私は病院の窓から外を眺め、昨日のことを思い出していた。
「昨日は黄瀬に悪いことしちゃったかな・・。」
―・・・名前っち、俺、勝てなかったけど、名前っちのこと諦めなくてもいいっスか・・・?・・・―
「あんな泣きそうな顔で言われたら、ダメなんて言えないじゃん。黄瀬のバカ」
黄瀬にそう言われてから秀徳高校の元に向かった。
高尾や緑間にはなんであっちにいたのか、とか黄瀬に取られなくて良かったーとか、今日の用事は嘘だったのかとか、そんなことを言われて、いつも通りのはずなのに、高尾くんのことを見ると胸がドキドキして、冗談言って誤魔化すことができなかった。
そして今日、結局二人には何も言わずに学校休んでしまった。
「多分心配してるよね・・。」
真ちゃんには一応メールしといた方がいいかな。
◇
「あれ?今日名前休み?昨日あんな元気だったのに・・。」
「・・・そういう日もあるだろう。」
「風邪かな?風邪ならお見舞いいこーぜ!」
「・・・そうだな。風邪、ならな。」
1時間目が始まる時間が近づいても一向に来る様子のない名前の席を見て、高尾は寂しそうに呟いた。
いつもより元気がないように見える緑間を励ますように名前の家楽しみだなーっと言いいながら緑間の肩を叩く。
「?」
緑間は携帯が震えるのを感じてゆっくり開いた。
「高尾、見舞いはなしだ。」
「え?急にどうしたんだよ」
携帯を閉じて高尾に視線を向ける。
「名前は今、病院にいる。」
「は?・・・病院って、なんで?」
「こないだ言っただろう。外国に行った理由を。・・・まだ、完治していなかったのだよ。」
そう言って高尾から目線を外し、下を向く。
「じゃあ、今・・名前は手術を・・?」
「・・・あぁ」
「っ」
その言葉を聞いて高尾は勢いよく教室から飛び出した。
「高尾!?」
遠くで真ちゃんの声が聞こえたけど、今はそれどころじゃない。
俺は、まだ名前に伝えてないことがいっぱいあんだよっ!!畜生っ!!
この辺には1つしか病院がない。行くならそこだ。
焦ってがむしゃらに走っていても、頭だけは妙に冷静で名前がいるであろう病院にはすぐに着いた。
とても大きな病院で、軽い怪我も大きい怪我も、人だけでなく動物などもここで手術することができる。もちろん、人と動物では別館だが。
高尾は落ちてくる汗を拭いて、深呼吸をしてから受付に向かった。
「あの、苗字名前さんは・・どこに、いますか・・?」
急いで走った為か緊張のせいか呼吸が乱れ切れ切れになってしまった。
受け付けの人が調べている間、凄く短い時間のはずなのに、果てしもなく長い時間に感じた。
「苗字名前さんなら、さっき帰りましたよ。」
「そ、うですか・・。」
おかしい。手術にしては早すぎる。
嫌な予感が頭をよぎっては消える。
とにかく、名前を探さないと・・!
走って名前の家に向かう。正確な位置は分からなかったが、だいたいは分かる。
ギギィ
高尾が必死に走って名前を探していると、公園が目に入った。
ブランコを漕ぐ音が聞こえて、そこに目を向ける。
「名前!?」
「・・?え、高尾くん?」
急いで名前の元に向かい、名前の様子を見る。
いつもと特に変わった様子はない。・・・ただ悲しそうな顔ではあるが。
「なんでここに?学校は?」
「・・・今日、手術って・・聞いて・・」
「え・・それで、来てくれたの・・?」
呼吸が荒く言葉が出なかった。その代り一度コクリと頷くと、名前はニッコリ笑って、そっかと呟いた。
「もうね、手術、できないんだって。外国まで行って手術して、それでも治らなくてさ、日本に戻って来て、今日が最後の手術の日だったの。」
でもね、と続けようとして一度止め、高尾を見た。
「・・・もう、これ以上は、無理だって」
「・・・そんなっ」
「いつ死んじゃうかも分からないって言われちゃった」
名前はブランコから降りて、何も言えないでいる高尾の前まで歩み寄ると、ニッコリ笑って手を握った。
「ありがとね、ここまで来てくれて」
「っ」
名前に握られた手から名前の震えが伝わって涙が出そうになった。
俺は、俺は・・それでも・・!
「名前、聞いて欲しいことがあるんだ。・・・俺、名前のことが好きだ。」
手を握ったまま真っ直ぐ名前を見てそう告げた。
「名前がいつ死んじゃうか分からないとしても、名前の残りの人生を俺が幸せにしてあげたい。・・・名前のことが本気で好きなんだ・・。少しの間しか一緒に居れないと分かってても、最後の最後まで、一緒にいたい。・・・名前、・・・名前の残りの人生を、俺にくれませんか・・?」
言葉では伝えきれなかった思いを届ける様にギュッと強く手を握る。
「・・・ぷ、あは、あはははっ」
「・・・え」
どんな返事が返ってくるのか、これ以上ないくらいに緊張していたのに、返ってきたのはいつも通りの笑い声だった。
「手術したのは、私の飼ってるペットのみーちゃんだよ!!・・真ちゃん、重要なこと言わなかったんだね」
「は・・え、いや、でも真ちゃん結構空気重かったし・・、え?」
いまいち理解ができていない様子の高尾を一通り笑うと、名前はニッコリ笑って強く握られていた手を握り返した。
「でも、私本当幸せ者だね。残りわずかの命でも、一緒に居たいって言ってもらえる人がいるなんてさ。」
高尾は勘違いをしていたとは言え、かなり恥ずかしいことを言っていたことに気づき、顔を赤く染める。
「多分、私の人生はこれから何十年もあると思う。・・・それでも、私の残りの人生を幸せにしてくれますか?」
「っ・・・もちろん」
今度は二人で笑い合って、固く握りあう。
この後、二人が付き合いだしたことは言うまでもないことでしょう。
◇
「・・・あの様子だと、名前が手術をすると思ってそうだな。」
クイっと眼鏡を上にあげ溜息を吐く。
「名前の話ではなく、名前のペットの話だということを伝え忘れたのだよ・・。」
end