さあさあと絶え間なくつづく雨の音。湿った冷たい空気が、じとりと張りつく。どんなに雨が降ろうが、体育館でやるバスケには関係ないし、つまり今日もいつも通りに部活はあるわけで、さらに言えば、もう始まっていてもおかしくない。カチコチ音をたてて時間は進む。でもオレはまだ制服を着たまま教室にいて、両足をだらりと投げ出して、背もたれに両腕を乗せて、椅子に後ろ向きに座っている。今日の練習はさぼろう。そう、決めていた。明日、赤司っちに怒られるんだろうなあ。

「告白、したの」

淡い色の唇が小さく動いて、そう言った。そのあと彼女がつぶやいた名前は、オレもよく知るチームメイトの。オレと違って行儀よく椅子に座って、口をなにかで覆われているみたいなくぐもった声で、オレじゃない彼に告白したと、オレに告白する彼女。なにかあったなら聞くと言ったのはオレだ。でも、マネージャーと部員、それと、クラスメイト。全く関わりがないわけじゃないけど、特別親しいわけでもないオレにこんなことを言うなんて、誰でも良かったのか、それとも、もうばれても構わないと開き直っているのか、オレにはわからない。わかることもいくつかあったけど、今はあんまり役に立ちそうになかった。目の前で静かに頬を滑って、音もなく落ちていく涙を、ただ、見つめる。慰めるのって、どうすればいいんだっけ。

「振られたら、ちゃんと諦められると思ってたのになあ、」

いびつに笑って、ずっ、と、赤くなった鼻をすする。「うまくいかないね」って、それは、誰のことを言ってるんスかね、なんて。ため息をかろうじて飲み込んだ。目をそらして、右手を持ち上げて頬杖をつく。あいにく、ポケットは空っぽだ。
付き合ってる相手がいることも、その関係が順調そうだってことも、とりあえず表面的なことは全部、オレたちは知っていた。なんせその相手もバスケ部のマネージャーだから、部活に出ていればどんなに鈍い奴だって嫌でもわかる。それでも、無意識のうちに目で追っていたことを、知っていた。報われないよなあ、アンタも、オレも。
「黄瀬くん、部活は?」思い出したように訊かれて、首を横に振った。濡れた目を少し伏せて、そう、と、短い返事をしたきり、黙ってしまう。雨の音がふたりきりの教室を満たした。カチコチと規則正しく進む音が、やけに耳につく。

「泣いたこと、誰にも言わないでね」

しばらく、でも、オレがそう思っただけで、実際には数分も経たないうちに、柔らかい声が空気を震わせた。泣いてもいなければ、目も潤んでいない。それどころか、かすかに、笑っていた。そっと、口を開く。

「…さあ、どうっスかね」
「えー、ひどいなあ」
「知らなかったんスか?」
「うそ、黄瀬くんが優しい人だって、わたし知ってるよ」
「はは、買いかぶりっス」

左腕を机について前のめりになって、距離を縮めて、右手を伸ばした。30センチもない、目と鼻の先。頬に残るうすい涙の跡を、親指でなぞる。アンタはなにも知らない。口角を片方だけ上げて、出来る限りの意地の悪そうな笑い方を、顔に張りつけた。意識しなくたって、出来たかもしれないけど。丸く見開かれた目に、胸の奥がざわめく。へたくそな作り笑いなんてしてないで、そうやって感情に素直になればいい。…アンタは、なにも知らない。知らないのが、気が付かなかったのが、悪いんだ。
肩を抱いて引き寄せる。腕の中に収まった体はこわばっていて、力いっぱい抱きしめたら壊れる気がした。だからそっと、優しく。あやすみたいに頭や背中をなでて、合間にやさしい言葉をささやいて。弱ったところに付け込むのは、思ったよりも簡単だった。涙がシャツの肩を濡らす。すっかり体をオレに預けて、喉をひくりと鳴らしながらぼろぼろ泣く姿は、さっきよりもよっぽどいい。そのまま、きれいに忘れてくれたら、もっと。
唇をぴったり塞いだ。たかがキスなのに頬に添えた手のひらが今にも震え出しそうで、指先を浮かせて、そっと握りしめる。おとなしく閉じられた瞼の、こすったせいで赤くなっている目尻を視線でなぞった。なあ、今だけはオレを見て。なんて、こたえはわかりきっているのに。



きみの瞼の裏を知っていた