「さっむ!」

昇降口を出た途端、びゅうびゅう音をたてて吹く風にマフラーを持っていかれそうになって、慌ててぎゅっと押さえつけた。分け目が迷子になった髪の毛はとりあえず放っておく。日没はとっくの前に過ぎていて、寒いのなんの。ぐるぐる巻きつけただけのマフラーをきちんと巻き直したいけど、外したら寒いし、ふわふわと風に泳ぐ端っこを無理やり中にしまい込んだ。ちょっと首がしまったけど気にしない。

「んな短いスカートはいてっからさみーんだよ」

黒いネックウォーマーに顔を半分うずめている清志がそのままもごもごしゃべる。見上げた頭のてっぺんが、前よりも遠くなったような気がする。また、背が伸びた?むかしはわたしの方が少しだけ高かったのになあ、なんて、いつのことやら。

「清志だってズボンはいてるくせに鼻真っ赤じゃん」
「うるせえ轢くぞ」
「きゃあこわーい」

家が隣同士の、いわゆる幼なじみ。だから口の悪さも鋭い目つきも慣れっこだし、意外と面倒見がいいところとか、笑ったらすこし幼くみえることとか、はちみつ色の髪が一番綺麗に映えるのは青空だってこととか、ほかの子よりもたくさん、清志について知ってるつもり。
ズボンのポケットからのっそり出てきた手が、さっきの物騒な言葉とは裏腹にそっと髪に触れて、丁寧な手つきで梳いた。ぐちゃぐちゃのマフラーもほどかれて、これまた丁寧に、きちんと巻き直してくれる。耳や首をかすめたその手は、風と同じくらい冷たい。わたしのぬるい温度の手は、袖の中でもそもそ丸まる意気地なしの役立たず。
清志はさいごにマフラーの端っこを輪にくぐらせて、よし、って、満足そうにつぶやいた。

「ふふ、ありがと」
「鳥の巣みたいな頭した奴の隣は歩きたくねえしな」
「色的にむしろ清志でしょ」
「あ?」
「睨んだってこわくないし」

校舎の壁沿いをぐるりと歩いた先の、ちょうど裏のところにある自転車置き場。いつものところにある見慣れた自転車に駆け寄って、まだのんびり歩いている清志に向かって手のひらを差し出して催促する。ひゅっと放られた鍵は、きれいな弧を描いてわたしの手の中にすとんと収まった。鍵を差して押し込むと、ガシャッ、と、少し錆びた音が響く。ハンドルを握ってスタンドを蹴れば、サドルは腰の高さにあった。そろりとペダルに片足を乗せてみる。

「短足のくせに無理すんな」
「身長差!ですけど!」
「じゃあ、チビのくせに無理すんな」

清志が笑いながら、スポーツバッグをカゴに放り込んだ。重いのと、勢いがついていたのもあってハンドルを持っていかれそうになったけど、すかさず支えられてはなんとか持ちこたえる。「あ、」思わず声に出していた。重なった手が思っていたよりもずっと冷たくて、なんだか急に、さみしくなる。

「おい、どうした?」
「コンビニ寄らない?」
「はあ?」
「肉まんが食べたい」
「いいけど奢れよ」
「えー」
「ほら行くぞ」






レジにある透明なケースの前で、ひとりでううんとうなる。肉まんはただの口実だったわけだけど、いざ目の前にするとあんまんも気になるし、はたまたピザまんもいいなあなんてゆれるゆれる。あ、おでんもおいしそう。
結局、肉まんとピザまんをひとつずつ買った。雑誌コーナーでジャンプを立ち読みしている清志に声をかけて、コンビニを出る。外はもっと暗くなっていて、相変わらず風がびゅうびゅう吹きつけてくるけれど、きちんとマフラーが巻いてあるからへっちゃらだ。
寒いねえ、なんて言いながら近くの公園に移動して、いつものベンチに並んで座った。

「ほら、やるよ」
「え?」

ほかほか湯気をたてている肉まんを差し出したら、ペットボトルのミルクティーを渡された。もちろんあったかいやつ。いくらかきいたら「いらねーよ」だそうで。…ずるいなあ。肉まんを半分に割る指先に視線を落として、小さなため息。

「いつの間に買ったの?」
「おまえがよだれたらしながら肉まん眺めてる間」
「よ、よだれなんかたらしてない!」
「つーかそれピザまんかよ」
「えっ、こっちが良かった?」
「10円違うだろ」
「買ったのわたしなんだけど」

見せびらかしながらかぶりついた。もらったミルクティーをごくごく飲んだら、あたたかさが喉からお腹まですとんと落ちていく。しみわたる感覚。ふう、とひと息ついたら手からペットボトルを奪われて、あ、と思う間もなく飲まれちゃってて。これって、間接キスだ。…目を逸らして、口を動かすことに意識も逸らす。
返されたペットボトルを、なんとなく持て余した。薄く開いたきれいな形の唇から、白い息が細くこぼれている。

「なに見てんだよ」
「………」
「買ったのオレだし?」
「…くれたんじゃないの」
「ケチケチすんな」
「そうじゃないけど」
「けど、なんだよ」
「……なんでもない」
「食い終わったし帰るぞ」
「うん」

包み紙をぎゅっと丸めてごみ箱に放り投げた。マフラーを引っ張って鼻先までうずめて、先に公園からでていた後ろ姿を小走りで追いかける。清志はやっぱり鼻も耳も赤くして、とめてあった自転車の側にぼんやり立っていた。

「お待たせ」
「おー」

ゆるい返事をして、わたしに向かって手を伸ばす。ぼやける指先にぎゅっと目をつむったら、おでこに冷たい感触。風に吹かれていた前髪が定位置になでつけられる。そろりと片目で見上げると、清志の口元は笑っていた。ねえ、今、なにを思ってる?頭のいい彼がなにを考えてるかなんか到底わからないし、見えているものも全然違うのかもしれない。でも、待っていてくれるから、追いつかせてくれるから。
ハンドルを握る手は相変わらず寒そうだった。伸ばされたカーディガンの袖が、申し訳程度に手の甲に引っかかってる。いつか、わたしの手のひらがあたたかさをわけられたら、いいのに。まだ中身が半分残っているペットボトルを、そっと両手に包み込んだ。



2012.11.25
かんちゃんへ愛をこめて
お誕生日おめでとう!