白線より下がってお待ちください。スピーカー越しの無機質な声が型通りの注意を促した。黄色いブロックの内側に並ぶ僕の靴と、あゆみの靴。大きさのまるで違う靴を見比べていたら、ホームに入ってきた電車が引き連れてきた風が髪を強くなびかせた。
時間通りに着いた電車には、いつも通り乗客はまばらだった。朝のラッシュは辟易するくらいだけど、平日の昼間なんてこんなものだ。一歩車内に入れば、少し効き過ぎている暖房の乾いたあたたかさが肌を撫でる。

「あったかいねえ」

駅までの道すがら、寒い寒いと言いながら必死にマフラーを鼻先まで引っ張っていたあゆみにはこれくらいがちょうど良かったらしく、目尻を下げて満足そうに笑っていた。

「そうだね」

彼女を横目にそうこたえる僕の声も、きっと、たいそう柔らかいものなんだろう。
車両の端にある四人掛けの座席に並んで座った。深く腰掛けはしても、寄りかからずに常に背筋を意識する。昔からの癖だった。隣のあゆみは座るとすぐにうとうとし始めて、そのうち、壁に体を預けて眠ってしまった。空気が乾燥しているから、喉を痛めなきゃいいけど。
髪の毛に隠れてしまっている横顔からそっと目を逸らした。手持ち無沙汰になって、キャリーケースから読みかけの本を取り出す。挟んであった栞を引き抜いて、一番前のページに丁寧に挟み直した。電車の走行音以外これといった雑音もなく、文字を追う目もページをめくる指も淀みなく進む。
柔らかい空気と堅苦しくて回りくどい文字の羅列を、綻びのないように縫い合わせて、いびつな形のそれを真四角に折り畳んで、膨大な数の引き出しのうちの一つにしまっていく。単調な作業のようにそれを繰り返していたら、不意に肩に感じた温度と重みに顔を上げた。

「…だから夜更かしするなって言ったのに」

ため息をついて、つむじを見下ろす。あゆみは枕が壁から僕の肩に変わったことに少しも気付かないまま、昏々と眠っている。授業中に居眠りするよりはいいけれど、こんなに無防備に眠られると、困る、というか、心配というか。もう一度、今度はさっきよりも深いため息をついた。
肩を動かさないように注意を払いながら本をしまう。頭がずれてしまわないようにしっかり寄りかからせて、僕からも少しだけ重心を寄せた。背中も自然と丸くなる。ちょうど流れたアナウンスと頭の中に入っている路線図とを照らし合わせて、あと何駅あるのか考えたら、あと、十分もなさそうだ。同じ匂いのする髪に鼻先を寄せて、静かに目をつむった。