※PSYCHO-PASSパロ



シンクに卵を数回ぶつけて作ったヒビを親指で押して、ざらついた殻を割った。ひとつ、ふたつ、みっつ、ボウルに落とした黄身と白身を混ぜて、棚に一通り揃っている調味料から塩とコショウをとって足して、また混ぜる。フライパンで炒めておいた野菜と一緒にして、くるりと半分に折り畳めば、オムレツの出来上がり。お気に入りの、白くてまんまるいお皿に盛りつけられて、サラダやメインが待っているテーブルに並ぶさいごのメニュー。
冷蔵庫を開けたら、後ろでドアの開く音がした。ミネラルウォーターのボトルに手を伸ばしながら、背後にいる黄瀬に声をかける。

「呼んでもいないのにちょうどいいタイミングで出てくるんだね」

ボトルをつかんで、取り出してそのまま肘で冷蔵庫を閉めた。お風呂から出てきたばかりの黄瀬は惜しげもなく、その程よく筋肉のついた上体を見せつけるかのように晒している。慣れたもので、なにか着るように叫ぶことも、投げつけることもなくなった。どうして恋人でもない男の裸を見慣れないといけないんだろう、と、むなしく思うことすら、もうほとんどない。

「ニオイでわかるんス」

すれ違いざま、どこか得意気に自らの鼻を指差す。テーブルに向かう後ろ姿を目で追って、中身が半分もないボトルで無防備な背中を軽く叩けば、じゃぶりと水があばれる音と、その冷たさに驚く悲鳴じみた黄瀬の声。すこし、いい気味だ。にやりと唇だけで笑ってみる。

「そんなに鼻が利くなんて犬みたい」
「そう?」

振り返った唇もゆるく笑っていた。畳まれた形のままソファーに積まれていた中から適当に服を着て、そして、「あー、はらへった」と小さくこぼしながら椅子に座る。それを横目に、テーブルの二辺にふたつずつ収まっている椅子のうち、黄瀬とななめになるように選んで腰を下ろした。でないと、長い脚がぶつかってくるのが気になってしかたない。
いただきます、を、おざなりに言って、出来上がったばかりの昼食を食べ始める。まとめてフォークで刺したレタスを頬張って、噛んで、ごくりと飲み込んだ。飲み込んでから、また、よく噛まないうちにそうしてしまったことに気がつく。この仕事に就いてからずいぶん、食べるのが早くなった。消化によくないからゆっくり食べようとは思うものの、時間に終われることの方が多いせいで、つい、かきこむとはいかないまでも、急いでしまう。次に手をつけたオムレツは、よくよく咀嚼してから飲み込んだ。






「まあ実際イヌじゃん、アンタの」
「は?」

食事が終わりそうな頃にそう投げかけられて、さっきの話の続きをしているのだと理解するのに、数秒かかった。理解して、細めた目で見返す。黄瀬はグラスに水を注ぎながら、「でしょ?」と付け足した。大の男が小首を傾げないでほしい。

「私じゃなく警察の、でしょ」

警察、の部分を強調してそう言えば、わざとらしく唇をとがらせる。つまんねえの、と、ぼそりとつぶやきながら、行儀のなっていないつま先が私の脚をつついた。笑ってそれを文字通り一蹴して、口に入れたばかりの最後の一口を飲み込んで空になったお皿を重ね始める。ゆっくり食べる、というささやかな目標はいつの間にかきれいさっぱり消えてしまった。

「それに、主人に従順じゃない犬なんて嫌」
「いらない、とは、言わないんだ?」

重ねたお皿を両手に持つ。澄まし顔に唇だけの笑みを添えた黄瀬を、軽く睨むように一瞥した。

「揚足とらないで」
「やだな、そんなつもりはないんスよ?」

背を向けて、手にしたスポンジに洗剤をおとした。背後で、黄瀬が食器を片付ける音が慌ただしく響く。いそいそと隣に来た黄瀬は、右手にお皿、左手にグラスを持ってきていて、ごとりごとりとシンクを鳴らしながらそれらを置いていった。お皿は下から大きい順に重ねるように言ってあるのに相変わらずそれが守られることはなく、積まれたお皿はどこか不安定だ。ため息を飲み込んで、空いたスペースにお皿を半分移してから、洗い物を再開する。

「…なにか?」

お皿にスポンジを滑らせながら、視線は落としたままに問う。いつもなら奥の部屋に引っ込んだり、他の執行官の部屋に行ったりするくせに、今日はどういうわけだか、黄瀬は少し離れたところからじっとこちらを見つめている。どうせなら手伝えばいいのに。と、浮かんだ考えは、すぐに自分で否定した。黄瀬の洗い方は雑すぎて、彼曰わく「馬鹿丁寧」な洗い方をする私には見るに耐えない。自分の見て呉れはやたらと気にするくせに、そういうところは手を抜くらしい。「んー」手入れの行き届いた綺麗な髪を揺らして黄瀬はうなり、「ていうか、」とどこか投げやりに口火を切った。

「アンタこそ、俺が強情みたいに言うなよ」
「それこそ、実際そうでしょ」

すぐに言い返して鼻で笑ってやる。この間だって、「アイツは俺が捕まえる」なんて言って私の制止を振り払ってひとりで犯人と対峙して、そのくせ犯人の仲間に殺されそうになったのだ。黒子くん曰わくの野生の勘というものをはたらかせた青峰が駆けつけていなかったら、どうなっていたのやら。う、と言葉に詰まる黄瀬は、少しだけ可愛げがある、気がする。

「まあ、そういうとこ、きらいじゃないけどね」

そもそも、変人揃いと名高い一係では黄瀬の強情っぷりなんて事実可愛いものだった。年齢こそ黄瀬の方が上であるものの、私よりも後にここに来た黄瀬は部下であり後輩で、ある程度は、手がかかった方が世話のしがいもある。なかなか躾がうまくいかないということは、黄瀬に限ったことではないから目をつむっている。

「なに、告白?アンタなら、抱いてやってもいいっスよ?」

耳元に寄せられた唇が睦言を囁くように笑い、伸ばされた手が抱き寄せるように腰に回る。相手の鼓動がわかる距離。…悪ふざけが過ぎている。パーソナルスペースもなにもあったもんじゃない。泡まみれの指先でギュッと手の甲をつねって、怯んだところで肘で鳩尾を叩く。黄瀬は大きな体を折ってよろめいた。

「いてっ」
「調子に乗らない」

あくまで教育の一環のように告げて、話は終わりと言わんばかりにそっぽを向く。黄瀬はそれ以上踏み込んでこようとはしなかった。懸命な判断ね、と、心の中で評価する。いらないものを拾ってはいけないし、ましてや作り出すなんて論外だ。私たちに必要な関係のかたちくらい、黄瀬だってわかっている。ふたり分の食器を全部泡まみれにして、スポンジを置いた。
「黒子っちのとこ行ってくる」と、普段は行き先なんて告げないでふらりといなくなるくせに、今回はそう言って向けられた背中に「そう」と短く返す。離れていく気配にゆるく息を吐いて、水道のレバーを手首で押し上げた。ざあざあと音をたてて流れ落ちていく。出て行く間際の黄瀬の声は、ぎりぎり、私の耳に届いた。

「俺も、アンタの料理はすきだよ」
「それはどうも」

ドアは音もなく開いて、閉じた。

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