乗り換えてから30分以上電車に揺られて、海常の最寄り駅に着いた。会うのはたいてい東京だったから、こっちに来るのはいつぶりなんだろう。自信がなくて、駅から海常までの地図を保存していたけれど、いざ来てみれば自然と足は動く。画像を見る代わりに中村さんから送ってもらったメールを開いて、時間は充分あることを確かめてからポケットにしまった。
涼太くんは、どんな反応をするんだろう。まずは目をまるく見開いて、それから「えっ?どうしたんスか?!」ってびっくりした声を出して、さいごには、照れたように笑ってくれたらいいな。いくつか思い浮かべたパターンのうちの最有力候補。緩みそうになる頬を引き締めて、最初の角を右に曲がった。




来校者、と書かれた四角い札をストラップでぶら下げていれば声は掛けられない。それでも、誠凛の制服を着た見知らない顔は気になるようで、すれ違う人は必ずと言っていいくらいにわたしを一瞥していく。放課後で人があまりいないのが幸いだった。難なく目的の教室にたどり着いて、中村さんの後ろ姿を見つける。手短に涼太くんの隠れ場所を教えてもらって、お礼を言ったらあとはそこを目指すだけ。
去年の誕生日は涼太くん目当ての女の子が体育館に押し掛けて、練習どころじゃなかったらしい。その反省を踏まえて練習を休むことを選んだものの、どうせ校門あたりで待ち伏せされているのもわかりきっているから、適当なところに隠れて、頃合いを見て帰る。聞き出してもらっておいた、今日の涼太くんの放課後のスケジュール。
教えられた通り、教室を出てすぐの階段で四階まで上って、右に進んで突き当たりを左に折れた先、ふたつめの教室。社会科準備室、と書かれた札がドアに垂直にぶら下がっている。たしかにここならよっぽどのことがない限り女の子たちは来ない。
薄いドアを一枚隔てた中に、涼太くんがいる。その事実に今さら、緊張してきた。なにも言わずに来たことに、怒ったり、なんてことは、ないはずだけど。目をつぶって、すう、はあ、と深呼吸。手を伸ばす。鍵がかかっていたらどうしよう、と、一瞬かすめるように思ったものの、ドアはカラカラと小さな音を立てて開いた。
涼太くんは教室の奥の椅子に座っていた。ぽかん、と口をあけた間の抜けた顔。まばたきを忘れた目がわたしをじいっと見つめた。本当は、もっと反応を見ているつもりだったのに、気づけば抱きついていて、見えるのは壁に貼ってある古ぼけた世界地図。背中に回された腕にぎゅっと抱きしめられながら、口を開いた。

「涼太くん、誕生日おめでとう!」