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携帯を掴んで時間を確認したら朝11時を回っていた。あー。だるい寝過ぎた。部活を引退してからやることもないので睡眠に時間を割くことが多くなった。部活やってたときより眠いのは何でなんかの。ようわからんしどーでもいいけど。再度携帯を見たら着信が3件入っていた。3件とも女だったが名前を見たところで顔が思い出せない。寝起きで頭が働かないせいもあるが。めんどくさいし眠いような気もするから携帯を閉じて放置することにした。掛け直すつもりはない。
まだ寝起きで目がしっかり開かず、半分しか見えていない視界の中に、突然きらきらと光をまといながら飛ぶ何かが現れた。目をこすって再度見てみる。まだきらきらしている。…寝過ぎたな。あーまだ夢の中じゃ、たぶん、いや、絶対そう。

(きれーじゃのー)

きらきらを掴もうと手を伸ばすと、案外簡単に掴めた。ふにゃりとした感触を手のひらに感じる。夢にしてはリアルである。手のひらがむずむずすると思ったらどうやら俺の手の中できらきらが動いているようだった。何じゃろ、これ。手を目の前でぱっと開いた。

「い、痛!」
「………」
「ひー!」

俺の鼻の上に落っこちたきらきらは日本語を話している。え、何これ、人間?いやいやいやいやいや鼻の上に乗っかれる人間ておるわけないし。じゃあ何これ。虫?でもこんなきらきらした虫なん見たことないのう。

「…」
「巨人!あああこれが噂の巨人!確かに大きいさすが巨の人と書いて巨人」
「…にほんご」
「うわあああスピーカー?!う、うるさっ」

きらきらはやたらと高い声でキーキーとうるさく、流暢な日本語を話す。人間みたいだ。よく見ると確かに人間みたいな体つきをしている。人間がちっちゃくなっちゃったーっちゅうあれか?なんとかくんの恋人。ん?これだったら仁王くんの恋人?いやいや彼女がこんなちっこかったら何もできんし嫌…って違う。なんか違和感があると思ったらきらきらの背中には蝶々みたいな羽が生えていた。体が小さくて、羽が生えてて、きらきらひかる。これってあれ?

「…妖精?」
「え、あ、はい」

まじかよ。




とりあえず妖精が逃げないようにコップの中に入れてみた。特に逃げようとする様子もなかったが一応。コップからちょこんと顔を出してなかなか可愛い。へえーこれが妖精。ふーん。

「のう妖精さん」
「はい?」
「チョコ食える?」
「大好きです!」
「じゃああげる」

俺にとっては一口サイズのチョコをコップの中の妖精に手渡すと、妖精は「ありがとう!」とチョコを両手で抱えて食べる。俺が指でつまめるチョコは妖精にとっては大きな塊だ。しかし妖精はチョコが好きなんかの。初めて知った。あと妖精は金髪で目が青い。んでずっと金色のきらきらオーラを出し続けることもわかった。
どこからやってきたのかもわからない。第一妖精が本当にいたというのが何よりの驚きだった。普通ありえない。おとぎ話の中から飛び出してきたような妖精が目の前にいる。しかも何故か俺のとこにいるこの状況。もしかして俺はピーターパンなのか。

「俺フック船長とは戦いたくないぜよ」
「?」
「ああすまん、こっちの話じゃ」

脳内で全身緑の服を着てフック船長と戦う自分を想像したらげんなりした。別の意味でピーターパン症候群な頭を戻して妖精を見やると余程腹が減っていたのか、すでにチョコを平らげていた。なんか丸井みたいやの。あいつこんなかわいくないけど。

「妖精さんはどっから来たん?」
「妖精の国です、雲の上にあります」
「…メルヘンじゃの」
「私たちの国の名前、ご存知なんですか!メルヘンっていうんです」
「随分安直な…」

この妖精が住んどるのは雲の上の「メルヘン」という国で、妖精がいうには今そのメルヘンではフックという独裁者と反発した妖精たちの間で内乱が起こっているらしく、女や子供の妖精たちは皆疎開ということで地上に避難しているらしい。その疎開で地上をうろうろしていた妖精が俺の部屋の窓が偶然開いてるところに入ってきたというのが妖精がここにいる理由だった。俺はピーターパンではないようだ。よかったー。つーか独裁者フックて。船長何やっとんじゃ。現実離れしすぎていて逆に真実味がある。というか信じなかったらまた混乱するから深く考えずに適当に考えることにしただけな訳だが。

「妖精さんは地上でも生きてけるんやね、たくましいぜよ」
「いやでも少し苦しいです。空気が汚いので」
「あーそうやの、地上は排気ガスだらけじゃし」
「でもしばらくメルヘンには戻れそうにもないし、慣れるしかないというか」

妖精の声のトーンが下がった。故郷に帰れない、慣れない環境で周りはでかいもんだらけで不安にならないほうがおかしい。何だか妖精がかわいそうになってくると同時に、不謹慎ながら好奇心も疼き出す。妖精に出会えるなんて機会はこれを逃したら二度とないだろう。この妖精がメルヘンに戻るまで見ていたいと思った。いい暇つぶしにもなるし。最近退屈してたし。寝過ぎるくらい。

「妖精さん、帰れるまで俺と一緒に暮らさん?」
「えっ」
「その方が安全やし、さみしくならんじゃろ」
「…」

妖精がコップの中で小さく体を揺らした。人差し指で頭を撫でてやると、小さな泣き声が聞こえてくる。

「俺は仁王雅治」
「…におー」
「お前さんの名前は?」


世界のすみに
月とひまわり、
それから
メープルシロップ
(080315)
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