夜風の中に投げ出した体はまだ熱い。風が止めば、湿った空気がじっとりと肌にまとわりつく。今回も賑やかだったなあ、と、飲み会に参加していたサークルのメンバーの顔を思い返した。今頃は二次会と称して、はしごしたお店でまたのんでいるんだろう。
コンクリートを叩く足音はふたりぶん。見上げた濃紺の空にぽっかり浮かぶふたつの満月。歩くたびにふらふらと体の横で揺れる腕と、つま先のまるいパンプスをはいた足は2本ずつ。アルコールにすっかりやられている私と、私よりたくさんのんでいたのに涼しい顔をしている赤司くんと、海の底みたいに静かな夜にふたりきり。

「赤司くん」
「うん?」
「綺麗な月がふたつ」

空を指す。すこしうつむいていた顔を上げた赤司くんが、口元を緩めて、やわらかい笑い声をその唇から零した。

「月はひとつきりだよ」
「じゃあ、寂しいね」
「星がたくさんあるから大丈夫」
「そっかあ」

私のくだらない話をきちんとすくい上げて、丁寧に飲み込んでくれる。赤司くんはやさしい。と、いうか、出会った頃と比べるとずいぶん、やさしくなった。んん、これもすこし違う。やさしさがわかりやすくなった、が、一番近い、かもしれない。
ゆらゆら、私の右手と赤司くんの左手がふたりをつなぐ。赤司くんの手は夏でもひんやりしていて気持ちいい。人差し指でそろりと、広い手の甲をなぞった。なめらかな肌の下にひそむ、骨の硬さ。私とは違う、男の人の手。赤司くんは色がしろくて、きれいな顔立ちをしているけれど、スポーツに真剣に打ち込んでいただけあって意外と、筋肉質で、力持ちで、それと、そんな平らなお腹のどこに入るのって言いたくなるくらい、たくさん食べる。

「そういえば」
「うん」
「おなかすいたな」
「え」
「え?」
「さっきまでさんざん飲み食いしてたのに」
「ああ、いや、そうじゃなくて」

大きく一歩踏み出した赤司くんが立ちふさがる。笑ったままの唇が目の前に。ただよう、お酒のにおい。一瞬のことで、気づけばやわらかい感触だけが唇にのこされていた。なんともないような顔して、赤司くん、実は酔ってる?ここ、道端なんだけど。そんな文句は、もう一度重なった唇にぱっくり食べられる。赤司くんの舌はすこしにがかった。私は甘いお酒ばかりのんでいたから、余計に。
はあ、と、あつい吐息が鼻先をかすめるから、パンプスの中でぎゅっとつま先がまるまった。ぞくぞくとぞわぞわの、真ん中くらいの感覚が背中をなでる。私、いま、きっとひどい顔をしてる。

「ごちそうさま」
「…いただきますも言わないで行儀がわるいね」
「言った方がよかった?」
「……噛みつかれそうだから遠慮しとく」
「そんなことしないよ」

たぶん。なんてちいさく付け足すから、手の甲をちょっと、つねってあげた。