きゅっきゅっ。コックをひねって、シャワーノズルから勢いよく飛び出してくる水が温かいものになるのを手で確かめてから、頭からシャワーを浴びる。部活でかいた汗が体を滑り落ちていく。頬にまでかかる長い前髪がべったりと顔にはりつくのを少しうっとうしく思いながら、紫原は手のひらで髪を雑にかき上げた。
汗を洗い流すためだけのシャワーはすぐに済む。制服のズボンと、インナーと、前を開けたままのワイシャツといった格好で、ドライヤーを手に取った。アツシ、と、呼ぶ声にスイッチにかけていた指を止め、振り返る。自分と同じような格好をした氷室が、「びしょぬれじゃないか」と笑った。氷室の言う通り、ろくに拭かれていない髪からはぽたぽたと水が滴り、肩にかかったタオルに新しいしみをたくさんつくっていた。「乾けばいいんだし」とひとりごとのように呟いて背中を向け、構わずドライヤーのスイッチを入れようとする紫原を氷室は有無を言わさぬ笑顔で制し、肩のタオルを取ると挟むように丁寧に髪を拭いてやる。いつものことながら、あの短時間でシャワー以外もしっかり済ませたらしく、微かに石鹸の匂いがした。なんだかんだと世話を焼きたがるひとつ年上のチームメイトにドライヤーまでかけてもらいながら、おなかすいたなあ、まだお菓子残ってたっけ、なんて、マイペースにカバンの中身について考えていた。






空腹を訴えっぱなしの胃袋と、申し訳程度にしか勉強道具の入っていないカバンをぶら下げて体育館を出た。すっかり冷たくなった風に吹きつけられて、大きな背中をちいさく丸める。シャワーで温まった指先を黒いカーディガンの袖で包んで隠した。

「敦くんお疲れさま!」

聞こえた声に、ぴたりと立ち止まる。きょろきょろと視線をさまよわせると、体育館の出入り口のすぐのところに名前が立っていた。教室にいるって言ってなかったっけ、と、ホームルームが終わった直後の記憶をたぐりながらぽかんと口を開けたままの紫原に、「びっくりした?」といたずらっ子のように微笑む。抱きついてきたちいさな体は、冷たい空気にさらされてひんやりしていた。

「…え?なんでいんの?」
「たまにはこっちで待とうと思って」
「名前ちんバカでしょ」
「え!」
「今日寒いじゃん」

カーディガンから覗いた人差し指が、赤くなった鼻先を撫でる。「ほら、冷たいし」と呆れたように言いながら、引っ込めていた手をずるりと出して両の手のひらで同じく冷たい頬を挟んだ。大きな手のひらは、耳まですっぽり包み込める。じんわりと伝わるぬくもりに、ほう、と名前の口元がゆるんだ。

「敦くんの手、あったかい」
「名前ちんが冷たすぎ」
「わたし冷え性だもん」
「わかってんならあんなとこで待ってないで教室にいなよ」
「んー」
「そこは頷けし」
「…考えとくね」

敦くんがこうやってあっためてくれるなら、寒いのもいいなあ。そんな内心を笑みに隠して、あたたかい手のひらに指を絡めて、そのままぎゅっと手をつなぐ。名前のつむじしか見えていない紫原は、彼女が笑っていることさえ気づいていなかった。