口付けはいつも唐突だ。今も、肩を叩かれて何事だろうと振り返った途端に唇が重なってしまった。ちゅ、という可愛らしいリップ音が耳に残る。ジロリと目の前の男を眼鏡越しに睨め付けたのだが、満面の笑みで応えるばかりでは飽き足らず、言葉を発しようと口を開けかけたのなら、それさえも許さないとばかりに奪われて、舌まで絡め取られる。彼の口付けはいつも唐突だ。発情期なの狼さんと刺々しく涼太に言うと、キスをするのに許可が必要なのかと冗談とも本気ともつかない顔で言うものだから呆れてしまう。話にならないと溜め息を吐きながら背を向けたところで、今度は項にキスが降ってくるのだから無言で頭突きをしたあの時の自分に非は皆無だろう。名前からすれば唐突だと思える行動も、涼太に言わせれば十分な理由がある故、唐突なつもりは微塵もないらしい。しかしその理由を尋ねても見当違いな答えばかりが返ってくるものだから、彼女にとっては唐突に違いない。男女の脳の違いが原因なのだろうかと首を傾げたその直後、瞼にキスが落ちてくる。眠気の波間に揺れながら、うたた寝を目論んでいた意識が一気に覚醒した。正直に言おう、あの時は羞恥も唖然も飛び越えて絶句してしまったことを。寝込みを襲う、なんて余程のことを我慢できなくなってしまうレベルまで追い詰めてしまったのかと自分を叱咤したし、妙な戸惑いから目を合わせることが出来ずに明後日を向きながらどうぞ、と言わんばかりに両手を広げた時は誤解だと全力で否定されたものだが、やはり男心は難しい。今も、そんな複雑な状況だった。週末の恒例になりつつある所謂「お家デート」は何をすると決めることは少なく、ダラダラすることが多い。話題だった新作のDVDも鑑賞し終わってしまったし、図書館で借りた本が読破までもう少しだからと断りを入れてしまえば、後は読み進めるだけだ。紅茶を淹れてくるとリビングを後にする涼太を横目に、名前は読書モードへ入るべく眼鏡を掛けてお気に入りのクッションを抱え込んだ。推理小説の、ラスト一章。夢中になってしまったから、ふと我に返った時にはかなりの時間が経過してしまったのかもしれない。トントンと左肩を小さく叩かれたことによってその危惧は現実のものとなって、急かすように自分の名前を呼ぶ声の方へ慌てて顔を向けたのなら。施されたのは、唐突な口付け。ソファの背に手を付いて、上体を屈めた涼太の顔によって照明が遮られたのだと気付いたのは数秒後だった。歯茎をぬるりと這う舌に鳥肌が立つ。バサリ、手から滑り落ちた本を気遣う余裕など皆無。眼鏡を取られたらきっと最後まで行っちゃう、と動揺する心とは裏腹に熱っぽさは増すばかりだった、筈だ。休日の夕暮れ。恋人の部屋に二人きり。条件としては最高のキスだったから、このまま性行為に及ぶのかと思えば涼太にそんなつもりはないらしい。二人の距離はあっさりと広がった。

「…もしかして、物足りなかった?」
「涼太のキス魔。変態。スケコマシ」
「コラ、悪いお口は塞いじゃうっスよ」

言いながら、今度は耳朶にキス。びくりと肩を震わせて硬直する名前を見ると満足そうに漏れる笑い声。それは微笑ましさというよりも、むしろ揶揄を含んでいると知っていたから、歯を噛み締めて口を閉じる。唇にばかり意識を取られていたのだから不意打ちは卑怯だと、クッションを抱え込んだままそう思う。唐突に名前を呼ばれた。低くて、誘うように甘ったるくて。その気がないのなら随分と勝手な話だ。あの時はウェルカムと両手を広げたところで噛み付きもしなかったくせに。囁かれる度に、びりびりと全身が痺れるような、下半身が甘く疼くような衝動が走る。

「涼太はずるい」
「どうして?」
「わたしのこと、好き勝手にしちゃうから」
「だって、俺のだから」

何故か上機嫌のように見える涼太の手が、名前の頬に伸びる。親指で触れるのは、やはり唇だった。ゆっくりと皮膚をなぞって、先程のキスで随分と滲んでしまったグロスを拭い取る。邪魔なものは取らなきゃねと、口元を緩ませた瞬間に。最後の砦だった眼鏡を引っ手繰られた。反射的に伸ばされる手をそっと制して、挑発する如く黒縁眼鏡のレンズに口付けを贈る。赤くなったり青くなったりと表情を一秒毎に変化させる名前は知らないようだ。その反応の一つひとつが涼太を喜ばせることを。そして、すっかり彼の好みのまま飼い慣らされてしまっていることを。くすりと笑う低い声が耳元で囁いて、シャツを捲る手がそのまま腹に触れる。優しい手付きにぞわりと疼いたのは恐らく女の本能なのだろう。唐突なキスの所為で入りやすくなってしまったスイッチの責任を、取って貰わなければ苦しいのはお互い様だ。その手で、その身体で、触れて欲しいと懇願したのなら後はもう。あなたの腕の中で飼い殺してくださいと、そう言わんばかりに瞼を閉じた。
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