ランチメニューを指差しながら、大盛で、と嬉しそうに注文していた一十木くんは、運ばれてきたハンバーグと大盛のごはんを見てこれまた嬉しそうに笑って、大きく切ったひと切れとごはんを食べるとやっぱり嬉しそうに、おいしい、と言った。いい意味で、よく笑う人だなあと思う。きっと、彼には笑顔が一番似合う。「でも、」ハンバーグをごくりと飲み込むと、一十木くんはそう切り出した。彼は、食事中も喋るタイプだ。

「あいつも意外とやるんだね」

メガネの奥の赤い瞳がにっこり、笑った。その笑顔の意味をはかりかねる。トキヤのニューシングルの話をしていたから、あいつ、というのは当然トキヤのことだとわかる。意外、にあてはまる部分がわからない、というか、たぶん、一十木くんはニューシングルとはまったく関係のない話をしている。

「なんのこと?」

思い当たることはあったけれど、わからないふりをしてすぐに聞き返す。すでにまたひと口をほおばっていた一十木くんが、待って、と言わんばかりに見せた手のひらに、こくんと頷く。待つ間に具がたくさん詰まったサンドイッチに噛みついて、咀嚼する。ごくり、喉仏が動いた。

「それ、トキヤからでしょ?」

ちらりと下に逸れた目は右手の薬指の指輪を指していた。ほら、やっぱり。「ああ、これね、」軽く頷いて、笑う。確かに、この指輪は一十木くんが言った通りトキヤから贈られたものだ。ただ、きっと、将来の約束だとか、牽制とは違う、もっと目の前のことのために形を成していた。真新しい銀色を、左手でなぞる。

「一十木くんが思ってるのとは、すこし違うかなあ」
「…どういう意味?」
「わたしとトキヤの秘密」
「うわあ」

「妬けるね」アイスティーと一緒に飲み込まれそうになった小さな声はわたしの耳にたどり着いた。メガネの縁が邪魔をして、一十木くんの表情をきちんと窺えないのがちょっと残念。

「一十木くんもはやく彼女つくりなよ」
「もー、簡単に言わないでよ」
「あはは」




唇の魔法