新八くん?こんな時間になにしてんの…」
踞る新八の背中に声がかかった。
「もう日付変わってるよ。だめだよ未成年がこんな時間に」
「長谷川さん…。教えてください」
「えっ、何」
「事実が望んだ事実と異なることを受け入れがたい時…人はどうすればいいんですか」
用途不明のポリタンクや体重計や電卓や紙が散乱する中に踞る未成年がよくわからない事を言っている。
長谷川は困った。お妙ちゃんか銀さんに連絡をした方がいいのだろうか、と思った。
思ったが、長谷川は大人だった。
それはそれとして、とりあえず今は、このなんなんだかわからないが悩んでいるらしい青少年の問いに誠実に答えるべきだと思った。
「そうだね…。そういう時は、事実を、望んだ事実に近付ける努力をすればいいんじゃないかな」
「そうか…。油ものとかをいっぱい食わせればいいのか…」
長谷川は、新八が望んだ事実というのが何なのか全くわからなかった。油ものを食わすってなんだろう…。
油ものを食わせれば、望んだ事実に近くなるってなんだろう。太らせるって事?
それがこの散乱した物品と何の関係があるのだろう。
「新八くんはポッチャリしてる方が好みなのかな?…」
「えっ?」
「いや、油もの食わすって事は誰かを太らせたいのかなーって…」
「…………」
どうだろう。
そうなんだろうか。
だが言われてみれば、銀時のあの色白のフニャッとした皮膚には肉がいっぱい詰まっていた方が気持ちいいように思う。
二の腕の内側の微妙に弛んだとことか、そう言えば好きかも、と思った。
「長谷川さん。ありがとうございました。…なんかスッキリしました」
「あ?そう?なんかわかんないけど良かったね。とりあえずもう1時近いし帰った方がよくない?」
「はい。もう1時ですか。日付変わっちゃったんですね」
「うん。たぶんもう帰った方がいいよ」
「はい」
新八は立ち上がった。
見上げると空には夏の星座が光っていた。
「長谷川さん…」
「な…なに?」
「僕、今日、誕生日なんです」
新八は、ふっ、と笑った。
長谷川は、どうしようと思ったが
「それはおめでとう」
と言った。長谷川は大人だった。
まさか、最初のおめでとうを長谷川に言われることになるとは。
人生はわからない。
新八は微妙な笑顔を浮かべながら、
僕は一体何をやってんだろうか
と思った。
あと、自分に肥満体型を愛でる趣味があるかもしれないという事実にも軽くびびっていた。※よく考えたら、計算が間違っていました
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