平日の午後の散歩道はランナーの人やおじいさんおばあさんしかいない。この散歩道は、いい具合にベンチもあるし川沿いで涼しいし、まさにデートにうってつけなのだ。特に、人目を忍ぶ立場の私達にとっては。
一ヶ月ほど前までは桜も咲いて綺麗だったのだけれど、今は若々しい緑が太陽に照らされて道に影を作る。デートと言えば繁華街だった高校生の頃よりは、それを綺麗だと思えるくらい大人になった。

「わたしね、涼太くんのこと最初ヤンキーだと思ってたの」
「え、ひどくないっスかそれ!」

桜が散って、また来年に向かって準備をするように。重ねてきた私達の軌跡を、歩きながら振り返る。驚いて伊達眼鏡がズリ下がった涼太くんにごめんごめんと謝って、わたしは少し汗ばんだ指を自分のそれより大きい指に絡めなおした。こんな風に周りを気にせず手を繋ぐなんていつ以来だろう。これはちょっと、高校生みたいだなと心の中で若い頃を思い出して恥ずかしくなったけれど、涼太くんの指はとても自然にわたしの指を受け入れてくれる。それは、過ごしてきた時間がそうさせるのか、それとも彼の持っている優しさがそうさせるのかわたしにはわからないけれど、でも前者だったら、とても、いい。

「だって涼太くん、そんな髪色してたんだもの」
「地毛っスよ」
「知ってるよ」

涼太くんのことなら、なんでも。なんて言えたらかっこよかったかもしれないけど、言わなかった。少なくとも、他の女の子よりはずっと多くわたしは涼太くんの―…例えば寝顔がちょっと幼いところとか―を知っているのだけれど、でも、もっと知らないこと、たくさんあるとおもうから。そしてそれを、これから知っていくのだろうと、思ったから。まだ、知らないことがあるほうがいいじゃない。

「ねえ涼太くん」
立ち止まって、名前を呼ぶ。そういえば、中学の時は黄瀬くんって呼んでたっけ。涼太くんも立ち止まって、「?」とすこし、首を傾けてわたしの次の言葉を待った。

「しあわせにしてね」

涼太くんの右手を握る手の力を強める。そんなに強く握ってないけど、薬指のゆびわ、涼太くんに当たって痛くないかな。細い銀色の、シンプルなそれ。給料三ヶ月分なんていうのは涼太くんの職業柄難しいけど、涼太くんが一生懸命…というより、きっとスマートに。選んでくれたそれはとても綺麗で、そしておんなじものが涼太くんの左手にはまっている。

「…いきなりっスね」
「だって明日記者会見でしょう。わたし出られないんだから、涼太くん、そういうのぜんぶがんばってもらわないと」
「そうだけど」
「黄瀬さん!お相手はどんな方なんですか?…なーんちゃって」

右手でマイクを握る振りをして涼太くんに詰め寄ると少し目をまんまるくして、それからわたしの作った架空のマイクを受け取った。あ、今日はノッてくれるんだ。

「そうですね、世界で一番幸せにしたいと思った女の子です」
「…はっず〜…」
「聞いてきたのはそっちじゃないっスか!」
「あはは、でもうれしー」
「ていうか、そっちこそいろいろ詮索されて大変なの、耐えられるんスか」
「そんなのなれっこですけど」
「あ、そう…」
「涼太くんがわたしのこと、変な似顔絵で描かなかったら大丈夫」

言いながら、わたしは涼太くんのヘタクソな絵を思い出す。我慢しようと思ったけど、笑いが零れてしまったからそれを隠すように涼太くんより2、3歩先を歩くと、途端にわたしの名前が少しだけいつもより低い声で呼ばれた。笑っちゃったの、ばれたかな。そう思ったのもつかの間、わたしの左手は涼太くんの右手にぐいっとひかれていとも簡単に涼太くんの胸板にドンとぶつかった。繋いでいないほうの、涼太くんの左手が、わたしの背中に回る。とてもやさしく。宝物でも触るみたいに。

「…嘘。俺が守るよ」
「……りょうたくん」

涼太くんが、そのまま左手でわたしの髪を撫でて、つむじに唇を落とす。とくとくと聞こえる心臓のおとがいとしい。息を吸うと、涼太くんの匂いがした。おひさまみたいに、暖かい匂いが。

「世界で一番幸せにするから、覚悟しといてよ」

ゆっくり腕が解かれて、涼太くんが返事を促した。わたしが返す言葉なんて、そんなの、決まってるじゃないか。

涼太くんは、わたしの返事を聞くと目を細めてとてもしあわせそうに笑った。葉っぱの隙間から入った太陽の光が、涼太くんの髪にキラリと反射する。その光に未来を見たような気がした。とても綺麗だと、思った。
ほんとうは、ほんとうはね。はじめてみた時から気になっていたの。なんて綺麗な髪の色なんだろうって。わたしの世界にりょうたくんの色がすぐに飛び込んできたの。ねえりょうたくん、はじめてみた時からずっと、わたしは涼太くんが好きで、しあわせなんだよ。



美しい人よ

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