ゆるゆると目が覚めた。夢の世界に後ろ髪を引かれている。ゆっくり、まばたき。灰色と水色の混ざった世界が視界を優しく揺らす。そこに映える、鮮やかな赤色。同じ色の瞳は、瞼の裏側でまだ眠っていた。すこし幼く見える寝顔、呼吸のたびにわずかに上下する無防備なしろい肩。そっと、目を伏せた。
背中に回されていた腕を静かに外して、携帯を手探りで探す。まだ朝の6時過ぎだった。普段はアラームが鳴るまで起きないし、休みなんだから昼過ぎまで寝たって大丈夫、なんて言ってたのに。ぴたりと貝のように閉じてあるカーテンを透かす光はまだない。
あたたかいベッドから抜け出した。端に腰掛けて、ひんやりとしているフローリングに足をつける。朝独特の鋭さのある空気が肌をなでた。思わず、むき出しの肩をさする。ずり落ちたキャミソールの肩紐を直しながら、すぐのところに落ちていたスキニーをつま先で引き寄せた。もしも赤司くんに見られてたら、行儀が悪いぞ、って、怒られちゃうんだろうなあ。上に着ていた服が見つけられなかったから、スキニーの隣にあった赤司くんのカーディガンをこっそり拝借した。暗い紺色のところどころに赤と白のラインの入った、優等生みたいなカーディガンは、サイズがまるで合わなくて袖から手が出ないけれど、寒さをしのぐにはうってつけだ。
振り返り、はみ出していた肩にしっかりと布団をかぶせてあげて、寝顔をもう一度、今度は焼き付けるようにじっと見つめてから、立ち上がる。
ヴヴンと低く唸る冷蔵庫。開けて、なにが残っているのか確かめる。昨日、たくさん作ってたくさん食べたけれど、それを見越してたくさんたくさん買っておいたから、朝食には困らなくて済みそうだった。真っ赤なプチトマトを色のアクセントにしたサラダと、まんまるい黄身を乗せた目玉焼きと、あと、なにかあったかい飲み物。メニューを考えながら、牛乳だけ取り出してパタンと閉める。食器棚から花柄のマグカップをひとつ出して、牛乳をなみなみと注いで、レンジに入れた。
橙の光の中でマグカップがゆっくり回る。はちみつの瓶と大きなスプーンを出しながらそれを横目に見て、お揃いのマグカップが欲しいなあ、なんて思う。今使っているのは、赤司くんの家にマグカップがひとつしかなかったから私が家から適当に選んで持ってきたもので、赤司くんの使っているものとは形も柄もまるで違う。まあ、お揃いのものが欲しいっていうより、一緒に選ぶのがたのしい、っていう方が大きいんだけれど。
1分30秒、軽快に流れるメロディーをすぐに止めて、温まった牛乳にスプーン2杯分のはちみつをおとす。優しい匂いがふわりとただよった。おいしそう。カーペットに座って、できたてのはちみつミルクで喉を潤した。ちょうどいい温度の甘さがするりと流れ込む。マグカップをテーブルに置く音と、ドアが開く音が重なった。

「ごめん、起こしちゃった?」
「いや………」

寝ぼけまなこの赤司くんが、のっそり、という擬音がぴったりの、緩慢な動きでドアから顔を覗かせた。私が赤司くんのカーディガンを着ちゃったせいで、七分袖のティーシャツから覗く鎖骨がなんとも寒そうだ。ぺたぺたと歩いてきた赤司くんが、私のすぐ隣にあぐらをかいた。

「まだ寝てたらいいのに」
「…あゆみこそ」
「あ、はちみつミルク飲む?」
「ん、一口くれ」
「どうぞ」

落とさないかなあ、なんてすこし心配になったけれど、赤司くんの左手はしっかりとマグカップを受け取った。そこまで寝ぼけてはいないらしい。唇をふちにつける。しろい喉仏が、こくんという音に合わせて静かに動いた。ふう、と、ひと息。音もなくマグカップをテーブルに置き、長い睫毛を揺らして、眠たそうなまばたきを繰り返す。

「あ、」
「ん?」
「それ、僕のカーディガン」
「え、いまさら?」
「探したんだけど」
「ごめんごめん」

笑っていたら、抱きつかれて、ぐらりと体が傾いた。慌てて、右手をついて体を支える。赤司くんは私の肩に額を寄せて、両腕でぎゅっと、閉じこめるみたいに私の体を抱きしめていた。

「わ、なに、」
「さむい」
「ぬ、脱ぐから、離して」
「そしたらあゆみが寒いじゃないか」
「なんの優しさなの」

ふふ、と、赤司くんが笑う。やわらかい髪の毛がくすぐったくて、あったかい。髪の隙間から覗く形のきれいな耳、そこから、すこし骨の浮いた首、まるまった背中へと目でたどった。いつもはしゃんと伸びている背中に、手を回してみる。
ひやりと、冷たさが背中をなでた。ひっ、と、情けない声が洩れる。犯人は、カーディガンとキャミソールの中に潜り込んできたつめたい手のひら。背骨をなぞるように、背中に触れる。赤司くん、と、咎めた声に返ってくるのは笑い声。私も、つられて笑う。「二度寝、しようか」返事の代わりに、頬を赤司くんの肩に寄せた。