「ごちそうさまでした」
カフェテリア自慢のカルボナーラをぺろりと平らげた赤司くんは、プラス100円で大盛りにしてもらっただけあって、さすがに満足したみたいだった。音もなく合わさった手のひらと、大きくはなくともしっかりと通る声は、まるで違和感がない、お手本みたい。手のひら同士を指先まできちんと合わせてごちそうさまを言える人なんて、あんまりいないんじゃないかなっていつも思う。 赤司くんからは、品の良さというか、育ちの良さがふとした時にちらりと見える、気がする。赤司くんから家の話はほとんど聞いたことがないから、もしかしたら平々凡々なお家なのかもしれないけど、由緒正しき名家で赤司くんはその跡取りなんだと言われたら、やっぱりそうなんですかってすんなり頷ける。頷けるけど、「名家の跡取りの赤司くん」の隣(もしくはななめ後ろとか)にいる私を想像しても違和感のかたまりみたいにちぐはぐだったから、できたら、平々凡々だったらいいな、なんて。 もぐもぐとカルボナーラの最後の一口を食べながら、するりと離れていくふたつの手を見つめて、それから、ごくんと喉をならして飲み込んだ。
「ごちそうさまでした」
言葉にするのはなんともないけれど、合わせた手のひらは今でもすこしだけくすぐったい。
構内の奥まった場所にぽつんとあるベンチはいつも空いていて、寂しそうにも見えたし、私たちを歓迎してくれているようにも見えた。日の光をたっぷり浴びてほんのり暖かいそこに並んで座って、両脇にカバンを置いたら、小さなベンチは定員いっぱい。
「今日はあったかいね」 「ああ、そうだね。天気もいいし、授業なんて出ないで昼寝でもしていたいな」 「肩なら貸すけど?」 「そこは普通、膝だろ」 「やだ赤司くん変態くさい」 「彼氏に対して失礼だな」 「いやいやいや」
そういう問題じゃあないでしょう。笑っていたら、寄りかかられて、体の右半分がずっしり重くなった。赤司くん、なんだかいい匂いがするね。そう、言おうとしたけれど、それこそ変態くさい気がして、「あ」の形に丸く開けた口をそっと一文字に結び直した。危ない危ない。ごまかし半分で、体をずらして肩口に後頭部を押しつけたら、ぴったり、歯車が噛み合うように、最初からこの姿が正しかったみたいに、私と赤司くんはきれいに寄りかかりあった。 赤司くんの長い指が私の手の甲をなでたり、指先までをなぞったりするのをぼんやり眺めていたら、びゅうっと吹いた風があたたかい空気を冷たくさらっていって、思わず、ぎゅっと指先をしまい込む。指先と同じように内側にしまい込んだ唇が乾いていることに気がついて、空いている左手をポケットに潜らせた。はじかれたように一瞬離れた赤司くんの手は、けれどすぐにまた私の手に触れて、大きな手のひらで拳を包み込む。似たり寄ったりのぬるい温度の手。
「あ、」 「どうした?」 「リップクリーム忘れちゃった」
ポケットから出てきた左手は空のまま。余計に乾くとわかっているのに、ぺろりと下唇を舐めてしまう。
「心当たりは?」 「たぶん赤司くん家の洗面所」 「帰ったら見ておくよ」 「ん、ありがと」
唇を内側に引っ込めたり、突き出してみたり。忘れたことがわかった途端に気になって、ちょっと落ち着かない。「ないと困るの?」どこかおかしそうに尋ねる声に頷いて、「切れたら痛いし」と続けようとした言葉をすんでのところで飲み込んだ。
「…かさかさの唇じゃあ、赤司くんとキス、できないし?」
ぴったりくっついていたから、肩がぴくんと跳ねたのを見逃さない。ふふ、赤司くん、驚いてる。うらみがあるわけじゃないけど、ちょっとした意趣返しのようなもの。つかまる前にするりと抜け出して、ベンチに座ったままの赤司くんを見下ろした。
「赤司くんは教室遠いし、そろそろ行こっか」
にっこり笑ってそう言うと、驚きからいくぶん抜け出したらしい瞳が思ったよりもしっかり、私を見つめていた。すぐに前に向き直ったから、赤司くんがにやりと笑っていたことも、仕返しの仕返しを考えていたこともちっとも気がつかなくて、やめておけばよかったかなって後悔するのは、また別のはなし。
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