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「おかえりー」

私の家に住みついたのは金髪の天使みたいな男の子で、名前がジロー。彼は名前以外の自分に関する情報を一切言わないので、歳とか住んでる場所とかもわからない私は彼の名前しか知らない。
ジローは私がバイトしているコンビニによくやってくるお客さんだった。いつも違う種類のポッキーを買っていくので自然と顔を覚えてしまった。たまたま新発売のポッキーをレジの脇に並べているとき、それを見ていたジローになんとなく話しかけたのが私とジローがこうなったきっかけである。

「…あ」
「やっとバイト終わり?おそいC〜」
「え?な、なんで」
「ねー、俺帰る場所ないから、とめて?」

あのとき断れないわけではなかった。あのときジローの申し出を断れば、きっとジローは私の元に来なかったはず。でも私はジローの言葉に首を縦に振ってしまった。頭のなかで何を考えていたかよく覚えてないけど、部屋掃除してないや、なんてどうでもいいことを思い出したのだけはよく覚えている。

「みてみてー今日無双やって馬超のユニーク武器とった」
「それ一番簡単にとれるやつじゃん!私陸遜強くしてほしいって言わなかったっけ」
「言われたけどさー、陸遜とか使いにくいからだるいC」

ジローはいつも家にいて、私のPS2のゲームをやったり常にだらだらだらだらしている。最早ニート。私の予想ではジローは年下なので学校とかいかなくていいのかと何度も聞いたけど、ジローはそのたび「しらない」とはぐらかすだけで何もしようとしない。たまにジローの携帯に着信があるのを見ることがある。そこには「あとべ」だとか「おしたり」「ししど」「がっくん」だとか、決まった名前が映されることが多かった。きっとジローの友達の名前だ。ジローは友達にも何も言わずにここにいるんだろうか。友達だけじゃなくて、家族とかにも、何も言わずに。

「…ジロー、あのさ」
「なーに」
「ちゃんと家あるんでしょ?帰ったほうがいいよ」
「…もう俺のこと嫌になった?」
「そういうことじゃない、ジローが心配だから言ってるんだよ」
「心配しなくていいよ、気にしなくて大丈夫」

私を後ろから抱きしめて、ジローは甘えるみたいに私の首元に顔を埋める。これはジローの癖。ふわふわの髪が揺れて首元をくすぐる。
「好きだよ」私だって好きだけど、ジローのこと好きだけど
「離れたくないよ」私だってジローのそばにいたいよ、できることならここにいてほしい
けど、でも
それだけじゃどうにもならないことってあると思う。ジローはいつまでもここにいちゃいけないんだよ。携帯を鳴らす「あとべ」「おしたり」「ししど」「がっくん」がそう警告しているみたいに、携帯は赤く光る。

「ジロー」
「陸遜強くするから」
「ジロー」
「陸遜だけじゃなくて、ほかも、頑張る」
「ジロー、聞いて」
「だから俺を捨てないで」

腰に回った腕の力が強くて、少し痛い。腕を掴んで離そうとしたけど腕は離れなかった。
このままじゃだめだってわかってる、わかってるのに
あのときみたいに私は断れなくて拒絶できない。ジローのためなのに、この腕をふりほどかなくちゃいけないのに、できない自分は一体何なの?


どぎついピンクの甘い悪夢がこの部屋を支配している。広がって、膨張して、部屋から出たら爆発してしまいそうなくらいギリギリまで。

空気は甘いのに、重い。
いつかこの部屋ごと私たちも一緒に破裂してしまいそうで、すべてなくなるのがこわいよ、ジロー





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(081008)
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