校門のあたりが少し騒がしかった。生徒たちが遠巻きに見ている誰かがいることに気がついたのは、その騒ぎが目と鼻の先になってから。「あの制服夢ノ咲だよね?」「かっこい〜」「なんだっけ、アンデッド?の…」…どうして、ここに。さっきまで何度も確認していたスマホをポケットにしまい込む。
 目が合った。ひらひらと振られる手に、女の子たちが色めき立つ。優越感よりも、動揺が大きくてそれどころじゃない。そのまま横を通り過ぎて校門を出て、いつも通りの帰り道を歩いていった。一つ目の角を曲がったところで追いついてきた零を、そっと見上げる。

「……びっくりした」
「きちゃったぞい」
「目立ってたよ…あー、知り合いだってバレてないといいけど」
「…そこは恋人とか彼氏とか言って欲しいところなんじゃけども」
「もっと困るでしょ」
「それもそうだのう」

 うんうんと、わざとらしく神妙な顔をして、そのくせするりと手を繋いでくる。…すっかり冷え切って、一体どれくらい待っていたんだろう。いつもよりもっと冷たい手にぎゅっと指を絡めて、零のコートのポケットに潜り込ませる。どれだけ握りしめたってあたたかくはならない、わたしの手が冷えていくばかりの行為だというのに、いやだと言えたことはない。思ったことも、ないけれど。
 人目を避けるためという建前を使って遠回りの道を選んだ。言葉にはしないまま駅までの最短ルートを逸れたけれど、零はなにも言わない。道を覚えていないのか、あえてなのかは顔を盗み見たところでわからなかった。静かな住宅街に、コツン、コツンと革靴の乾いた音が鳴る。

「スマホ、また使えなくなったの?」
「ん?」
「連絡なしで来るなんて珍しいから」
「ああ、いや、最近はきちんと使えるようになってきてるんじゃよ」
「じゃあどうして…」

 思い当たって、立ち止まる。でも、そんなはずはない。ここ数日の当たり障りのないメッセージのやりとりを思い返す。漢字に変換できていなかったり、余計な文字が紛れ込んでいたりして少し見にくいものの、見落としてなんかいない、はず。今日なんてなにひとつメッセージは届いていなかった。だけど、一応。

「…なにか約束してたっけ?」

 そうだったらいいな、という期待も込めて。けれど首は横にゆるく振られて、小さな期待はあっけなく散ってしまう。

「約束がないと会いにきてはならんかのう」
「ええ…似合わないこと言わないでよ…」
「ひどい」

 ここ数日――正確には二日前、ショコラフェスが開催された次の日から、バレンタイン当日の今日に至るまで、わたしたちの間でそれらしい話題も、単語も出てきていない。わたしはわざと避けていたのだから、当然と言えば当然だった。零だって、他のもっとささやかなイベント事ならともかく、わざわざそれがテーマのライブまでやったのだから、こちらもそういうことなんだろう。
 ケンカをしているとか、なにか気まずいことがあったとか、そんなことは一切なかった。けれど、凛月くんがメッセージで何気なくこぼした「兄者がチョコくれってうるさいんだけど」という愚痴。たしか、ショコラフェスよりもう少し前だった。彼氏の実の弟に嫉妬するというのも変な話だけれど、でも、言われてない!と真っ先に思ってしまったのだ。
 わたしからのチョコレートが欲しいと言わせたい。思い返せば、零はショコラフェスのことは話題に出しても、それだけだった。

「手、離すね」
「誰も見とらんよ」

 住宅街を抜けて大通りに出た。同じくらいのぬるい温度になった手を、今度はぎゅっと握りしめられる。なるほど、たしかに、似たような制服姿の高校生があちこちにいて、わたしたちもそのうちのひとつとして紛れ込めそうだった。
 ここから駅まではそう遠くない。通り過ぎたばかりの洋菓子店のポスターの、バレンタインフェアの文字に背中を押してもらって、口を開く。

「カップルが多いね」
「バレンタインじゃしのう」
「知ってはいたんだ」
「そこまで疎くはないぞい」

 ほのめかして言えばより踏み込んでみせるのに、やっぱり、言ってはくれない。言いたくないんだ。そんな相手に言わせるような話術なんて知らないし、そもそも、そういうのが得意なのはどう考えたって零の方だった。
 もうこうなったら、奥の手、になるのかはわからないけれど、使えるものは全部使ってしまおう。凛月くん、ごめんね。

「弟くんのはねだるくせに」
「えっ……な、なんでそれを」
「友達の愚痴を聞いただけだよ」

 面倒くさそうだから、と言われて秘密にしていた交友関係。秘密ではなくなってしまったけれど、その甲斐あって耳まで赤くして動揺して、恥ずかしそうに目を逸らす零がいる。こんなの、次はいつ見られるのかわからない。

「チョコをくれくれうるさぁい、って」
「わ、わかった、わかったから…」
「なんにもわかってない」

 まじまじと見つめながら浮かべた笑顔は、後日聞いたところによるとそれは楽しそうなものだったようで。

「ねえ、わたしになにか言うこと、ない?」

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