リクエスト文(つづき)
2013/03/18 13:27
「あ、おはようございます銀さん」
厠からコソコソ出てきた僕に新八君が言った。僕は、やっちまったという罪悪感に苛まれながら出勤して来た彼を見た。やっちまった直後に自分と対面するという、このいたたまれなさ。目が泳ぐ。
そして、泳ぐ目で見ても間違いなく新八君は新八君だった。目2つ鼻1つ口1つ。中肉中背。眼鏡。他、取り立てて言うべき特徴なし。…見れば見るほど新八君だ。
「おはようございます。ちゃんと起きたんですね」
「えっ…、あの」
「なんすか『あの』って。挨拶くらいしたらどうですか。ほんとにあんたは。いい大人が。情けない」
そして、言うことまでが見事に新八君だ。
どうするよ、コレ新八君じゃん。完璧に新八君じゃん…。
そして、新八君に対峙する僕は今、銀さんだ。
だったら銀さんみたいな口調でおはようと言うべきなのか。外見に合わせ、坂田銀時らしい言い方でおはようと言うべきなのか。でも銀さんみたいな口調ってどんなんだ。銀さんってどうやって挨拶してたっけ。わからない。銀さんのキャラがわからない。
「なんですか。人の顔ジロジロ見て」
「いや、…」
いや、それよりも。
こいつは誰だ。新八君なのはわかるが、新八君の中身は誰なんだ。
「あの…。えっと、もしかして、…あんた銀さん?」
新八君が銀さんに収納されているなら、新八君に収納されているのは、銀さん。なのではないだろうか。
そう思った僕は、目の前の新八君にそう言ったのだが、
「は?……いや、銀さんはあんたでしょうが…」
新八君は物凄い怪訝な顔をした。それから、眉を下げた心配そうな顔をした。
「…どうしたんですか。大丈夫ですか。また頭がアレになっちゃったんですか」
「いや…なってねぇ、と思うんですけど…」
新八君のあまりの新八君っぷりに、真の新八君である僕はおののいた。口調は銀さんでないどころか新八君ですらない。
真の新八君であるはずの僕が、新八君らしさに関して目の前の新八君´に遅れを取っている。
待ってくれ。新八君は僕だ。いくら新八君っぽくても、こいつはただのポッと出の新八´なんだ。
「銀さん疲れてんじゃないですか。昨日忙しかったし。ホラ、ごはん作ってあげますから、手洗って下さい。精液付いてますよ」
新八君´は手を伸ばして僕の頭を優しくポンポンした。
「………」
付いてたのか。ちゃんとトイレットペーパーで拭いたつもりが、付いてたのか。
恥ずかしくて言葉に詰まる僕は新八君に頭をヨシヨシされながら、
新八君、やさしっ
と思った。
僕、こんな優しいか?どうだっけ?
きたねーな、寄るんじゃねぇこのゴミクズが、とか思いそうだけど。いやでも、そう思いながらとりあえず優しくするかも知れない。
どうだろう。わからない。
僕のキャラがわからない。
新八君のキャラがわからなくなって混乱する僕こと新八君は、謎の新八君´にヨシヨシされてなんか泣きそうだった。
「はい、どうぞ」
新八君がごはん茶碗にごはんを盛って渡してくれる。
「………」
僕は未だに銀さんのキャラがわからず、かといって新八君の前で新八まるだしになる勇気もなく、結局黙って受け取るしかなかった。
飯なんか食っとれるか。
いっそテーブルをひっくり返したい。
しかし茶碗に盛られたごはんはホカホカで、お味噌汁はアツアツで卵焼きはツヤツヤで、おまけに鯵の開きまで付いていた。見ていると、昨夜から12時間くらい何も食べてない事を思い出さざるを得なかった。
「たくさん食べて下さいね。昨日、依頼金入ったから取っといた鯵も焼いたんですよ」
新八君は、しゃもじを手に小首を傾げて、でかい目を健康的にきらきらさせながら笑った。優しい…。
「………」
僕は、炊きたてごはんを食いながら思った。
誰だ。
誰なんだ。
こいつは誰なんだ。
そしてなんだこの飯は。絶妙の水加減で炊き上げてやがるじゃねぇか。そしてこの味噌汁。薄くも濃くもない、適量極まりない味噌の量。
僕ってこんなハイスペックな朝ごはん作れるっけ。僕ってこんなハイスペックな少年だっけ。
「今日、無口ですね」
「えっ!…そ、そうかな」
「無口ですよ。やっぱ熱でもあるんじゃないですか?」
と言うや新八君はしゃもじを置いて、僕の方に身を乗り出し、掌を僕のおでこにあてた。
「………」
「うーん。熱はないみたいですね」
ひやっ、とした掌でおでこを覆われる。冷たくて乾いていて気持ちいい。
「でも悪くなったらよくないから今日は大人しくしてて下さいよ。今あったかいお茶淹れますから」
「………」
…新八君、やさしっ。
僕こんな優しかったっけ。僕こんな事言うっけ。
日頃の不摂生が祟ってんだよ、いい加減体調管理くらい出来るようになったらどうだこのゴミクズが、とか思いそうだけど。
でもそんな事思いつつ、こういう風に言うような気もする。
