白いシーツに体を沈めて、両手に包むように持った四角い端末をじいっと見つめる。指先で綴った文字を送るのも、私にそっくりな誰かの音に置き換えられた声を届けるのも、とってもかんたん。かんたんだからこそむずかしいの、なんて、言ってみたり。
窓から見上げた四角く切り取られた空には、暗い灰色の雲が隙間なく詰め込まれていた。朝からしとしとと降り続く弱い雨は、まだ止みそうにない。部屋干しの独特の匂いの中、ごうんごうん、と、除湿機がひとりで唸っている。
たぶん、夢をみたから。赤司くんが出てくる夢なんてめったにみないのに、出てきちゃうし、しかも、知らない場所で置いてけぼりにされたところで目が覚めちゃうんだから、たちが悪い。置いていくどころか、勝手にはぐれた私を見つけ出して、手を引いてくれるような人なのに。
赤司くんの参加しているゼミが忙しくて、最近ろくに会っていない。時間くらいいくらでもつくれるよって赤司くんは言ってくれるけれど、やっぱり、申し訳ないし。あと二週間経ったら一区切りつくって、言ってたし。でも、見たいねってふたりして気になってた映画が公開されてからだいぶ経つけど、二週間後もまだやってるかなあ。
がばっと勢いよく起き上がった。スプリングの反動でわずかに体が跳ねる。うなじにはりつく髪をすくって、手首につけっぱなしにしていたシュシュでひとつにくくった。体を動かさないでいるから、頭だけがぐるぐると、変なことばっかり考えるんだ。
電話帳を開いてすぐのページに表示される赤司くんの名前を選んで、迷う前に発信を押す。5回鳴らしてダメだったらすっぱり諦めよう。携帯を耳に押し当てた。

「もしもし?」

呼び出し音が2回鳴り終わる前に聞こえた、ノイズ混じりの声。

「今、少しだけ電話しても平気?」
「ああ、大丈夫だよ」
「赤司くんは家にいるの?」
「うん、あゆみは?」
「私も家だよ。あ、ねえ、そっちも雨、降ってる?」

赤司くんの声は少しだけ疲れているような気がした。でも、変に頑固なところがあるから、言ったところでそれを認めたり、ましてや、弱音をはいたりなんて、きっとしてくれない。ちゃんと三食食べてる?夜更かししてない?って訊いてみたら、母親みたいだな、なんて笑ってごまかされた。嘘はつかないけれど、いつも本当を返してくれるわけじゃない。
勢いを増した雨の音に、思ったより時間が経っていたことに気づかされる。そろそろ切るね。そう切り出して、窓を叩く雨粒をぼんやり視界に収めながら、返事を待つ。

「あゆみ」
「なに?」
「寂しい?」
「そんなことないよ」
「そう?なら、いいけど」

じゃあ、またね。あっさり、ぷつりと音をたてて通話の糸が切れる。通話時間を表示している液晶をベッドに伏せた。



目が覚めた。いつの間にか少し眠っていたみたいで、寝起きのけだるさが頭や体にまとわりつく。外は相変わらず薄暗い。…もしかして、電話したのは夢?
慌てて手繰り寄せた携帯の発信履歴に、今日の日付と赤司くんの名前を見つけて、ほっと息をつく。もしも、あれまで夢だったら、あんまりだ。携帯をぽんと置いた。ごうんごうんと唸る除湿機と、おそらくまだ乾ききっていない洗濯物を、ぼんやり見やる。
ピンポーン。せまいアパートの部屋中にチャイムが鳴り響く。なんだろう、宅配便?今はちょっと、めんどくさいかも。ごろんと寝返りをうって玄関に背中を向けたら、それをとがめるようなタイミングでもう一度チャイムが鳴らされた。急かすように、二度目の余韻が消える前に三回目。はいはいわかりました!起き上がって、玄関から洗濯物が見えないのを確かめてからドアを開けた。

「…え、赤司、くん?」
「いつも言ってるけど、誰か確かめずに開けちゃダメだろう。せめてチェーンをつけないと」
「え、あ、ごめん、じゃなくて、あの、赤司くん、どうしたの?」

忙しいはずなのに、雨が降ってるのに。私が電話なんて、しちゃったから?濡れた靴のつま先を見下ろす。

「会いたくなったから会いに来ただけだよ」

さらりと言って、うつむく私の頬を撫でる。ああ、やっぱり、赤司くんにはなにも、隠せない。

「上がってもいい?」
「それはもちろん、あ、やっぱりちょっと待ってて!」

とりあえず玄関に上がってもらって、そのまま置き去りにする。干しっぱなしの洗濯物もぐちゃぐちゃのシーツも、どうにかしないと。シーツをぴんと伸ばして、落ちかけていた掛け布団も直して。洗濯物は、ええと、とりあえず洗面所に、ああでも、手を洗うときに見られちゃうかもしれないし、

「なに行ったり来たりしてるんだ」
「うわあっ!」
「?」
「待って、今、片付けてるから!見ないで!」
「…下着くらい別に、」
「わああああ!!!」