「折角久しぶりに名前っちが来たのに仕事が入るなんて・・!うぅぅ、名前っちぃぃぃ」
黄瀬の家に着きインターホンを鳴らせば、ドアが勢い良く開きガバッと抱き着かれる。
まったく身構えていなかった名前はよろけながらもなんとか支えたが、今日の夜ご飯用に買ってきた材料は地面に落ちてしまった。
「涼ちゃん・・!いきなり抱きついたら危ないでしょ!材料落ちちゃったじゃん。袋に入ってるから大丈夫だとは思うけど・・。」
「名前っち、でも、俺すっごく悲しくて・・」
「はいはい。で、仕事何時まで?」
泣きながら名前に抱き着いている黄瀬の頭を撫で優しく聞く。
「10時ぐらいっス・・。でも伸びるかも・・」
「それなら、夜ご飯作って待ってるから。ね?泣かないで?」
名前のその言葉を聞いた瞬間パーっと明るくなり、まるで犬が尻尾を振って喜んでいるようなそんな雰囲気を醸し出す。
「じゃ、じゃあ今日はお泊りっスね!?やったー!!」
「・・・まぁ、うん。そうだね」
本当は帰ろうと思ってたんだけど・・・。こんなに喜ばれたら帰れないよね。
でも、時間も遅いしたまにはいいかな。
「じゃあ急いで仕事終わらせてくるっス!!ご飯楽しみにしてるっス!」
「うん。いってらっしゃい!」
黄瀬は笑顔で手を振って仕事に向かった。
名前はそんな黄瀬を見送ると、落とした荷物を持って家へと入る。
「・・・まだ6時かぁ・・。今から作っても覚めちゃうし、ちょっとだけ寝ようかな」
ソファーに横になりゆっくり目を閉じる。
8時くらいに起きればいいかな・・。
◇
「・・・ん。今、何時だろう」
んーと声を出して伸びをし、時計を確認する。
「ん!?9時!?寝過ぎた!」
大変大変!と慌てながら、冷蔵庫から材料を出し作っていく。
だがあと1時間もすれば黄瀬が帰ってくるという事に、無意識にも微笑みが溢れた。
「・・・ん?あれ?牛乳がない!・・・買い忘れちゃった・・。」
でも牛乳がないと作れないしなぁ・・あと少しで涼ちゃん帰ってくるかもしれないけど、急いでいけば間に合うよね!
名前はそう考え、エプロンを外し財布を持つと急いでスーパーに向かっていった。
◇
「名前っちー!ただいまー!!」
仕事が伸びることもなく時間通りに帰ることのできた黄瀬は、少しでも早く名前に会うことができニコニコと微笑みながらドアを開けた。
「?・・・名前っちー?」
だが中から名前の姿が現れることはなく、黄瀬は首を傾げながらリビングへと向かう。
おいしそうな匂いがするし、もしかしてまだご飯出来てないから急いで作ってるんスかね?
「名前っちー!帰ってきたっスよー!・・・あれ?」
リビングのドアを開けて中に入るも、そこに名前の姿はなかった。
「名前っち・・?」
作りかけのご飯に、椅子から無造作に落ちたエプロン。
部屋が荒らされた形跡はなかったが、名前がどこにもいないことを理解し黄瀬の頭の中はパニック状態になっていた。
リビングから急いで駆け出すと、自分の部屋やトイレ、お風呂など全部の部屋を探す。
だがそれでも名前が見つかることはなかった。
「なんでなんでなんで!!なんで名前っちがどこにもいないんスか!?」
もしかして、俺が約束守らないで仕事なんかに行っちゃったから・・?
俺ついに愛想つかれちゃったんスか・・?
「あれ!?涼ちゃんもしかして帰って来てるのー?」
俯いていた顔を上げ急いで玄関に向かうと、そこにはいままで必死に探していた名前が立っていた。
「名前っち・・!!いままでどこ行ってたんスか!?」
「え!?ちょ、涼ちゃん?」
黄瀬に凄い形相でガバッと肩を掴まれる。
心配そうな、でもどこか泣きそうな顔で。しかも息遣いも荒いし額には汗が見える。
「ねぇ大丈夫!?何があったの?」
「家に帰ってきても名前っちがいなくて、それで俺必死に探して・・」
「え、ごめん!・・牛乳買い忘れちゃって、買いに行ってたの」
名前がそう言うとホッとしたように肩を下げ、名前を抱きしめた。
「良かった・・。本当に心配したんスよ」
「ごめん・・」
ちょっと買い物行ってただけなんだけどなぁ・・。
大袈裟だよ!と笑おうと思ったが、抱きしめる黄瀬の手が震えていることに気づき謝る事しかできなかった。
「もう、俺がいない間外出ないで欲しいっス」
「え。いやそれはちょっと・・」
「でも俺本当にもう死にそうなぐらいパニックになったんスよ・・?」
名前の存在を確かめるように強く抱きしめる。
一体いつからこんなに心配性になったのか。昔はここまで酷くなかったような気がする。
「なるべくは、出ないようにする」
ぽんぽんと優しく黄瀬の背中を叩き安心させる。
涼ちゃんにこんなにも心配してもらえるのは凄く嬉しい。でも、もしも本当に私がいなくなったら、そしたら涼ちゃんはどうするんだろう・・?
いまだに名前に抱き着きついている黄瀬をあやしながら、そんな考えが頭をよぎりなんとなく嫌な予感がした。