わからない。僕のキャラがわからない。僕ってどんなんだっけ。
「何ぼーっとしてるんですか。やっぱ何かおかしいですよ」
…新八てめえ、どんだけ新八なんだ。お前が新八すぎて段々自分が何なのかわからなくなってくる。
「し…新八…?」
「はい」
即答だよ。
やっぱこいつ、新八なんじゃね。
でも、そしたら僕は何?この30歳前後の、成長が終わりきり後は衰えるだけの男の体に収納されている自分は何なの?そして、僕が占有している銀さんの中からいなくなってる銀さんは一体どこに行ったんだ。
「君、新八君だよね…?」
「……ほんとに大丈夫ですか、銀さん」
その口調は、とてもじゃないが銀さんが中に収納されている感じの口調ではない。
僕はテーブルの上を見る。
ホカホカごはん、アツアツお味噌汁、鯵の開き、そして卵焼き。
卵焼き。
僕は、ハッとした。
そうだ、卵焼き。
もし、この新八君の中に銀さんが収納されているなら、この卵焼きはダダ甘いのではないか。僕は卵焼きに砂糖をぶちこむのなんか、頭のおかしいクレイジーな奴の所業だと思っている。卵焼きはだし巻きに限る。塩だけで薄く味付けしただし巻きに醤油を落とす。これだ。これが卵焼きのあるべき姿だ。
しかし銀さんは頭がおかしいから、卵液にアホみたいに砂糖をぶちこみダダ甘い卵焼きを焼く。
もしもこの新八君の中身が銀さんなら、この卵焼きは嘔吐を誘発する位に甘いはずだ。
チキショー銀時めが。やたら小器用なモノマネなんかして人の事を弄びやがって。どんなに上手に真似たって、味覚までは装えまい。
僕はツヤツヤの卵焼きを口に入れた。
「………」
卵焼きは、全然甘くなかった。
上品なだし巻きだった。
「何でだよぉぉぉぉ!!!」
「ぎ、銀さん?銀さんしっかりして下さい銀さん!」
目の前に、薄ぴんく色の液体が置かれる。
いちご牛乳だ。
僕の前に、その人工香料と甘味料のミックスみたいな飲料を置いた新八君は、湯呑みに番茶を入れてすすっている。
いいなあ…、そっちがいい。こんな工業的に製造された甘いだけのものなんか飲みたくない。
「…ねえ、ちょっと、これ飲んでみない?」
「はあ?いやですよ、そんな工業的に製造された甘いだけのカロリーのドブ水みたいなもん。飲みません」
カロリーのドブ水までは思ってない。
「神楽ちゃんは出かけたんですか」
「うん…。なんか…そよちゃんとナンクロするんだって…」
「はあ、ナンクロ」
僕はソファに所在なく座り、自分自身としか思えない相手と会話する。すごく変な気分だ。ちょっとしたSFだ。それもS(すこし)F(ふしぎ)どころではない。S(すげえ)F(ふしぎ)だ。
「お昼は食べるのかなぁ」
新八君はお母さんみたいな事を言った。
これは確かに僕なら言いそうだ。だが客観的に耳にすると、こんなにお母さんみたいに聞こえるのか、この台詞。
神楽ちゃんはさっき、2時からよっちゃんとのアポで帰宅からよっちゃんとのアポまでの1時間の間になら、僕の相談を聞いてやると言っていた。つまり神楽ちゃんの帰宅は、
「1時くらいになるって言ってたよ」
と僕は答えた。
「そうですか…外で食べてくるのかな…」
新八君は湯呑みをテーブルに置き、それからチラッと僕を見てすぐに目を逸らした。
なんだそれ。よくわからん新八君の動きに、僕は新八君を見た。
伏せぎみの目にかかる意外と長い睫が、可愛らしい感じに見える。着物の襟から伸びる首筋が健気に細っこい。
ううん。
こうして見ると、僕ってやつは僕の理想にはまだまだほど遠い外見なのだな。なんか、もうちょっとくらいは男の渋さみたいなもんを漂わせているつもりだったのに。残念だ。
僕は新八君から目を離し、自分のパッケージになっている銀さんの手を見た。
でかい掌と骨ばって頑丈そうな指が、むかつくがカッケー。右手には剣ダコとかあって、むかつくが渋い。
いい。いいじゃないか。僕は、若さや青春は奪われたが、かわりによく見える目と、かくあるべきと思えるカッケー体をゲットしたのだ。色んな努力や年月を消費することなく、労せずしてゲットした。そう思えば、銀さんに収納されてしまった事もちょっとお得だったかとも思える。というか、そうでも思わないと今すぐにでも死にたくなる。
「…久しぶりですね」
新八君がポソッと呟いた。
「え?」
僕が顔を上げて聞き返すと、新八君は俯いた頬をちょっと赤くして、僕から目を逸らしたままで言った。
「二人きりになるの…」
「………」
頬だけでなく細っこい首筋まで赤くして、新八君は言った。逸らして宙を泳がせているでかい目は、睫が被さって、そしてウルウルしていた。
「意外と二人きりになれないから…。なんか、嬉しい…かも」
なんだ。
なんだこの、この感じ。
僕言うか?こんな事言うか?こんな、なんかこんな感じになるか?
