ゆるやかに、少しずつ、じんわりと輪郭が溶けてゆく。ほかの音を奪うみたいにじいじい鳴き止まない蝉の声。アイスの袋から落っこちた水滴が右手を濡らす。くらりと視界が歪んでしまいそうな暑さのなか、私たちはふたりきり。寄り道を提案したのは、珍しく黒子くんの方だった。

「あつっ」

広くはない公園の隅にぽつんとあるベンチは、日陰に入っているにも関わらず熱かった。膝上15cmのスカートのままじゃ、とてもじゃないけど座れそうにない。ジャージを出そうとバッグを開けたら、黒子くんに名前を呼ばれた。振り向くと、ハーフパンツをはいているとはいえ、あの熱いベンチに黒子くんは平然と座っている。と、その手には黒子くんが部活で使う大きめのタオルがあって、「良かったら使ってください」と差し出された。

「予備のやつだからキレイですよ」
「ええと……ありがと」

申し訳ない気がしてちょっと迷ったけれど、素直に受け取ってベンチにひいてその上に座る。ありがとう、ともう一度言うと、黒子くんはにこりと笑ってアイスの袋を開けた。あ、忘れてた。右手に持ったままの水滴だらけの袋を急いで開けて、溶けかけのアイスをひと口食べる。甘くて、冷たい。
半日練が終わった帰り道、太陽はまだだいぶ高い場所から私たちをじりじりと焦がすように照らしている。日陰にいても、じとりと湿った空気からは逃げられない。ちらりと横を盗み見ると、黒子くんはこめかみから汗を流しながら、ティーシャツの胸元をつまんでぱたぱたと揺らしていた。なんとなく、そんなはずはないとわかっているのに、練習や試合以外ではどんなに暑くても汗をかかなそうだと思っていたけれど、当然黒子くんは汗をかく。少し日に焼けた肌に、また一筋伝った。

「あ、」
「どうしたの?」
「そこ、落ちそうです」
「わ、ほんとだ」

指差す先、黒子くんを見ている間にもどんどん溶けていたアイスが、今にも手に落ちそうになっていた。斜めにしながら舐めとって、ゆっくり食べようと思っていた残りもそのまま食べてしまう。

「あぶなかったー。黒子くんありが、ん、」
「……………」

くっついて、数秒、離れて、すぐまたくっついて、今度はそのまま。じわり、気温のせいだけじゃなく、顔が熱くなる。急だったからびっくりして、あと、暑くて、蝉がじいじいうるさくて、頭がついていかなくて、ずっと見開いたまま、黒子くんの空色の瞳から目を逸らせない。いつの間にか私の手首をつかんでいた黒子くんの手に少し力がこもる。逃がしませんよ。そう、言われた気がした。
音もなく離れた唇が、微かに笑う。

「……え、なんで、」
「口の端にアイスがついていたので」
「えっほんと?」
「冗談です」
「黒子くん冗談苦手なんじゃないの」
「言えないわけじゃありません」

ぽいっと、黒子くんの手から放られたアイスの棒がきれいな弧を描いて、三メートルくらい離れたごみ箱のふちにカツンとぶつかりながら中に入った。ナイッシュー。心の中で、つい癖でつぶやく。ちょうど目が合ったけれど、思い出しちゃってなにを言えばいいのかわからなくって、「捨ててくるね」と言い残して、ごみ箱の前まで逃げる。たった三メートル。その間に黒子くんは貸してくれていたタオルを片付けて、結局なにも解決しないままの私に「帰りましょうか」なんて、汗をかいているくせに、さっきまでキスをしていたくせに、涼しい顔をしてさらりと言った。私ばかりどきどきしているみたいで、ちょっとくやしい。
歩き出す私の左手を、黒子くんの右手がすくいとった。指は絡めない。さり気なく車道側を歩いてくれる黒子くんは、私の知る中では紳士的という言葉がいちばん似合う男の子だ。
日陰から出た途端、ぶわりと汗がふきだした。暑いし、まだ恥ずかしさから抜け出せなくて、自然と閉口する。普段たくさん話す私が黙っていると、不思議なくらいに会話はなかった。車の通る音、行き交う人の声、蝉がじいじい鳴いて、ぜんぶごちゃまぜになる。私たちが分かれる角まであと二つのところで、黒子くんが口を開いた。

「本当は」
「?」
「おいしそうだと、思って」
「いちおう訊くけど、なにが?」
「もちろんキミです」
「…えっと、冗談」
「じゃないです」

つないだ手の境界線が曖昧になっていく。熱くて、暑くて。このまま本当に、くっついちゃえばいいのに。ああ、でも、もしそうなったら、黒子くんがバスケをしてるとこ、見れなくなっちゃうなあ。もぞ、と指先を動かすと、黒子くんと目が合って、それから手が一瞬ゆるんで、またぎゅっと握り直された。ゆるやかに、少しずつ、じんわりと輪郭が溶けてゆく。