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ドーナツの穴から見える景色。丸い。狭い。ああ俺が普段見てる景色って結構これに近いのかも。あいつくらいしか見えねーもんなー、丸く囲ったように見えるっちゃ見えるような。そうかも。別にドーナツで囲わなくても大丈夫なんじゃん、と俺はそのドーナツを食べる。ポンデリングってミスドの名物的な感じになりつつあるけど俺はそこまで好きじゃない。まあうまいけど。

「ブン太がドーナツを食べる以外の使い方してるの初めてみたー」
「君しか見えないように視界を遮ったのさベイベー」
「ドーナツしか見えてないくせに」
「オーゥ釣れないなハニー」
「その売れない海外ドラマなノリやめてもらえる」

そう言いながら俺のミスドの箱に手を伸ばしたので急いで逆方向に移動させる。舌打ちなんてナンセンスだぜ俺のキティ!…いい加減自分寒くね、心のなかで言ってるあたりまじねーよ。
ドーナツは諦めたらしく、今度はポケットを探ってシャボン玉を取り出した。シャボン玉。しかもここ屋上だし。屋上、シャボン玉ときたら思い浮かぶ奴なんて一人しかいなくて俺の気分は最悪になる。むしゃくしゃする。ミスドの箱からドーナツを乱暴に取り出した。隣ではシャボン玉がぷかぷか浮かんでいる。ひとつひとつ丁寧に潰してやりてえ。このひとつひとつに奴がいる気がする。全部潰せばこいつの心から消えるかもしれないと思った。傍らにドーナツがなかったら、やっていたかもしれない。ドーナツがうまい具合に俺のストッパーになってくれている。腹が満たされると人間余裕が出るものである。

「これ、誰にもらったと思う?」
「仁王だろい」
「あたり」
「なに。なんで俺に言わせたの」
「別に、気分」
「うぜえ」

仁王、という言葉が出ると心のどっかから黒いものが溢れだす。別にほかの誰かが仁王の話をしてるときはそんなことにはならないのに、こいつの口から、こいつの声で発せられるとどす黒く歪んで、ヘドロみたくどろどろになる。俺はこんなに汚い心の持ち主だったのかとへこんだけどしかたない。でも普段の俺は寛大な心の持ち主なので人を好きになる気持ちとはそういうものなのだと思うようにしている。人よりひどいとは思うけど。

「こないだ仁王他の女子とヤッてた」
「…」
「後から、おまえには言わないでって口止めされた」
「なんで言うの、口止めされたんじゃないの」
「別に、気分」
「うざい、ブン太」

ぷかぷか浮かぶシャボン玉はいつの間にかなくなっていた。生産者が息を送ることをやめたからだ。また、そうやって、泣きそうになる。おまえ、仁王が浮気してることくらいずっと前から知ってんだろ。泣くくらいならどうしてそんな必死で隣にいようとすんだよ。どうしてわざわざ自分が辛くなる方向に向かおうとすんだよ。Mにも程があるよおまえ。もうちょっと視界を広くしろよ。もうちょっと周り見ろって。仁王なんか比じゃないぐらいにいい男いんだろ、ここに。おまえが寂しいなら、誰かにそばにいてほしいなら俺はいつだって飛んでくし慰めてやるし抱きしめてやるしずっと手を握ってやるのに。なんでそれに気づかないの。なんでそんな馬鹿なのおまえ。



「あ、いた」



「…仁王」
「ずっと探しとったのにおらんから心配したぜよ」
「仁王!」
「え、何、ブン太にいじめられた?」
「変な言いがかりつけんじゃねーよ馬鹿」
「わーいじめっこー」
「まじうぜーよどっかいけよ仁王」
「だって。ブン太こわいから行こ」

シャボン玉のピンクの容器を残して、あいつは仁王にすがるようにして屋上から出て行った。あんな真っ先に仁王に飛びつくとか。ありえねえ。もう完璧仁王にとって使える女に成り下がってんじゃん。
ポケットに入れていた携帯がうなる。メールは仁王からだった。【ありがと】の文字。仁王が屋上に来たのは偶然でもなんでもなく俺が呼んだから。なんで呼んだかとかよくわかんない。仁王が来ればとりあえずいいと思った。しかし、【ありがと】だなんて微塵も思ってねーくせに。今だってあいつに薄っぺらい愛の言葉を囁いてキスでもしてんだろ、頭んなかで全っ然違うこと考えながら。
それにしたって俺だって視界が狭い。広くならない。あー損してばっか。俺みたいにかっこかわいいイケメンなら女はいっぱい寄ってくるのに。その中にあいつ以上の女とかいなくてどうしてあいつみたいなのが仁王みたいないい加減なのに捕まってしまうのだろう。うまくいかねえ、意味わかんねえ、ドーナツがもうない、うざい。





hole of doughnut
(080601)
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