僕は今までの僕の行動を急いで思い返した。銀さんと二人きりになった時の僕の行動、そしてその様子を。
最新の履歴を見ると、先月の末だ。夕方から急に豪雨になった日だ。神楽ちゃんが出先で雨に降られて、そのまま友達ん家にお泊まりした時だ。
僕は銀さんとソファに向かい合わせで座り、そして言った。
『久しぶりですね…。二人きりになるの…』
…言った。言ってたよ。
あの日、僕は妙に気恥ずかしいような気持ちになって銀さんの顔をまともに見る事も出来ずに、
『なかなか二人きりになるとかないから…。なんか…嬉しいかも』
…言った。
間違いなく言った。そしてなんか、こんな感じになった。
「銀さん…」
し、新八。お前はまさしく新八だ。
そして、あの日の新八は、
『ねえ銀さん…。キスしていい?』
と言ったのだ。
えっ?じゃ、じゃあ、今日の新八も…。
今日の新八は、微妙に血の気が引きかけた僕を、まるでなんかを思い切ったように顔を上げて、そして真っ直ぐ見た。
ウルウルの目と真っ赤な頬っぺ。
なにこれ、なにこの可愛いクリーチャーは。
僕ってこんなん?
僕、銀さんからこんなんに見えてたん?
「新八く…」
なんかもう、これ自分なんだけど、自分がこんな可愛いもんだったと知った驚きっつうかなんつうか、何こいつ可愛い。
凄い。僕凄い。
僕、凄いハイスペック。
「銀さん…」
新八君はウルウルな瞳をもっとウルウルにさせて僕を見た。
いや銀さんっていうか新八なんだけど。
「し、しんぱ…」
そして、新八っていうか誰だかわかんないんだけど。
僕はこっちを見る新八君の真っ赤な頬っぺに触れてみようと手を伸ばした。
その瞬間。
壁ドンされた。
…壁ドン、っていうか、ソファの背凭れドンされた。物凄い勢いでされた。
僕の体は勢いソファの座面に倒れて、そして天井を仰いだ視界に真っ赤な頬っぺのウルウル新八君が覆い被さっていた。
ウルウル新八君は僕の耳たぶに唇を最接近させて、切なく掠れた声で囁いた。
「銀さん。…銀さん、キレイです」
耳に吹き込まれた言葉と息で、背筋がゾクゾクになった。
「ななななな…」
僕言うか?こんな事言うか?言うか?
いやらしい目で見やがって、発情しやがったんか?発情しやがったんか、アァ?このド淫乱が!とか思いそうだけど。
…でも。そう思いながら、そんな事言う気もする。
ああ僕って、僕って…。
「…いい?」
新八君の優しい指が、僕の剥き出しになったおでこにかかった髪を撫でるように掻き上げる。
「い…、いい?って?いいってなにがですか?」
動揺のあまり口調が新八になったが、それどころじゃない。
「やっていい?」
新八君は、僕のおでこに口付けながら、まだ着っぱなしな寝間着の胸に手を這わせた。
だ、ダメ。そんな、まさぐらないで。その下には、その下にはあのアニメの女みたいなうっすい色のあれが。
やめて。やだ。感じる。信じられん事に、こんなとこが感じる。どうなっとんだ、この淫乱の体は。
惑乱する僕の胸の上に新八君は顔を伏せ、熱っつい息を吐きながら、
「………ダメだ。我慢できねぇ」
と、堪えきれないように言った。
言い終わるなり、あのアニメの女みたいなあれを、寝間着の上から舐めた。
その辺りがびりびりして、体が勝手に小さく跳ねた。
「ア、…ゃ」
同時に変な声出た。さっきみたいに、意図して出してやろうとしたわけでもないのに変な声出た。
新八君は、僕のそういう様子を僕の胸に伏せたまま見上げ、大きな息を一つ吐くと、クッと口元をひきつらせるような、なんつうか獰猛な表情で笑った。
そして、
「挿れてー」
と地を這うように低い、上擦る声で言った。
その言い方は、なかなかに迫力があってカッケーかった。
…おお。
いい。なかなかいいじゃないか。迫力があって、聞かされる方には少し怖いような、この感じ。なかなかに男らしくてカッケー。
カッケーかったが。
「ア」
新八君は体を起こすなり、弛んでいた寝間着の前を両手で掴み、一気にガバッと左右に全開にした。
「あ!…ちょ、ちょ、ま…。ちょ、まままま」
「メチャメチャにしてやんよ」
…お、おおおおお?!